フィクサーの寝言
暗殺組織を牛耳るのは残酷で人でなしのボスではない。彼の側近の一人、黒のスーツに身を固めた仮面の者。
目立たぬよう言葉数は少なく、幹部会でも、ボスの側で静かに佇む。一見すると護衛にも見える。だが仮面の者は明らかに細い。ボスと仮面の者を囲う三人の男は背も高く胸板も厚い。彼らこそ正真正銘の護衛であり、仮面の者も一緒に守られているようだ。
正体不明。いつしか組織の頭脳、仮面の参謀と呼ばれるようになった。組織の躍進は謎の参謀の手柄と言っても差し支えない。国の癌となり得る連中を次々と始末していた。
「しかし、我々は今は窮地に陥っている」
国王が暗殺された。おそらく第二王子派の近臣の仕業だ。跡継ぎが王太子に決まりかけていた矢先の暗殺である。疑われたのは暗殺組織の人間になるのは当然の成り行きだった。
「これは我々と決別を図る王太子派の策略だ」
暗殺組織に依頼は来ていなかった。政敵になり得る第二王子派の企みに見せかけ、潰すのに組織が利用されたのだ。
暗殺業を営む以上、濡れ衣を着せられる事はよくある話だった。しかしこの裏切りは組織として許せるものではなかった。
「過激な軍事顧問や、第三王子の始末を頼んでおきながら、暗部を切り捨て玉座につくなど許せるものか」
ボスは集まった幹部達にも同意を求める。幹部達からは静かな怒りの同調が感じられた。
ボスは一瞬隣の仮面の参謀に目をやる。組織がうまくやって来れたのも、参謀の助言のおかげだ。この会合で裏切った王太子への怒りを煽らせたのも、仮面の参謀の想定通りだったのだ。
焚き付けたはいいが、この後の方針をボスも聞いていない。
「王太子を討て。今すぐ」
仮面の参謀の囁き。待っていた言葉をもらいボスはニヤリと笑う。
「よし、決まりだ。我々は王太子を討ちに行く!」
幹部達の士気が高まる瞬間──ボスの胸から刃が生えた。そして護衛達が、一斉に暗殺組織の幹部達を襲う。
「なっ‥‥なぜ裏切っ‥‥った」
「裏切り? 寝言は寝ていいなよ。始めから私はこの国の参謀だ」
死に瀕するボスが理解したのは、全てこの仮面の参謀の企みだった事だ。
いったい誰が?
思い当たるのは⋯⋯ボスの意識はそこで途絶えた。
「王太子、ありました。弟君からの手紙です」
「やはりね。裏切ったのはこの男の方だ。まあいいさ、おかげで邪魔者は全て夢の中だ」
後は証拠を手に、第二王子派を潰すだけ。参謀の暗躍により、国は今までになく平穏な時代が続いたという。
お読みいただきありがとうございました。
寝言は寝て言えって、言いたいだけの物語でした。