第1話「それは運命のようで」
日常の裏には恐ろしい魔物が潜んでいる。
だが、影あるところに光あり。
これは、闇を祓う魔法少女たちの物語。
──春
それは始まりの季節。
新しい生活。新しい職場。新しい友人。
四季折々に顔の違うこの国で、生命が息吹く季節。
その息吹は、ここ「神薙市」にも新たな風を運んでくる。
何の変哲もない平凡な家族。この家族にも新しい生活が始まろうとしていた。
「蒼依!そろそろ起きなさい!」
「ううん…あと5分…」
このベッドで春の陽気に劣勢を強いられている少女の名は朝乃蒼依。今年から有名高校に通うことになり、今日が入学式なのだが…
「学校、遅刻してもしらないよ!」
「は、そうだ!学校!」
母親の援護のおかげで春の陽気に打ち勝ち、ベッドから飛び起きた少女は制服を被りながらリビングへと駆け下りていく。どうやら初日から遅刻という伝説を築くことはないようだ。
駆け下りたリビングには父と母、そして朝食が並んでいた。
「ああ!やっと起きた!ほら、さっさとごはん食べな。」
「今日から高校なんだろ?初日から遅刻…なんてことにはなるなよ。」
「分かってるって!いっただきまーす!」
朝食のサラダとベーコンエッグをパンで挟み、口の中に放り込む。口の中にものを詰め込みミルクで流し込む。
短時間で朝食を片付けると洗面所に向かい、歯ブラシで口内の敵を殲滅する。
髪をすき、身だしなみを整え、障害を全て片付けると玄関に向かう。
「それじゃあ、行ってきます!」
勢いよく飛び出し、新しい日々への一歩を踏み出し駆け出していく。青い髪をなびかせ、青い瞳を輝かせ、町を駆け抜ける。
風を切り、景色が流れる。街に行きかう人波をかき分け、空飛ぶ板を潜り抜け、コンクリートのジャングルを抜けた頃、その巨体が姿を現す。
──柳川学園
最先端の魔法学を教えるこの学校は総勢一万人人を超える巨大な私立学校であり、中高大学校を統合した日本最大の教育施設である。
本日4月8日は新入生の入学式。
希望に満ちた少年少女が夢見る未来への第一歩を踏み出す記念すべき1日。
その高等部入学式に青髪の少女はいた。開会式が終わり本格的に式典が進行していこうとしたとき、黒い髪をなびかせ、金色の瞳を持つ女性が壇上へと登る。
「皆サン、ようこそ我が柳川学園へ!ワタシはこの学園の理事長を務める柳川黎子といいます。今日は皆サンに少しだけ言葉を送ろうと思います。知っての通り我が柳川学園は、最先端の魔法学を教育プログラムに組み込んだ、日本最大の学校となっています。皆サンには、この学園での生活、学園で学んだ知識、その全てを力に変えて皆サンの輝かしい未来に繋げて欲しいと思っています。」
理事長が言葉を終え、壇上から降りると、次のプログラムが始まる。
そうして次々と祝辞の言葉が送られ、最後に新入生代表の言葉が終わり、閉会式となった。
入学初日ということで、本日は授業も無く教室に移動してホームルームとなる。ちなみに、青髪の新入生は1年1組らしい。
ホームルームの最後には、担任の教師から最近は行方不明者が多いから早く家に帰るようにと伝えられ、入学初日は終了した。
「蒼依ー。入学祝いってことでクラスの子達とカラオケでも行かない?」
帰宅の準備をしていると、茶髪の少女が話しかけてくる。彼女の名は浅井真琴。同じ1年1組のクラスメイトであるが、初対面の人に対して臆面もなく話しかけ、結果初日にしてクラスの大半と面識を持つという離れ業をやってのけている。
「いいよー!こういう日はパーッと歌っちゃおう!」
「いいね!華のJKになったんだから楽しんでいこう!」
さらに何人か声をかけ、少女たちは街へと繰り出していく。
──夕刻
カラオケボックスを出ると、空には茜色が広がり仕事を終えた人たちが帰路についているところだった。
「あっちゃあ~、ちょっと楽しみ過ぎたかなあ。」
「流石にそろそろ帰らないと怒られそうだなあ。今日はこれでお開きかな?」
