12 父と子
「――――これが、俺の話せる真実だ」
そう言って話し終えた先生は、呼吸を浅くし、再び血の塊を吐いた。
壮絶な過去、そして先生の思いを聞いて、俺はなんて言えばいいかわからなかった。自分の出生の秘密が明らかになり、何で自分の隣にいて家に帰ったら「おかえり」なんて言ってくれるんだろうとずっと不思議に思っていた。その不思議も疑問もすべて解消され、俺は呆然としていた。
(先生が、俺の父親…………)
ずっとそばにいて見守ってくれた。俺が分からないときにヒントをくれた。一緒に考えてくれた。毎回ではなかったが、授業参観の時、見に来てくれた。俺の誕生日を祝ってくれた、何度も名前を呼んでくれた。そんな過去の思い出が一気に押し寄せる。そして、ぐちゃぐちゃになった思いはまとまらなくて、言葉が出てこなかった。
「あず、梓弓!おい!」
綴が俺を揺さぶって叫んでいるのに、それが遠くに聞こえた。俺はただ、目の前で弱っていく先生を、父さんを見て何かを言おうと言葉を探していた。でも、言いたいことがありすぎて、つまっては弾けていった。
父さんは俺の誕生日を祝ってくれていた。出会った日がちょうど誕生日だったという偶然を置いて考えて、毎年のように生まれてきてくれてありがとうなんて柄にもなく祝ってくれた、父さんの顔を思い出す。あの時すごく嬉しかったのと、照れ臭かったのを覚えている。1度も、生まれてきてくれてありがとうなんていわれたことなかった為、そこに自分の存在価値を見出してしまった。明日の暮らしなんてわからないようなそんな世界にいたのに、父さんにそう言われただけで俺は嬉しかった。その時、もし本当の父親だと気づいていたら、もっと受け止め方は違ったんだろうなと思った。
(俺は、俺はとんでもない間違いを犯したのか?)
父さんだと知っていたら、あんな言葉言わなかったかもしれない。先生になりたいと思ったおれの意思を尊重してくれた父さんに、俺はあんなひどいことを言ってしまったのだ。俺は名前の通り、自分で決めた道を歩もうとしていた。それを知った父さんがどれだけ嬉しかったかとか、そういうのを考えずに。
「梓弓、ごめんな……」
「何が、だよ」
「お前に、暗殺術しか教えられなかった。きれいな世界を見せることが出来なかった。そうする事でしか、お前に何かを与えてやれる人間じゃなくて」
「先生は――――!」
ひどく後悔している、そんな顔をした父さんにまたも言葉が詰まってしまった。
そんなことない。俺をずっと見ててくれて、言葉をかけてくれて、やり方は普通じゃなかったかもしれないけれど、俺に生き方を教えてくれた父親であり先生なのに。それを、自分で否定してほしくなかった。俺は十分、父さんからいろんなものをもらった。これ以上いらないって程に、返しきれないほどに。
俺はその場に膝をついて父さんと目線を合わせる。父さんは、嬉しそうにはにかんで血の付いた手で俺の頬に腕を伸ばした。いつもなら、そんなことしない。俺も血の付いた手で人に触れようとは思わなかったが、俺はそれを自分の方に引き寄せて、父さんの手に頬を当てた。
「ごめんな、梓弓。俺がこんなばかりに、お前に辛い思いばかりさせたな」
ごめんな。と何度も何度も繰り返し言ってきた。
1番は、こういう生き方しか示してやれなくてごめんと言うこと。そして、ちゃんと父親をしてやれなくてごめんと言うこと。夢を追う俺をこれからさき後ろから見守れないことにごめんと。
繰り返し吐き出される「ごめん」は俺の心を抉った。俺が言って欲しいのはそんなことじゃない。俺がそれをいわせているんだと言うだけで、胸が締め付けられる。
(違う、俺は……俺は「先生」がいたから……)
