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プロローグ


 うーん、困った。


「二人旅にしては随分と良い身なりの女を連れてるじゃねぇか。足抜けしたどこぞの貴族様の女中(メイド)か? まぁ、野郎の方も腕に自信があるようだが、こうなっちまったらもう無理だろ」


「無駄に暴れて命を落とすよりも、ツレを三日ほど俺らに貸してくれりゃあ前の命だけは助けてやる。ああ、あと金目の物も置いてけよな?」


「ん? ちょっと待て。お前のその剣──どこかで見たような」


 汚れに汚れて見窄らしくなっては居るが、整いすぎてる装備を見るにどこかの貴族に飼われていた傭兵か、もしくは直属の軍人か。


 まぁ、こんな辺鄙な場所で谷間の追い剥ぎなんかしてるって事は、つい最近までやってた隣国の内乱の落人か。


「あー、すまんが。金目の物は何も持っていない。所持品も最低限しか持ち合わせて無いし、金子(きんす)も二人が一月持つかどうかしか無いんだ。食糧なら少し分けてやるから、大人しくここを通してくれないか?」


 無駄と分かっていながらも、とりあえず説得を試みる。


 対話は大事だとここ数ヶ月で学んだからな。

 

 本当ならこの三人がもう一度口を開く前にその首をポンと切り落とした方が速いし楽なのだが、怒られるのはもう嫌だ。


「そ、そうですね。前の街で多少買い込んでいるのでまだ余裕はありますし夫が狩りをしてくれれば私たちは大丈夫ですから、あの……穏便に済ませませんか?」


 ビビっているくせに、その声はヤケに凛としている。

 俺の背中越しとはいえ、興奮気味の追い剥ぎ共に届くほどなのだから。


 発声練習は布教活動の第一歩とか、なんとか。


「悪いな嬢ちゃん。アンタみたいな上玉を目の前にチラつかせられちゃあ、俺らみたいな荒くれ者は辛抱たまらんのよ」


「見れば見るほど良い女だ。少しばかり幼いのが気になるが、まぁ俺らがすぐに大人にしてやっから」


「──黒い柄に、赤玉の石飾り……鞘に浅い不死鳥の彫り……?」


 あ、不味い。


「じゃあお嬢ちゃんはこっちに──は?」


 一番近い位置に居た追い剥ぎその1の差し出した右腕を、断ち落とす。


「──え?」


 背中から間の抜けた素っ頓狂な声が聞こえてくるが、今は無視。


「お、俺の腕──」


 返す刃で、首を刎ねる。


「──あびゃあ?」

 

 生首は声にならない声を吐きながら、山道を下へ下へところころ転がっていく。


 血がこっちに噴き出てくる前に、その身体を前蹴りで向こう側へと蹴り倒した。


「お、お前!!」


 二番目に近かった追い剥ぎその2が慌てて剣を取ろうと身を一歩引いた。

 おっと、やはり軍属か。

 反応が早い。


 その手が腰の鞘に添えられる前に、意識の外にある喉の隙目掛けて剣を突き刺した。

 すぐに引き抜き、身を翻して勢いをつけた。

 回転する身体と腕の勢いを剣に乗せ、錆でボロボロの胸当てごとその胴体を薙ぐ。


「──か、かひゅううううっ」


 喉の中央にぽっかりと開いた穴から血を吹き出しながら、分たれた己の身体を見て目を丸くしながら、追い剥ぎその2の胸から上は徐々に意識を消失させながら茂みの方へと転がっていった。


「ディ、ディト! 待ってくださいディト!!」


「待たない」


 俺の腕に縋り付く彼女に一応返事をして、残った追い剥ぎその2の胸から下を蹴って同じ茂みへと吹き飛ばした。


「あ、貴方! 逃げてください! お願い逃げて!」


「逃がさない」


 自分を乱暴しようとした相手に対して、なんてお優しい事だろうか。

 これだから聖職者は気に入らない。


「あ、ああ! お、お前! お前やっぱり剣の会の──!!」


「お前がその名前を知ってさえ居なければ、別に殺す必要も無かったんだけどな。知ってるって事は近しい奴に会の人間か、奴らに通じる奴が居るって事だろうから。ここまで来てアイツらの追手と戦り合うのはゴメンだ」


 せっかく死んだ事になってんだから、このまま俺らを死んだままにしてくれ。


「ち、違う! 前に所属していた隊で噂話を聞いた事があるだけなんだ! その剣だって、今日初めてこの目で見た! 本当だ!」


「すまんな。可能性は少しでも潰しておかないといけないんだ。それが俺の仕事だし、なによりめんどい」


「ひぃっ!!」


 何が噂話だ。

 黒鳥の剣の意匠まで知っていて、それは通じないだろ。


 黒い剣ってだけならありふれてるが、赤玉と不死鳥彫りまで知っているってなると、その隊に居たのは間違いなく黒剣の徒だ。

 

