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先生3

仰け反り後ろに倒れた先生を両手で受け止めて支える。床の下には小さな血の雫がいくつか落ちていて、先生の手を見ると、ゴム手袋が大きく破け、露出した皮膚から血が流れていた。

「大丈夫ですか」

 先生は相槌を打った後、声を上げながら立ち上がろうとする。俺は先生を手伝い起こした。

 何が起きたか確認する前に、咳き込み声が聞こえてくる。けほっけほっと、小さな声。先生の声だなんてありえない。野太いはずだ。

 俺たちは顔を見合わせた後、声のする方に視線を向けて驚愕した。

 機械から立ち込める煙の向こう側に浅い呼吸を繰り返す少女の姿が見えたからだ。胸を上下に揺らし、うめき声をあげている。そして身体はびくんっびくんっと何度も大きく痙攣した。

 そのたびに縫い合わせた糸がぶちぶちと音を立てながらちぎれ、ポンプから水が吐きでるように血が吹き出す。

 ヘッドで乾燥した血が新しい鮮血で塗り替えられていったのだった。

「なんだこれは」

 先生は酷く困惑していた。目の前に起きている光景を飲み込めずに、表情がだんだんと引き攣っていった。

 ここでは終わらずに、異常は増していく。

 彼女の身体が青白く光出した。緊急アラームのように明滅を繰り返し、時間が経つ事に激しくなっている。

 そして次に起きたの割れた頭部の再生だった。いくつか枕元に零れた中身が浮かび上がり、たゆたいながら割れた頭蓋骨の中に入って行く。それから穴を塞ぐように、割れた骨を形造り、皮膚、やがて髪すららも再生された。

「ありえない。人間の身体が再生するなんて、どうなっている」

 ひしゃげた左腕もそれと同時に再生をしたが、彼女の右肩は新たにできたピンク色の皮膚ができただけで、腕そのものが生えてくることはなかった。

「再生は完璧とまではいかないのか?」

 先生は唾を飲み込んだ後、振り返り俺に言う。

 「忍、この娘は、コレは一体なんなんだ、お前は何を見つけた」

 言葉は続き、吐き出されたのは「こんなのまるで化け物じゃないか」という言葉だった。

 その時、俺の脳裏に翼を伸ばした美しい彼女の姿が浮かんだ。

 両腕を壊されてもなお、汚れた地べたを芋虫みたいに這い、水溜まりをすする姿。

 あんなのを見たらとてもじゃないが化け物だなんて俺は思えなかった。

 だから俺は反論した。

「違う......、化け物なんかじゃない」

 もっとハッキリと言うつもりだったが声が震える。

「俺は彼女が怪物に襲われるところを見た。腕をへし折られて、翼を貪り食われている所を」

 部屋の中は換気扇の唸る音と俺の声が響いている。床には壊れたAEDと散乱した部品がある。立ち込める煙、鼻をつく血の匂い。ベッドからは血の雫が滴っている。

 彼女の身体は今この時も再背されてた。

 彼女がまともじゃないのは頭では理解しきっている。それでも俺は彼女を化け物だなんて言えなかった。言いたくなかった。

 先生はただ立ち尽くして俺を見ていた。先生は俺の言ってることは分からないだろう、何せ何があったのか分からないですませてしまったから。

「先生が言ったように、普通じゃありえないことが目の前で起きてる。頭蓋骨が再生するなんて、医者の常識じゃ考えられないことだって俺にもわかってます。でも……」

 言葉を詰まらせた。本当に言ってしまっていいのだろうか。そんな思考を巡らせたあと奥歯を深く噛み締めて言い放った。

「俺は彼女の必死に生きようとする姿に心を揺さぶられたんだ」

 先生の目を見て言えなかった。小っ恥ずかしくて、自分らしくなくて。そして目の前に映るのは彼女を身に纏う青い光。

 痛ましいほどに生き残ろうとする証。俺にはない感情。

「あの地獄で命の尊さを知ったのに死のうと思ってる俺の方がよっぽど化け物だ」

 マスク越しでもわかる。先生は酷く悲しそうな表情をしている。眉にぎゅっとシワを寄せて、目頭にうっすらと涙が膜を張っていた。

「忍......」

 先生は俺の全てを知っている。東京タワーで何があったのか、俺がどうやって壊れて言ったのか、どう育って行ったのか。だから先生は感じているんだろう。俺が必死になる理由を。俺は何かを汲み取ってくれたと信用している。

「だから多少脳みそと頭蓋骨が再生するくらいどうってことないでしょうが!」

 部屋中に俺の声がヒリヒリと反射していった。

 何を言っているのか分からなくなった。俺はわけの分からないことが続いて、気が動転してるらしい。

 


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