律の調べ
初めて投稿します。
ご容赦ください。
社会人ってなんだろう、働くってなんだろう…。
西に沈む夕日を眺めながら、そうひとりごちる。私は今年大学三年生になり、季節はすでに秋、就活の時期が迫っていた。はあ、と大きなため息が出る。それに呼応するようにカラスがかあかあと鳴いた。ふと顔を上げるとグラウンドでサッカーサークルの人らが地を蹴り走っている。キャプテンらしき人が大きな声をだして部員を鼓舞している。羨ましいな、と思った。私もああいう役職についていたならば面接で話すいわゆるガクチカになったのではないか。講義もろくに聞かない、授業中は友達との会話に夢中になっているだけの人たちがなぜサークル実績だけで内定を勝ち取っていくのか。私は世の中の理不尽さにあきれ、また項垂。
私は真面目だった。中学、高校と生徒会役員を務めあげ、大学は地元の国公立へと進学した。両親は泣いて喜んでくれて、その顔をみて私も嬉しかった。共働きで苦労していて、学費は自分で出すからと言ったが、貯金しているから大丈夫と一蹴されてしまった。最初は実家から通っていてが、今年の夏から大学の近くのアパートを借りてそこから通っている。就活に関することや面接の練習などで遅くまで残ることが多くなったからだが、本当は都心へのアクセスがいいからだ。この三年間アルバイトで貯めたお金があったので今のところ生活に困ってはいない。趣味という趣味もないので使い道に困っていたところだ。
気づいたら辺りは真っ暗になっており、食堂棟にいる学生は私だけになっていた。さっと帰り支度を整え急いで大学を出て帰路に就く。信号で待っているとポケットの携帯がぶるぶる震えだした。画面を見ると親友の太海真乃だった。真乃は私が大学生になったときに出来た友達で、それからはずっと一緒だった。
「もしもし明美?今大丈夫?」
「真乃?うん、大丈夫だよ。今大学の帰り」
いつものほわほわした声音に安心しながら返事をする。
「今日、どうだったのかなーと思って。ほら石城先生と面接の練習するって言ってたでしょ?」
今一番嫌なところをブスッと刺してくる。
「あはは…、今日も全然だめだったよ。自分の長所短所とか、その会社のこととかは言えるんだけど、これから何をしたいかとか、学生時代に頑張ったことでつまっちゃう…」
「そうなんだ…。で、でもさ!まだ時間はあるわけだから、これからゆっくり時間かけてさ頑張っていこうよ!」
真乃は励ましてくれてる。でも、今の私はとても沈んだ気持ちになっていた。
「真乃、私ってやっぱり真面目すぎるのかな。サークルにも参加しないで、文学部だからってずっと古典史を勉強してさ。影でなんて言われていたか知ってるでしょ?私はただ真面目に勉強しているだけなのに…。」
「それが明美のいいとこだよ!一つのことに集中できるってのは凄いよ、それがもしかしたら仕事につながるかもしれないじゃん!」
その場では、とってつけたような言葉にしか聞こえかった。私はありがとうと言って一方的に電話を切った。
「はあ、やっちゃったなあ」
私はどんよりとした気持ちで道をとぼとぼ歩いていた。そんな私を咎めるように両脇からコオロギの鳴き声が盛大に聞こえてくる。ほんとうにごめんなさい、私が悪いんです。その後も私はゾンビのような姿勢で歩き、うーうー唸っていた。
そろそろアパートが見えてくるころ、視界の端になにかが横切った。興味をひかれた私は足を止めその方向に向き直った。いまのは、尻尾?近くになにか動物でもいるのだろうか。興味をひかれたのはその尻尾の形にあった。たぬきでもなければイノシシでもない、あれはまるで…。
木々に隠れて見えなかったが、そこには果たして大きな鳥居があった。こんなとこに神社があったなんて。雨風にさらされたのだろう、木はボロボロに腐食して黒ずんでおり、本来の赤色は見えなくなっていた。周りの木が私を誘うかのようにざわざわと音を立てている。少し怖いが、もし狐がいるのなら見てみたいと思い神社に足を踏み入れることにした。
境内の中は狭く、田舎によくある神社と同じような広さ、見た目をしていた。しかし、参道には玉砂利などが敷いていてところどころ凝っている。奥へ進むと本殿があり、賽銭箱が一つあった。今の私にはもう神様に縋るしかないと思い一つお願いしてみることにした。財布から小銭を出そうとすると、足元に一匹の狐がいることに気づく。えっ、っと思い目を凝らすとそこに狐はいなかった。やあ、と聞こえ驚いて顔を上げるとそこには一人の女の子がいた。
「倉本明美、君はここで一体何をしているんだい」
見た目は私と同年代なのに、話し方がとても丁寧だった。
「えっと、こんなとこに神社があるなんて、それで驚いて…」
急な出来事にしどろもどろになっていた私を見て女の子はくすっと微笑んだ。
