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透明の空  作者: 兎束作哉
第4章 澄んだ空
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10 最後の授業



「は、はあ!?何で、先生がKなんだよ。何かの間違いじゃ……」

「いいや、間違いじゃない。栫泉。それに、梓弓は気づいたんだろ、俺を撃つ前に」



 ほんとなのかよ、梓弓! と俺は綴に胸ぐらをつかまれた。綴もこれは予想外だったようで、自分の恩師を自分たちの手で追い詰めてしまったことに初めて罪悪感や焦りを抱いているようだった。俺は、それを1周通り越して先生を見る。俺と同じ、空色の目は、だんだんとその色と光を失っていく。きっと、助からないんだろうな……と悟ってしまった。



「何で、先生がこんなことを?」

「栫泉に言ってもらった通り『最後の授業、課題』だ。俺を倒し、越えて行けっていう課題だ」



と、先生は口にたまった血を吐き出しながら言った。


 こうして先生と面と向かって話すのはあの日以来だろうか。感情がぐちゃぐちゃになっているのに、妙に落ち着いている自分もいて、本当に怖かった。まるで、普段通り暗殺者として依頼を遂行しているときと同じように。

 綴は、かなり動揺していて俺をつかんだまま先生を見ていた。先生は、そんな俺達にふっと口の端を上げ笑うと、ゆっくりと顔を上げた。



「梓弓、さっき見た幻覚。大丈夫だったか?」

「クソ親父のか?あ、ああ……まあ。でも、先生のこと思い出して、何となく。それに、過去のことだって割り切れたし」

「そうか。梓弓は……本当の父親を知りたいとは思わないか?」

「本当の?」



 先生が真剣な顔をして、いきなりそう言いだしたので、俺はなんて答えるのが正解なのだろうと、開いた口がふさがらなかった。何故先生が、俺の本当の父親を知っているのか。本当の父親が誰なのかは元から気になってはいた。だが、大して重要じゃないような気がして、そして、どうせ俺を捨てたのとも同じ本当の父親のことなんて知る価値すらないのではないかと思った。知ったところで、捨てられた事実には変わらない。

 俺は、そう言おうとして口を開いたが、1度立ち止まり口を閉じた。先生は俺の様子をじっと見つめた後、俺の名前を呼ぶ。

 そう言えば、先生のことは何も知らなかったなと、本当の名前も苗字も、俺に「鈴ケ嶺」と苗字をくれたのは先生だったが。



「梓弓聞かなくていいのか?」

「何で?」

「どんな野郎かは知らねえけど、生きてるかもしれねえだろ。自分を地獄に落とした相手のこと殴りたいとか思わねえのか?」



と、綴が俺の服を引っ張った。


 今更復讐とかそういう柄でもないことを俺はわかっている。殴ったところでこの鬱憤が晴らされるわけでもないのにと。



「今しか、俺は答えてやれないし、教えてもやれない。梓弓、どうする?」  



 そう、先生も畳みかけるように言った。2人して何なのだと。

 でも、聞かなくても大体答えがあっているような気がして、解答用紙に書いた答えの答案は欲しいような気もした。

 俺は、少し考えた後小さく頷いた。



「先生は、俺の出生の……本当の父親のことを言って何がしたいつもりだ?それに、Kなんて、アミューズに入ってたことも。俺が、空澄と友人だって知っていただろ?何で」

「だから、逃がしただろう。元々俺の仕事は、お前の友人をアミューズのボスに受け渡すことだった」

「だから、何で――――!」



 最近いなかったのは、アミューズと連絡を取り合っていた為かと、隠されていた悲しさに怒りが湧いてきた。先生は俺の味方じゃなかったのかと、裏切られた気持ちにもなった。そんな俺の心中を察してか、先生は首を横に振った。先生の口癖の「俺は、中立だ」と口にして、俺と綴を見る。まるでそれは、子供たちの巣立ちを見守る父親のようなものだった。



(……許せるのか?俺は)



 裏切られた気持ちは、すぐには立て直せない。先生だけは隠し事をしないと思っていたからだ。だから今回のことはショックだった。銃口を向けるまで、先生と気付かなかった自分も不甲斐ないが。



「梓弓と空澄家の息子の囮は、出会うべくして出会ったんだ。それも、運命か……俺が、空澄家の闇を知って、とある研究をしていたからか」

「おい、何言って」

「アミューズに入ったのは、その罪滅ぼしのため。アミューズのボスは、空澄家に強い恨みを持つものだ。その原因を作ってしまったことに対する罪悪感は半端ない。俺だって良心はある」



と、先生は言うと消え入るようにふうと息を吐く。


 いったい先生は何を知っているんだろうかと。隣の綴は何を言っているのかさっぱりといった感じに首を横に振っていたが、俺はそれよりも先生の話に聞き入っていた。



(俺と、空澄が出会うべくして出会った?運命?)



 そんな安い言葉で片付けられては困ると思うと同時に、それを否定したかった。もしどんなふうに出会っていても俺達は今の関係になれたと、そういいたい。

 先生は、それじゃあ本題に入ろうか。と、口を開くと、その空色の瞳で俺を見つめ、口を開いた。



「梓弓、お前の父親の名は、『鈴ケ嶺道弓(すずがみねみちゆみ)』……俺の名前だ。俺が、梓弓、お前の本当の父親だ」





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