 潜伏任務かなんか知らんが、俺と同じ黒剣士と顔見知りってだけで、俺らの情報が会に伝わる可能性がグッと上がる。


 ていうか、黒鳥の剣の話を漏らしてる時点でだいぶデキの悪い黒剣士だ。

 すでに死んでいる──粛清されているだろうが、念には念を入れておきたい。


 こいつだけはここで殺しておかないとな。


「ディト! 待ちなさいディト! 約束した筈です! むやみに人を殺さないと! 忘れたんですか!?」


 背中からがばっと抱きつかれた。

 いや、身長差があるから、腰に巻きつかれたが正しいか。


 その気になりゃあ簡単に振り解けるが、怪我されちゃかなわん。


「聖女様、残念ながらこいつは必要な殺しだ。アンタの生存確率に影響するからな。ちなみに約束は忘れてない。ちゃんと毎日風呂に入っているし、飯も3食食べているし、夜も横になるようにしてる。寝れてはいないが」


「そこまで約束を守れて、どうして人殺しの約束だけ破ろうとするんですか!?」


「だから破っていない。最初に言った筈だ。最優先はアンタの命。それを守るためなら殺しもするし、俺の命だって使うと」


「そっ、それは──!」


「アンタは、危機感ってもんが足りなさすぎる」


 ここまでの旅程でなんとなく分かっては居たが、これで確定した。

 

 この聖女様──いや、元聖女候補様は自分の命が国と聖教会に狙われている自覚が無い。


「ひっ、ひいいっ!」


 あっ、あいつ逃げやがった。


「ディト! もう一度話し合いましょ──」


「ふんっ」


 雑に振り下ろした黒鳥の剣から、黒い剣気を飛ばす。


 みっともなく逃げ走る追い剥ぎその3は、剣気に捌かれて真っ二つ。

 二枚におろされた。


「──あ、あああっ」


 俺の腰にしがみつく聖女様──元聖女候補様から、悲しそうな嘆きの声が漏れた。


「な、なんてことを……彼らだって戦災から逃げ落ち、仕方なく落人になっただけかも知れないのに……」


「言っておくけど、アイツらの身体から新しい血の匂いがぷんぷんしてた。戦の匂いじゃないぞ。ここら辺で戦があったのは一年も前の話だからな。つまりアイツらは、最近までこの山道を通る旅人を殺しながら生計を立てていたんだ。きっと探せば近くに根城があるんだろうが、その中には結構な数の死体が転がっている筈」


 つまり、同情に値しない悪党だ。


 俺と一緒だな?


「だ、だとしても……」


「聖女様、もう何度も言っているが、あんたはもう巫女でも無ければ神殿関係者でも無い。大巫女様って人が取り計らってくれて、死んだ事になってるんだ。今までみたいに慈悲たっぷりに振る舞ってもらっちゃ困るんだよ」


「……わ、私はそれでも、神殿に……女神様に仕える巫女です」


「……ふぅううううっ」


 わざとらしく大きなため息を吐いて、懐から取り出した布で刃の血を拭く。


 剣を鞘に収めた後で、まだ残っていた追い剥ぎその1の身体を茂みまで蹴り転がした。


「……女神様、どうか彼らに安寧を……主のその慈悲で罪と苦しみを清め、命の巡る流れの中へと」


 胸の前で手を組んで祈る姿は、流石にサマになっている。


 つい一月前まで次代の聖女になると噂されるのも納得だ。


 まぁ、結局なれなかったんだがな。

 

 彼女も……そして〝俺〟も。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 適当に死体を処理して、地面を汚した血の匂いも他の動物の血で上書きした。


 後は野生動物やら魔物やらが勝手に処理してくれるだろ。


 聖女様も落ち着いてきたみたいだし、良い加減出発しないと日が暮れちまう。


「急ぐぞ。王都じゃそろそろ聖女と勇者の宣誓祭も終わる頃だ。聖選儀が終わった直後ならまだしも、祭りが終われば流石にどの派閥も動き出す」


「それは王城の派閥と、神殿の宗派のことを言っていますか?」


 それだけならまだマシなんだけどな。


 最悪なのは〝剣の会〟の連中が、俺の死体が偽物だって気づいてしまう事だ。


 そうなると聖女様──元聖女候補様の死体にだって疑いの目が向けられるだろう。


 王子の工作が有ったとは言え、完璧なんてこの世界のどこにも無いんだから。


 俺だけならまだしも、この無害そうな女の子を連れて奴らの追手と戦り合うのはさすがに御免被る。


「アンタだって、清流派の大巫女様に言われてるはずだ。あの人はアンタを逃す為に自分の立場と命を賭けている。アンタが恩知らずの恥知らずで、あんなババァがどうなっても良いってなら話は別だが?」


