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透明の空  作者: 兎束作哉
第1章 灰色の空
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08 夜道の彼奴、迷い



(何で彼奴がこんなところに?)



 目を輝かせながら、いろんな店の周りをうろうろとうろつく空澄を俺はしっかりと目でとらえた。目はいいほうで、間違いなく空澄であることを俺は確認する。

 美術部の活動時間はとっくに過ぎていて、陸上部より終わるのが早いはずだ。空澄の家がどこにあるかは知らないが、多分こっちではないだろうと俺は思う。俺の家の方には安いアパートや住宅街が広がっているだけで、空澄のような財閥の御曹司が住める場所はない。いいや、場所はあるのだろうがそんなところには住まないだろうと思った。

 そんなことを考えながら、俺は無意識に空澄を尾行していた。



(こんなの、ストーカーじゃねえか。でも、ターゲットを尾行、と考えたら合法か)



 何も合法ではないし、ストーカーのほうがよっぽどましだと自分の立場を考えながら、俺は気になってしまい空澄の尾行がやめられなかった。彼はどこに行くのだろうか。

 リュックにしまった拳銃がやけに重たく感じた。

 今なら殺せるのに、なぜ殺さない? そう問いかけてくるようで、俺は苦しかった。今はまだその時じゃない。人ごみに紛れて殺すのは得策かもしれないが、死体が見つけられてパニックになられるのも困る。そういうリスクがあるから今はやらないと、言い訳のようなものが浮かび、俺は頭を振ってその考えを散らした。


 取り敢えず、今じゃなくていい。そう割り切って俺は空澄を追う。


 空澄は、あっちへふらふら、こっちへふらふらと落ち着かない様子で、ネオンの光がまぶしい店から店へと歩いた。だが、実際には入らずその店の前で立ち止まり、眺めるだけで満足したように歩き出す。



(満足……というよりも、我慢しているみたいな顔してんだよな)



 店の前ではキラキラと目を輝かせているのに、歩き始めたころにはスンとどこか興味なさげな顔をしていた。入りたいけど、入れない、我慢をしているといったような表情で、見ていておかしかった。

 そうしてコンビニの前までやってきて、自動ドアを眺め一歩踏み出した時、聞きなれた音楽が流れ自動ドアがすぅっと開く。それを見た空澄は驚いて一歩下がった。



(ははっ……何やってんだ)



 思わず笑いがこみあげてきて、ぷっと吹き出せば、通行の邪魔になっていたのか、後ろからドンっと背中を押された。俺は急いで振り返ったが、道行く人は俺を邪魔だといわんばかりに睨みつけ、そして無視をし歩いていく。だからこの通りは嫌いなんだ。そう思いつつ、空澄の方に視線を戻した。

 人は限りなく他人に興味がない。興味が湧くときは同じものを感じ取った時、自分の玩具になりえるのではないかと思った時だと俺は思っている。空澄は確実に前者ではないだろうし、自分とは違う自分に興味がない俺に興味を持ったのかもしれない。御曹司の気まぐれという奴だろう。と、俺は勝手に決めつけているが、実際のところどうか分からない。


 時刻は夜の7時を示しており、結構な時間が経ったことを表していた。帰るときはまだ日が沈み始めていたはずなのに、ターゲットを探すのに時間がかかったわけでもないし、となると、俺はずっと空澄を追って時間を食いつぶしたということになる。本当にらしくない。

 俺はここらでやめようと、後ろを向くと、「ああっ!」と大きな空澄の声が響いた。一体なんだと、もしかして俺以外の人に襲われたのではないかと振り返ってみれば、少し離れたところにあった自動販売機の前で、ボタンを連打しながら出てこないといったようにその場で葛藤する空澄の姿が見えた。



(な、何やってんだ)



 金を入れて出てこないならわかるが、ボタンが光っていないところを見ると、金を入れていないということが分かった。金を入れて買うことも分からないのかと、俺は呆れを通り越して何も言えなかった。だが、喉がカラカラだといわんばかりに自動販売機を見つめていた為、俺は仕方なく空澄の足元に500円玉を転がしてやった。小遣いだともらった貴重な500円だった。

 空澄は、足に当たった500円の存在に気が付き拾い上げると、500円玉を裏表と眺めた。



(早く買えばいいじゃねえか)



 じれったいと思ってみていると、空澄はそれを握りしめて俺とは逆の方向に走り出した。



「は、はあ!?」

「落し物は、交番に届けるのが正しいよな!」



 そんなことを口にしながら走っていく空澄に、俺は理解が追い付かずその場で手を伸ばすだけだった。元から、気づかれないようにとこそこそ物陰に隠れていたが、あまりにも奇想天外な行動に出たので思わず隠れていなければということも忘れて自動販売機のところまで来てしまった。だが、彼奴の足に追いつけるわけもなく、追いつこうともしていなかったため、俺は自動販売機の前でぷらりと手を下ろす。


 相変わらず訳の分からない奴で、それでも見ていて楽しいと思ってしまった。

 俺はぎゅっと胸元をつかんで握りしめる。痛いぐらいに鳴っている心臓は、迷いの影を浮かび上がらせる。



(俺は、彼奴を殺せるのか?)



 あんな純粋で、恨まれるようなこともしていない奴を、同級生を俺は殺せるのだろうか。俺はそこで、ようやく自分の迷いと手が震えていることに気が付いた。




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