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用済みの男①

本日二話目ですーυ´• ﻌ •`υ

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「聖女は、アイラスを勇者に見初めた」


 初めて訪れた神殿最奥。

 待合室と言われて黙って座っていたその部屋で、士長はそう俺らに告げた。


「アイラス、今日からお前は勇者だ。分かっていると思うが、剣の会のあらゆる事に関しては死ぬまで口を(つぐ)め」


「承知」


 赤い髪が印象的な、俺ら世代の黒剣士第一席。

 アイラスはそう言って椅子から立ち上がる。


「これからお前に期待されるのは、勇者としての清廉さと民の期待に応える器量だ。お前に名前を返す。お前の本当の名は〝アイラス・イグザース〟」


 士長がそう告げると、アイラスの身体が仄かに光始め、右手に刻まれていた古びた剣の刺青が消えた。


「……そうか。俺は八つの時に村に売られて、剣の会に」


 勇者の称号なんぞひとっつも羨ましくないが、自分の記憶が戻ってくるという特典だけは素直に羨ましい。


 大股を広げて自分の脚に頬杖を付いた俺は、そんなアイラスと士長のやりとりをぼんやりと見ている。


 今代、剣の会が勇者候補として神殿に差し出したのは三名。

 

 俺とアイラスと、確かこいつは……なんだっけか。


 俺が名前を知らないと言う事は大した事ない奴なんだろうが、それでも候補としてここにいるって事はそれなりの実力が──いや待て、確か今代の黒剣士にどっかの貴族がアホみたいな金を投入してねじ込んだ哀れな奴が居るって聞いたことあるな。


 もしかしてこいつか……?


 そういや、聖選儀の時にやたらこいつに擦り寄ってた貴族が居たっけ。

 ああ、装備も俺らと違って金が掛かってそう。


 聖女に見初められるとかいう、うっすーい可能性に賭けて記憶を消されて汚れ仕事までさせられて……うわ、可哀想。


 今度会う時に名前ぐらい聞いといてやるか。


 お互い、〝生きてたら〟だけど。


「ではアイラス、早速お前を聖女の許に連れていく。今日まで剣の会の徒としての任務、ご苦労だった」


「……命が惜しかっただけだ。アンタらの為じゃない」


 アイラスはぶっきらぼうにそう告げて、俺へと視線を移した。


「ディト、結局お前との決着は付けられなかったな」


「なんだったらここでお前を叩きのめしても良いんだがな。流石によしておくか。おめでとうアイラス。俺はお前が大嫌いだが、お前以外に勇者を名乗られても癪だ。だから一応祝っておくわ。おめでとう」


「俺もお前の事は心底嫌いだが──ありがとう。じゃあな」


 そう言ってアイラスは士長に連れられて部屋を出ていった。


「まぁ、妥当っちゃ妥当だよな」


 俺が勇者に選ばれなかった理由は腐るほどある。


 一つは俺が黒剣士としてはかなりの問題児であること。


 黒剣士は力と技量こそ全てと教えられて来たが、士長や会長らが俺らを評価する軸は別にある。


 どれだけ会に従順か。

 どれだけ会にとって益となる仕事をこなして来たか。


 その点で言えば、俺は落第もいいとこだ。


 命令は聞かないし、サボるし逃げる。


 だから三十名を超える今代黒剣士の頂点は、アイラスとなっている。


 あいつは優等生だったからな。


 どんな汚れ仕事でも顔色一つ変えずに遂行するし、会の命令なら女子供でも容赦無く真っ二つにできる。


 そんな俺らが〝勇者候補〟だなんてちゃんちゃらおかしい話だが、これは会が設立して数千年とかいう眉唾もんの間守られてきた聖女制度の闇だ。


 聖女の方は聖女の方で、その選定は薄汚い策略にまみれているらしいが、こっちは至って単純。


 生き残った黒剣士の中で最も優秀な奴、最も強い奴、最も扱いやすい奴を神殿に差しだし、そこから新たな聖女が勇者を見出す。


 つまり──最終的には見た目。

 

