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透明の空  作者: 兎束作哉
第1章 灰色の空
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06 苦手な光



「あっずみん、おっはよー」

「……」



 懲りもせず次の日も変わらぬ笑顔で挨拶をしてくる空澄に、俺は挨拶を返すどころか虫をしてしまった。気まずさ勿論あったが、空澄とは俺個人の中で昨日とは違う関係になっていたからだ。



(俺とお前は、暗殺者とターゲットだ。入れ込むな)



 そう自分に言い聞かせて、昨日生まれた迷いを相殺するように首を横に振る。



「首痛いのか?湿布もらってきた方がいいか?」

「別にいたくない。俺に関わるな」



 何も知らない無垢な空澄は、俺が首を横に振っただけでそんなバカみたいな勘違いをする。そういう能天気な空澄を見ていると、いつでも殺せる機会はありそうだと、今でなくてもいいと、俺は思ってしまう。



(違うな……このままこれでいいとか、そういうのか)



 自分でも正直驚いている。まだ数回会話を交わしただけの存在にこれほど自分がかき乱されていることに。きっと、俺とはかけ離れた純粋な笑顔に、いら立ちを感じつつも羨ましさを感じているからだろう。

 俺は明日の暮らしもわからないような世界で生きていて、彼奴は財閥の御曹司で、順風満帆な生活を送っているに違いない。辛いことも悲しいことも何も知らないような、苦労も知らない世界で。

 自分とは違う世界に住んでいる空澄に嫉妬もしているのかもしれない。感情が1つにまとまらず、兎に角「嫌いだ」、「苦手だ」の二言で空澄をまとめる。



「なあ、なあ、あずみん。あずみんは部活何に入ってるんだ?」



 唐突な質問に、俺は足を止める。空澄はいきなり立ち止まった俺の背中に鼻をぶつけ痛そうに抑えていた。


 部活動は何に入っているか、その質問はあまりよくない。


 俺達の中学校は、全生徒何処かの部活に所属していなければならない。だから、仕方なく陸上を選んだが、全くと言っていいほど参加していないのだ。所謂幽霊部員というやつで、選んだ理由も本職に役立ちそうだったから、という安直なものだ。

 先生は「学生は勉強が本職だ」と怒られたが、どうせ高校は行くつもりもないし、中学校までが義務教育であるというなら中学校を出ればそれでいいんじゃないかと思っている。先生は、金をためて高校まで行かせてやるからな。と張り切っているため良心が痛んでいるが。



(勉強はつまらねえしやる意味が分からない)



 俺には、銃の腕がある。それを買ってくれる奴らはいっぱいいるわけで、そういう世界でなら俺は自分の必要性を感じ生きていけるのだ。胸を張れるものではないが、手に職を付けるのであれば、暗殺者でも問題ないんじゃないかと思っている。

 俺は、近接向きの暗殺者ではなく、先生と同じ遠距離攻撃、つまり狙撃の腕がある。先生のお墨付きももらっているし、間違いなくその才能はあるだろう。自分の手を直接汚さず、生命を奪った感覚がない、罪悪感が少し削られるその暗殺スタイルは俺にあっていた。実際、親父を殺した時の感覚が手から離れず、苦しんだ時もあったから。



「……陸上」

「陸上!?すっごくかっこいいな、俺様もそれにしようかな」



と、俺が答えると目を輝かせ空澄は言った。俺がいるから、という理由が所々見えて俺は顔をしかめる。誰が一緒の部活なんかに。


 退部はできないのは勿論のこと、転部も手続きがいるため、俺は空澄が入ったからと言って陸上部を抜けることはないだろう。ただ俺が参加しなければ空澄に会わずに済む。それだけの話なのだ。だが、入ったら入ったで、何で参加しないんだ? と付きまとわれそうでいやだ。

 そのため、俺はどうにかして空澄にほかの部活を進めようと思った。



「お前、他の奴にも誘われてるんだろ。そっちは興味ないのか?」

「う~ん、皆いろいろ誘ってくれるんだけどな、これっと言ってピンとくるものがなくて、だからあずみんに決めてもらおうかな~って思って、へへ」



 いや、笑えない。


 俺はそんなことを思って心の中で毒づきつつ、きっと俺が選ぶまで解放する気はないだろうし、かといって決めずにだんまりを決めていれば、きっと空澄は陸上部に入るだろう。こんなに厄介で、面倒で、すぐ殺せそうなのに殺さない俺は馬鹿なのかと一瞬思ってしまった。



(まあ、それは後回しだ。先に俺は此奴を俺から離す方法を考えないと)



 俺の中学校生活が脅かされる。と、俺は思考をめぐらせ部活動を順に思い浮かべていった。



「美術部」

「美術部?」

「新しい発見とか、そういうのに興味あるなら美術部がおすすめだ。先生も優しいし、そんな厳しい部活じゃないしな」



 全くあてずっぽうというか、適当だった。理由はしっかりしているし、嘘は1つもついていない。だが、大勢の男子は体育会系の部活に入っているため、確か美術部に男子は1人もいなかったはずだ。孤立させようと思っていったのでは決してないが、空澄がこれで納得してくれるかどうか分からない。

 そう思って空澄を見てみれば、頭に生えた大きなアホ毛がぴょこんと動いた気がした。



「美術部、美術部か!俺様興味あるかも!」



と、どうやらお気に召した様子で、俺の手をガシッとつかんできた。そして力量を考えず上下左右に勢い良くふる。



「ありがとな、あずみん。俺様美術部に入ろうと思う」

「は、はあ……まあ、俺は関係ないし」

「時々、見に来てくれよな!約束だからな!」



 そう一方的に約束を取り付けられ、俺が拒否する暇など与えず、部活動申請の紙をもらってくると廊下を走って空澄はどこかに行ってしまった。行動力の速さと、足の素早さだけはすごいなと感心しつつ、取り敢えず撒けたか……と俺はひとまず胸をなでおろした。




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