「お、大巫女様にババァだなんて! 言わないでくださいって前にも言いました!」


 だってババァじゃないか。

 あれで腰が曲がってりゃ墓までもう少しだ。


「はいはい。すみませんでした。じゃあ行きますよ聖女様。冬になる前にあの大連峰を越えなきゃならないんだから」


 俺はひらひらと手を振りながら、地面に置いたままだった皮袋を拾う。

 追い剥ぎに行く手を遮せた時点で適当に放り投げたから、土塗れだ。


 パンパンと叩いて土を落とすと、肩に担いだ。


「せ、聖女はもうやめてくださいとも、前に言いました。私は結局、選ばれなかったのだから……それに他の人に聞かれたら……」


「人が居る時は呼ばないようにしてるから大丈夫。えーと、じゃあ……リーンニア。これで良いか?」


「リーンで良いです。一応、私たち……夫婦って事になっているんですから」


 と言われてもなぁ。

 血まみれ泥まみれ、汗まみれな上におよそ汚い液体にまみれにまみれた俺の人生で、女性を愛称で呼んだ経験など皆無だ。


 慣れないなぁ。

 これからも。


「じゃあ行こうリーン。アンタの体力じゃ、寒くなるまでに次の街に着けるかどうかもギリギリなんだから」


「わ、私こう見えても結構体力あるほうなんですよ? 修行だってしてましたし」


「そりゃそこらの村人よりはあるだろうが、俺らは少しでも早く国を抜けにゃならんから」


 だからこんな旅装にしては心許ない格好で少しでも身軽にしてるんだろうが。


 少しの着替えと、豊富な路銀──ずっこけ追い剥ぎ三人組たちよ。

 さっきはああ言ったけど、俺らこう見えて結構な金持ちなんだわ。


 嘘ついてごめーん。

 

「足はどうだ? なんだったらおぶってやろうか?」


「平気です。子供扱いしないでください」


「まぁ、身体は確かに子供には見えんが……背丈と顔はまだ子供だろお前」


「あ、あの! 女性の身体について面と向かって言及するのは失礼なんですけど!?」


「ああ悪い悪い。まぁ、俺ら夫婦って事になってんだし多少はな?」


「そ、そうです? 世の夫婦はそんな気軽に身体の事に触れるもんなんですか?」


「俺も知らん。なにせ物心付く頃から人殺しか魔物殺ししかしてこなかったからな」


「わ、私も5つの頃から神殿で暮らしていたので、世俗には疎いんです」


「あ、その世俗って言葉使わない方が良いぞ。感じ悪いから」


「え? そうなんですか?」


「王族とか神殿の連中は普通に使うが、民からしてみりゃ身下されてる様に聞こえるらしい。前に言った他所の国の反乱の時にそんな事言ってた貴族が袋叩きにあってた」


「き、気をつけます……」


 そんなどーでも良い事を喋りながら、俺ら二人は山道を山の方へと登っていく。


 これから冬が来るっていうのに、山に向かうなんて阿呆は幾らこの国が広かろうと俺らだけだろうな。


 俺だって本当は行きたくない。


 極端な寒暖に耐えられるよう訓練して来たから無理では無いが、寒いもんは寒いのだ。


 ああ、どこでどう間違ったんだろうな俺らは。


 リーンは本当なら神殿本部の奥の奥で大事に大事に護られている筈で、俺は──まぁ、俺は残当っちゃ残当だな。


 そもそも俺が聖女に見初められて勇者になるなんざ、竜が火の輪を潜って愛想を振りまくよりもあり得ない。


 でもまぁ、今まで育って来た組織──剣の会に命を狙われるってのは、やりすぎだろ。


 一体俺が何をしたって言うんだ。


 これまでずっと、アイツらの命令に従順に従って来たってのに。


 俺はふと、隣を歩くこの黒髪の美しい小柄で胸がデカくて顔がやたら良い女の子の顔を見る。


 仮初とはいえこんな娘と夫婦になるなんて、それこそあり得ない人生だったのに。


 初めて会った時のあの絶望に沈んだリーンの顔を思い出す。

 今まで尽くして来た神殿に見限られ、その命を狙われる。


 大概この娘も不憫な星の下に生まれて来たなぁと少し同情した。

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