13 side囮
床に転がっているのは無数の大小様々なパズルだった。
「ようやく、ここに辿りついたんッスね」
「アナグラム……」
あずみんたちと別れて、たどり着いた部屋は、俺様が昔いた部屋の向かい側にあるガラス張りの部屋だった。俺様の部屋は扉しかない前面壁で囲まれて空間だったから、全然違うなと印象を受ける。そこで待っていた、アナグラムも髪色はこの間と同じ黒のままだった。
「本当に1人で来るなんてお馬鹿さん過ぎて1周まわって褒めたいぐらいッスよ。ボクが、囮君を殺さない理由でもあるんスか?ないッスよ……」
「あるぞ」
「はい?」
1人で話を進めるアナグラムに、俺様は空気を読めずに口を挟んでしまう。すると、ピンクと紫色のツートンカラーの瞳が鋭くなる。
(その目、嫌い何だよな……)
今まで、怒りや憎しみや悲しみ、殺意を向けられたことがなかった。あったとしても、俺様が気づいてこなかっただけかも知れないけど、でも自分に向けられたその目は何だ怖かった。きっと、アナグラムは俺様だけに向けているんじゃ無いんだろうけど。
「アナグラムが、アミューズのボス?って奴なんだろ?俺様、気づいたぞ」
「どうして?ていうかー、それ関係あるッスか?囮君を殺さない理由と、何が関係あるんスか?現に、ボクがアミューズのボスだと仮定してそんなことをするメリットは……刺客を送り続けているのに、殺さない理由って何ッスか」
「……」
「答えられないなら、適当言うなよ。出来損ない」
俺様が黙れば、アナグラムはそう吐き捨てた。
だが、すぐに笑い始めふはっと、噴き出す。声をあげて笑ったあと、今度は冷たい視線が俺様に注がれる。まるでゴミを見るような目で、俺様を見下しているようだった。
俺様を下に見ているんだなって分かったけど、それもまあ、仕方ないことかも知れないって受け入れていた。俺様の過失じゃなくても、親の過失は子の過失でもあると思っているから。そういうの、代々受け継がれてきたから今の腐った空澄財閥があるんだと俺様は思う。難しいことはよく分からないけど。
「出来損ない……」
「そうッスよ。ボクより頭が悪い癖に、偉そうに分かるとか言わないで欲しいッス。アンタをみていると虫唾が走る。ボクが惨めになって仕方がない」
「俺様は……」
「囮君、アンタ幸せでしょ?」
と、アナグラムは突然俺様の事を指さして言い放った。
それは質問ではなく断定だった。俺様が答える前に、アナグラムは続けて言った。
「幸せッスよね。自由で、友達もいて、好きなことも出来て、好きなものを食べられて、着れて、何でもかんでも自由に出来る今の生活!幸せに決まってるッスよね!」
アナグラムは俺様にぶつけるようにそういった。
その言い方からして、きっとろくな人生を歩んでこなかったんだろうなって言うのが伝わってきて寂しかった。どうにかして、言葉をかけてあげようと口を開けば、すぐに論破される。聞く耳なんて持って貰えない。
話せば何でも分かると、俺様はいつから勘違いしていたんだろうか。
(きっと、あずみんと出会って……友人になれないかもって思いつつも、話しかけに行ったときだろうか)
本当は俺様は分かっていた。あずみんは自分と距離を置いているって、でも俺様は友達になりたかった。だから、俺様はあずみんに喋りかけた。そうして、得られた結果だった。
だから、今回も同じようにって……そう思っていた。でも、目の前のアナグラムをみてきっと話なんて通じないだろうなって思ってしまった。
アナグラムは、俺様を妬ましく思っているから。
「そう……俺様は幸せだぞ。友人もいて、毎日学校に行けて……小さい頃はそんな風になれるなんて思ってなかったんだけどな。人生って何とかなるもんなんだな!」
「うぜぇよ、アンタ」
アナグラムは舌打ちを鳴らして、俺様に近付いてきた。
そうして、胸倉を掴みあげてさらにその瞳を鋭く尖らせた。
「危機感持ったらどうなんスか。囮君」
「だって、アナグラムは俺様に酷いことしないだろ?」
「だから、根拠は――――!」
「父さん達は――――、父さん達は、お前に酷いことしたかも知れない。俺様も、同じ被害者だって言わないけど……それでも、だから、俺様を殺さないって思ってる」
「はあ?」
「命乞いじゃない。俺様は、アナグラムのこと分かってやりたい」
と、俺様が言えばアナグラムは一瞬驚いた表情を見せた後に、俺様を掴んでいた手を離す。それから、今度は俺様の顔に自分の顔を近づけてじっと見つめてくる。
ピンクと紫色の瞳が、俺様の瞳を捉えて放さなかった。
「アンタにボクの何が分かるって言うスか。出来損ない」
「分からないから、知りたいって思うのが普通だろ?俺様は、アナグラムのことが知りたいよ。だから、教えて欲しい」
「……」
「俺様に聞かせて欲しい。アナグラム……いいや、空澄定理。俺様のお兄ちゃん」




