07 どう思ってる?
「……久しぶりに体を動かすと、疲れるもんだな。使う筋肉が違うせいか」
どういう風の吹き回しか、どういう心情の変化があったか、自分でもよくわからなかった。自分のことは自分が一番理解しているはずなのに、どうしてか、空澄と部活の話をした後、俺は無意識のうちに部室に向かい部活動に参加した。俺が参加したことに驚いたのか、部員は俺に駆け寄ってきて頭でも打ったのかと、熱でもあるのかと失礼なことを言ってきた。だが、これまでなんで参加しなかったんだ、とは言わなかった。俺の性格を知っていてか、それとも俺の目が怖いからか、理由はどうでもよかったが。
日は暮れ、下校時間もかなりすぎていたがために周りに知り合いはいなかった。繁華街を通らなければ家に帰れない為、億劫になりながらも今から営業を始める、なんていう店の前を通る。
空澄暗殺の依頼のほかにも1つ依頼が来ていた為、俺はそれをすまして帰ろうと思った。手元にあるのはサイレンサー付きの拳銃1丁だったが、ターゲットの行動パターンは依頼書にばっちり書かれていたため、背後から狙えばなんてことないだろう。
(慣れちまったもんだな……)
抵抗が初めからあったかと言われれば、なかったに等しい。罪悪感があったかと言われれば、なかった。ただ生きるために殺す。それしか俺にはなかった。
先生についていくと決めたときから、覚悟などとっくにできていて、命どうこうを考える時間はなかった。依頼されたから引き受けるただそれだけで、それを繰り返しているうちに善悪というものが分からなくなってきた。
依頼内容は人によってまちまちだが、本当の極悪人もいれば、そんな理由で依頼してきたのかというものもあった。その人にとって苦しみのベクトルは違うし、とやかく言うつもりはなかったが、俺も苦労したのに……そう思ってしまうのだ。そういうこともあって、どうにものらない依頼の時もある。
そうして、ずっとこんなことを続けてきたわけだが、初めてターゲットに対して感情を抱いた。それが空澄だった。自分とは違う世界を生きているような奴。微笑ましいとか、羨ましいとかこれまで感じたことのない感情が湧いてできた。そんな感情を抱けたのかと自分でも不思議なぐらいに。
(何が、俺をかき乱すんだ?)
空澄の何が自分の中で気に食わなかったというのだろうか。同じような人は見たことあるのに、どうして空澄にだけ反応したのだろうか、やっぱりわからない。
どうでもいい。そう思えれば楽なのに、空澄の笑顔が脳裏にちらついていら立ちが起こる。俺の中から消えてくれ、そうじゃないと俺はあいつを殺せない。そんな気持ちだった。
迷っている時間などなくて早くにも依頼をすませなければならないのに、彼奴の笑顔が俺を邪魔する。俺に近寄ってくるなと、毎日のように俺にしつこく話しかけてくる空澄の笑顔が脳裏をよぎる。冷静さがかけてしまえば、暗殺業は成り立たない。感情を表に出す暗殺者なんていらない。そう、先生から教わったはずなのに。
(俺は、彼奴のことどう思ってるんだ?)
ふと、そんなことを思い浮かべる。
俺にとって空澄はどんな存在なのか。ただのクラスメイトであるだろうに、ただの同級生であるだろうに、それだけじゃないとしたら。
俺は、空澄とどういう関係になりたいんだろか。
「やめたやめ、考えるだけ無駄だ」
そう思いながら、ターゲットを探すことに専念した。すると以外にも早く見つかったその男は、こそこそと何かから隠れるように路地裏へと入っていった。俺はそのあとをこっそりと付け、リュックから取り出した拳銃を構える。サイレンサーがついているため少し先端が重いが、狙いを定めれば確実に当たるだろう。苦しまずに1発で当てなければならない。悲鳴など上げられてしまったら、元も子もない。
何故、路地に入っていったは不明だったが運がいいことに、男は迷ったらしく右に行くか左に行くか迷い立ち往生していた。俺はそれを物陰から狙い、引き金を引く。
ピュンっと一直線に飛んでいった弾丸は、男の脳天を打ち抜き、男は壁によりかかり、ずるずると下へ力なく倒れていった。
俺は、男の生死を確認するため近づき脈を図る。しっかりと止まったそれは、もう2度と脈打つことないだろう。俺は、1枚男の写真を撮りポケットに入れる。これで任務は完了だ。後はこの写真を依頼人のところまで送り届けるだけだった。それは、まだ不慣れなため先生がやってくれるが、独り立ちするころにはすべてできるようになっていなければならないだろう。
そんなことを考えながら、俺は路地裏から出る。まぶしいネオンの光が目に飛び込んでき、俺は思わず目を閉じた。夜は、暗殺者にとって動きやすい時間帯である。闇に姿をくらまし、誰に気付かれることもなく任務を遂行する事。ただ、年齢的に補導されかねないので、そこも注意が必要だった。
人仕事を終え、俺はやっと家に帰れると方向転換したとき、見慣れた人物が視界の端に映った。
(……あ、空澄!?)
そこには制服を着たまま、繁華街をふらふらと歩く空澄の姿があった。