父さんから色んな事を学んだ。父さんが手を差し伸べてくれたから、俺はここまで来れたんだ。明日の見えない暮らしの中で、1人の太陽に出会う事が出来た。大切な相棒に会わせてくれた。だから、俺は父さんを責める気なんてない。
「……先生のこと、俺は…………恨んでない」
「梓弓……無理しなくても」
「だから、恨んでねえっつってんだろ!」
俺がそう言うと、父さんは少し驚いたように目を丸くする。血だらけの父さんの手をギュッと掴んで、俺は叫んだ。
「勝手に決めつけんなよ。俺が何が嬉しくて、俺の気持ちなんて考えずに勝手に言うな。俺は、俺はアンタがいてくれたからここまでこれた。大切な人にも出会えた、夢も抱けた、此の世界が好きになれた。それは、全部アンタが……アンタのおかげなんだよ。俺の世界には、俺の道にはアンタって言う道しるべが必要なんだよ!だから、勝手に俺のこと決めつけんなよ!」
痛かった。心の底から絞り出した声に、俺は息を切らす。
父さんは何も言わなかった。そうか、と優しそうに微笑んでその手を下ろそうとした。俺は、力なく降りていく手を掴んでもう一度頬に当てる。離れて欲しくなかった。冷たくなっていって、もう助からないって目に見えていた。それでも俺は、「先生」としてではなく「父親」として俺のことを褒めて欲しいって……頑張ったって、馬鹿みたいだけど、言って欲しかった。
「……梓弓、そうか、ありがとな」
「先生……」
「俺は幸せだったんだな。俺がお前から離れられなかったのは、きっと家族のまねごとがしたかったからだ。お前が帰ってきたとき、父親としてお帰りって言ってやりたかったんだな」
「……まねごとじゃねえ、俺は……俺は、俺は家族だと思っていた」
そう俺が言うと、父さんは目を見開いた。大きく揺れた空色の瞳は太陽の光を浴びて輝いているようにも思えた。
目つきの悪さは、父さんの遺伝なんだなって、嫌いだった自分の目も好きになれた気がした。
「……言えなかったけど、恥ずかしくて、ずっというきなかったけど、俺は、アンタが俺の父親じゃなくても、アンタのこと本当の父親みたいに思ってた。アンタのこと尊敬してたし、憧れてた。いつかあんな風になれるかなって、暗殺者とかじゃなくて、ただもっと純粋に、アンタみたいな格好いい『先生』になりたいって、そう思ってた」
だから――――
俺はそこで息を吸う。
「……俺のこと、息子として褒めてくれよ。俺、強くなっただろ?」
「はっ、梓弓はそんな泣き虫だったか?」
「違う。生理的な涙だ」
俺が泣いているのを見て、父さんは笑っていた。
ああ、こんな風に笑う人だったのかと、俺は初めて見た父さんの顔に胸が熱くなった。俺も釣られて笑ってみせた。
すると、父さんはまた俺の頬に手を伸ばして触れてきた。それから、俺の頭を優しく撫でる。
「俺の『先生』として出した最後の課題は無事やり終えたわけだ。梓弓、自信を持て。お前は俺がいなくても生きていける。立派に、自分の道を作って歩んでいける」
「……」
「だから、前を向け。出来るなら、空澄達を救ってやってくれ」
それと、と先生は最後の言葉を紡ごうとする。
俺はそれを最後にしたくなくて、口を挟んだ。
「……と、う……さん」
「梓弓」
「父さん、これまで、ありがとうございました。俺の事ずっと見守ってくれて、優しくしてくれて。父さんは、俺の自慢の父親です」
「……ッ、そうか、梓弓……、成長したんだな。ちゃんと、敬語言えるようになったんだな……俺こそ、お前の父親にならせてくれて、ありがとう、梓弓」
そう言って父さんの手は俺から離れていった。
音が聞えない。
完全に止ってしまった心臓を確認し、俺は立ち上がった。
「梓弓……」
「綴、空澄のところに行こう。俺達はまだやることがある」