「あの、それでお参り、一回だけでもいいからしようと思って…!」
少し落ち着きたまえ、と言い女の子は苦笑した。
一度深呼吸して息を整える。そして私は女の子に一番気になったことを聞いてみた。
「あの、さっきここにいた狐ってどこに行ったんですか?」
「ん?狐?ああそれなら…」
最初は訳が分からないといった顔をしていたが、納得がいったのかポンと手を打った。すると、次は女の子が急に消えた、と思ったら私の目の前には一匹の狐だけがいた。
「えっ!どういうこと!急に人が、消えて。えっえっ」
「私はここだ、ほら、さっきの狐は私だ」
目の前の狐が言語を流暢に話している。私は夢を見ているようだった。
「私はこの神社でまつられている狐の神様、宇迦之御魂神だ」
少し落ち着きはじめた私は、女の子もとい狐が話している内容を頭で咀嚼することができていた。
「ウカノミタマってあれですよね、京都の伏見稲荷大社で祀られているウカノミタマノカミで有名な」
「ほお、よく知っているじゃないか」
ぼんと音を立てて女の子に戻ったウカノミタマは関心したという顔をして頷いている。
「でもこんなとこの神社にどうして、ウカノミタマさんがいるんですか?」
「私は、いわば出張だよ。三年前にここの神様が訳あって離れることになってね、それで私が呼ばれたってわけさ」
神様にもそういう事情があるんだ。
「それで、倉本明美。君は私に何をお願いするのかな」
「えっと、私いま就職活動してて。その、不安とかたくさんあって。神様にお願いするのも変な話なんだけど、うまくいくにはどうしたらいいのかなって」
「あとっ!さっき友達と話してたんだけど、真乃は悪くないのに一方的に電話切っちゃって…。悪いことしたなって。仲直りじゃないけど、明日どんな顔して会えばいいか分からなくて…。私のことを思って言ってくれてたのに」
ふむ、とウカノミタマは頷きだったらと続けた。
「私にできることは何もないな」
「なんで!あなたは神様なんでしょう!」
「君が願っているのは現状からの脱却だ。いわば不平不満、愚痴に近い。神はそういう願いはかなえてやれない。古典史を勉強している君ならわかるだろう。君は自分の力で自分を救わないといけない。ようは考え方次第ってことさ」
確かに、私は自分にないもの、他のひとにあるものが欲しいと言っているだけだ。
「だが、気くらいなら与えてやれる」
「えっ?」
「元気だよ元気。現象を捻じ曲げることはできないが、君に寄り添うことくらいならできる」
ウカノミタマは頬を掻いて照れくさそうに答えた。
周りの木々が揺れ、風が私の髪をなでていく。どのくらいの時がたっただろうか、私はゆっくりと口を開いた。
「ありがとうウカノミタマさん。なんだかその言葉を聞いただけでも涙が出そうだよ…」
「いいんだ、私にはこれくらいのことしかできないからね」
そういうとウカノミタマはそっと私に近づいて抱きしめてくれた。
「あたたかい…」
自然と涙が出てくる。この人からはなんだか懐かしい香りがする。その時、ふと疑問に思っていたことを聞いてみることにした。
「そういえばウカノミタマさん、どうして私の名前を知ってたの?それに、私が大学で古典史を学んでることまで」
びゅーっと風が私の髪をさらっていく。
「なんでかな、私は神様だからね。なんでも知っているんだ」
その横顔はどこか切なく、物憂げな表情をしていた。
「明美、君はアナグラムって知っているか」
「アナグラム?いや、聞いたことないです。なんなんですかそれは?」
「文字を特定の順番に並べ替えると全く別の意味になる、いわば暗号のことさ」
「へえ、そういうのがあるんですね」
今度は先ほどより強い風がふきつけた。びゅーっと、びゅーっと。
「風強いですね」
髪を抑えながら私はそう答えた。
「明美、君に出会えてよかった」
風が強くなる。
「え?ごめんなさい、なんて言いました?」
「いや、いいんだ。ただこれだけは言わせてくれ。私はいつでも君を見守っているよ」
さらに強い風が私の目の前を吹く。咄嗟に目を閉じ、風がやむのを待った。
「あれ…」
目を開けるとそこにウカノミタマはいなくなっていた。
先ほどの強風はどこかへ行き、穏やかな風がそこには吹いていた。
「これ、なんていうんだっけ」
古典史で俳句について勉強したときに出てきたと思うんだけどな。私はその場でじっとして少しの間その風を肌で感じていた。
「あっ、思い出した」
「これ、''律の調べ''ってやつだ」
その日から、私は太海真乃と会うことはなかった。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
僕は専門学生で日々せっせとプログラミングを書いています。
また時間みつけて短編かくのでよかったら読んでいってください。
いつかはシリーズもの書いてみたいな。