 聖女だって女だ。

 聖典に記された聖女って存在はそれはもう神秘的で欲求の一欠片も存在しないかの如く描かれているが、そんな人間が居るわけが無い。


 身を持て余したりもするだろう。


 自由恋愛が許されない聖女にとって、人生のパートナーとなる勇者の選定が最後のチャンス。


 神殿の古いしきたりで純潔である事を強いられる聖女は、一応建前では死ぬまで子供を成す事ができない。


 建前っていう事は、当然例外だったり裏だったり、抜け道が存在すると言う事で。


 歴々の聖女はこっそりと自分が選んだ勇者と子を作ってたりする。

 神殿は顔を真っ赤にして否定しているが、庇いきれないほど扱いが違ったりする巫女や子女が神殿にはわんさか居るからな。


 とどのつまり俺は──見た目に関してはかなり自信が無い。


 市を歩いているだけで子供に泣かれる。

 ただ道端でぼぉっとしてるだけで衛兵に尋問される。

 戦場では敵味方問わず剣を向けられるし、罪歴も無いってのに牢獄から脱走してきたと見做されて追い回された事もある。


 こんな俺が、聖女に見初められるわけが無い。


 じゃあなんで俺が勇者候補としてこの部屋にいるのかと言えば──単純に、俺が強いからだ。


 アイラスは強がってああ言ってたが、俺とアイツとの決着なんて最初に顔を合わせた稽古の時にすでについてる。


 圧勝。


 マジで負け知らず。


 俺は黒剣士としてこの黒鳥の剣と契約した時から、敗北した事なんか一度も無い。


 その前、まだ幼い頃はバチボコにボコされてたけど。


 今となっては剣の会で俺に勝てる剣士など、士長含め一人も存在しない。


 流石に黒剣士が十名も居たら骨が折れるが、順当に俺が勝つ。


 性格と素行に問題はあれど俺をここに立たせたと言う事は、剣の会がそれを無視できないほどに俺の力量を認めているからだ。


「ディト先輩」


 今までの事を思い返しながら壁を見つめていたら、もう一人の勇者候補が声をかけてきた。


「ん?」


「お疲れ様でした。残念でしたね」


 名前が思い出せない仮称〝可哀想な奴〟はそう言って右手を差し出した。


 あれ、結構こいつ……良い奴なのか?


 俺はその右手をそっと握る。


「えっと、お前は──あー、確かーぎ、ギガンテスとかー」


「ギーライです。ギしか合ってませんよ」


 ギーライは何故か嬉しそうに笑うと、握手していた右手に僅かに力を込めて、そして離した。


「覚えていないのも無理ありません。自分がディト先輩と話したのなんて、まだ剣の会に来たての頃でしたから」


 見た目も声も所作も爽やかなギーライは、懐かしそうに顔を緩めた。


「ずっと憧れてました。その強さ。その自由さに。記憶を奪われる前の自分は貴族の末子だったみたいです。親がパトロンとなったお陰でここまで来ました。何もかもが準備されていて、自分の力で強くなったとは思えない」


 ギーライは物憂げに顔を伏せる。


「だからずっと、ディト先輩みたいになりたかったんです。黒剣士として辛い責務を背負わされているのに、飄々として、掴みどころがなくて、他のみんなみたいに感情を抑え込んだり、ヤケになったりせず。いつもどこか楽しそうで」


 おいおいおい。

 買い被りにも程があるぞ。


「馬鹿言え。俺のどこが自由だよ。あくまでも黒剣士の中ではそう見えたってだけで、普通の奴らから見れば充分不自由だよ」


 この右手の刺青のおかげで許可が無ければ王都からも出られず、ちょっとでも会の人間に逆らおうものなら自害するよう仕向けられている。


「ふふっ、それでも自分にはそう見えたんです」


 ギーライはまた嬉しそうに笑って、自分の椅子に立てかけていた黒鳥の剣を腰のベルトに固定した。


「……お前、どうするんだ。これから」


「さぁ、どうなるんでしょうね。また記憶を消されて暗殺部隊に配属されるか──大量の資金を投入して結局勇者になれなかった自分は、親である貴族からしてみれば随分腹立たしい存在だと思われますし……最悪、処分されるでしょう」


 そう言ってギーライは部屋から出ていった。


 扉を閉める直前に、俺に向き直り一礼をして。


「……じゃあな」


 ああ、畜生。

 まただ。


 俺はいつも後悔しかしない。


 コイツがこんなに良い奴だって分かってたら……もっと、たくさん話しかけてたのに。


 勇者に選ばれなかった俺らの末路は二つに一つだ。


 もう一度記憶を奪われ、士長の様に会に従順な駒として再教育されるか──または、殺されるか。


 俺はアイラス、つまり今代勇者より遥かに強い。


 聖女を擁立していた派閥からしてみれば、目障りな存在だろう。


 だから近い内にひっそりと殺される可能性が高い。

 再教育を受けても今までの実績からして、また捻くれ者の問題児になる可能性の方が高いしな。


「さて……」


 俺に残された時間はもう僅かだ。


 聖選儀が終わり、聖女と勇者の面通しが終われば幹部連中も暇になる。


 この右手の刺青が発動し心臓が潰されるとしたらそのタイミングか。


「どこで死のうかな」


 俺にとって王都は鳥籠同然のつまらない場所だが、それでもお気に入りの場所は幾つかある。


 大鐘楼の天辺は、夕日が沈んでいく景色が好きで良く昇っていた。


 娼館通りの入り口にある寂れた食堂は、こんな俺にも優しく話しかけてくれた爺さんがやっている良い店だ。


 貧民街の外れの孤児院もどきでは、元気の良い餓鬼どもがたまに俺をからかっては笑顔を見せてくれた。


 うーん、どこも捨てがたいな。


「とりあえず……街に出るか」


 神殿とか言う面白味の無い場所の、その奥の奥とか言う陰気な部屋で一人死んでいくだけはごめんだ。


 俺は相棒である自分の剣を手に取って肩に担ぐと、椅子から立ち上がり部屋の扉を開けた。


「……お?」


「やあディト。待ってたよ」


 扉の先では、ガキの頃から顔は知っているが本名がわからないニヤケ面の怪しい貴族が、俺を待っていた。

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