お楽しみを終えた少女たちは、時間を忘れて歌っていたことを各々自覚し始めた。
「そうだね。あー!楽しかったー!また明日ね!」
「うん。また明日。」
時間も時間なので少女たちはその場で解散し、それぞれの帰路につく。
さて、我らが朝乃蒼依はというと…
「だいぶ遅くなっちゃったし…近道しちゃおっと。」
どうやら帰宅距離の短縮のために通常の道ではなく裏道を使うようだ。大通りを外れ、薄暗い裏路地へと進んで行く。
建物に囲まれ、日の光も届かず、入り組んだ裏路地はさながら迷路のようで、道を知らない者がうっかり入り込んだら2度と出ることはできない。そう、錯覚させる。
ザク…ザク…
裏路地をしばらく進んでいると、ふと何かを切っているかのような音が聞こえる。辺りを見回すと、道端に座り込む女性を見つける。
「あの、大丈夫ですか?」
もしかしたら体調が悪いのかもしれない。そう思い近づいてみると、ザクザクという音はその人から出ていることに気付く。
不意に女性の手元が目に入る。その手には包丁が握られ、なにか赤いモノに繰り返し振り下ろしている。
赤い液体が流れ、楕円形の物体の左右に棒のようなものが付いていて、赤黒いラグビーボールのようなものがつながっている。
それが『ヒト』だったモノということはすぐに理解できた。
「ひっ」
思わず声を上げる。
その声に反応してゆっくりと振り向く。
「ワタシのかあぁおおぉぉ。みぃたかあぁぁ?」
振り向いたその顔は、半分が崩壊したかのように崩れ、人間とはとても思えない容姿をしている。
「み、見てません…」
恐怖に震え、かすれた声でなんとか言葉を絞り出す。しかし、そんな答えを聞いているのか聞いていないのか、ゆっくりと近づきながら女性は再び声を発する。
「ワタシのかあぁおおぉぉ。みぃたかあぁぁ?」
その言葉を言い終えた瞬間、女性は手にした包丁を蒼依に向けて振りぬく。
「きゃ!?」
間一髪で斬撃を避けた瞬間に理解した。この人は顔を見られたかどうかは関係ない。顔を見られたかもしれない。それこそが自分を殺そうとしている理由だということを。
「や、やだ!来ないで!」
逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ殺される。
一目散に裏路地を駆ける。駆ける。駆ける。
後ろは振り向かない。振り向いた瞬間に死が待っている感覚がする。
「まあああぁぁてええええぇぇぇ!!」
「ひいっ!」
いくら走っても距離が離れない。このままだと捕まって殺されてしまう。
そう思ったとき。
「こっちだ!」
ふと誰かの声がした。藁にも縋る思いでがむしゃらに足を動かし、声のした路地へと飛び込む。
そこに待っていたのは。
「はあっはあっ。ぬ、ぬいぐるみ?」
「僕はぬいぐるみじゃない。ペガサスだ。」
羽のはえたウマのぬいぐるみのような物体。羽をパタパタと動かし、口を膨らませてプンプンと怒っている。
「えっと、ごめんなさい?」
「分かればいいんだ。分かれば。」
そんなやり取りをしていても、時間は平等に流れている。危機はすぐそこまで迫っていた。
「って違う!早く僕に触れるんだ!」
「え?ああ、うん。」
恐る恐るペガサスの手(?)に触れると。
「『スカイジャンプ』!」
「そぉこかああぁぁ!」
路地にその姿はなく、完全に消え去っていた。
────上空
「ひえぇぇ!と、飛んでるうぅぅ!」
少女は地上からはるか遠くの上空にいた。
「しっかり捕まって。手を離したら真っ逆さまだ。」
「離さないからそっちも離さないでえぇぇ!」
少女の体は重力を無視し、空中に浮遊し続けている。それはおそらく、このペガサスと先ほどの呪文が関係していることは明らかだった。
「安全な場所に降りる。そこで少し話そう。」
そう言うと、少女たちはゆっくりと降下していく。そして、広い道路の真ん中にふわりと着地した。
「改めて、僕はペガサスだ。キミの名前を教えてもらってもいいかな?」
「朝乃…蒼依。」
そこでペガサスは少女に包み隠さず明かしていく。先ほどの女性のこと、異様な雰囲気に包まれたこの空間のことを。
「アオイ、キミが遭遇したのは人間じゃない。ヒトを襲う怪物『メイズ』、そしてここはメイズが作り出した迷宮『ラビリンス』だ。」
「メイズに…ラビリンス…。」
ペガサスによるとメイズはヒトを襲う正体不明の怪物で、ラビリンスは現世から隔絶された異空間でありメイズはここでヒトを襲うのだという。
「とにかく、ここから脱出しよう。さっきのメイズが戻ってくるかもしれない。僕のことは歩きながら話そう。」
「うん。わかっ…」
ズル…ズル…
脱出のために立ち上がろうとしたとき、前方から何かを引きずるような音が聞こえる。
「あんたぁ、ほしいものはあるかぁ?」
背の高い、やせ細った異形がナニカを引きずりながら問いかける。
「まずい!早く逃げるぞ!」
「え、あ。」
異形は再び問いかける。
「あんたぁ、ほしいものはあるかぁ?」
「な、なにもいらないです…」
恐怖からかつい問いかけに答えてしまう。
異形はニタリと大きく笑い、手にしていた物体──ヒトを投げ捨て叫ぶ。
「いいこだなぁ。ひきずってやろうかぁ。」
異形は腕を大きく振り上げ、目にした獲物に襲い掛かる。
「ひいっ!」
反社会的に飛び上がり、地面を蹴り上げる。
先ほどと同じように逃げる。走る。しかし、恐怖はさらに増していく。
「はあっ!はあっ!」
「まて!止まれ!」
そうした逃避行は、すぐに終わった。
「みいいぃぃつけたああぁぁ。」
先ほどの怪物が現れたからだ。
まさに前門の虎、後門の狼。逃げる道はない。
「くっ、まだ魔法は使えない!アオイ!どうにかして逃げるんだ!」
「あ、ああぁぁ。」
この絶体絶命の状況でも、勇猛果敢なペガサスは一縷の望みをかけて行動するだろう。しかし、か弱い少女は違う。
「もう…いやだよ…おうちに帰してよ…」
膝を折り、涙を流しながら懇願する。少し前まで平和な世界で生きてきた少女には、この絶望的な状況は心を折られるには十分であった。
もはや一縷の望みもなく、ただ死を待つのみ。
「くっ、お前たち!この娘には指一本も手出しさせないぞ!」
ペガサスが少女を庇うように立ちはだかる。しかし、その身体はあまりにも小さく、頼りない。
怪物たちはそんな小石を意に介さず、獲物を前に舌なめずりするように迫りくる。
絶望の現実から逃げるように目をつむる。
「誰か…助けて…」
かすれて消えそうな声で祈る。誰にも届かないその祈りを。
包丁を掲げ、腕を上げて獲物に駆け出す。
「しいいぃぃねええぇぇ!!」
「ワタシのものだああぁぁ!!」
────数舜か、数秒か
音もなく、叫びもなく、悲鳴もない。
すぐさまこの体は怪物たちの手によって無残に、残酷に、無慈悲に殺されてしまうはずなのに。
未だ痛みもなく、五体満足で息をしている。
おそるおそる目を開く。
恐ろしい現実は、そこには無かった。
「大丈夫?怪我はない?」
怪物たちとは違う優しい声。
黒い髪に黒い瞳。緋色の着物。赤と青の籠手。紺色の袴にロングブーツ。そして、赤と青の刀身をした二振りの刀。
とても現代の日本では目にしない大正浪漫の感じる不審な衣装。
ふと、目を逸らすと怪物たちが倒れていることに気が付く。
腕を切られ、首を切られ、胴を切られている。次は自分の番──ついさっきまではそう思っただろう。
しかし、何故か恐ろしくは感じなかった。
届くはずのない祈り。それが届いた。
その出会いは…
「あ…あの、あなたは…?」
「私?私は…ムサシ。まあ、魔法少女ってやつだよ。」
ありきたりな言葉だけど、それはまるで『運命』のようで。
[データ]
▶[プロフィール]NEW!
[名前]朝乃 蒼依 (アサノ アオイ)
[年齢]15
[血液型]A型
[好物]いちごパフェ
[所属]柳川学園高等部1年
[誕生日]3月3日
[身長]158cm
[体重]47Kg
[3サイズ]B84/W59/H82
[概要]今年から柳川学園高等部に入学した新入生。はつらつとした性格で好奇心旺盛。