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透明の空  作者: 兎束作哉
第4章 澄んだ空
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08 友



 銃口を向けられてもなお、クソ親父は微動だにしなかった。



(何故だ?やっぱり、俺の見せている幻覚か?)



 それでも、この銃口をクソ親父から逸らせなかったのは、まだ心のどこかに恐怖心が残っていたからだろう。あの時とっくに消えていたはずの恐怖心が今になって顔を出すとは、本当に滑稽な話だと思う。それほど、俺はあの時の生活が嫌で、今の生活から昔の生活に戻ることを拒んでいるんだろう。それの心の表れかもしれない。 

 クソ親父は俺のことをじっと見つめたまま動こうとしなかった。頭から流れ出ている血も止まる様子はなく、虚ろでそれでいて血走った眼は俺だけを映していた。



「何か、言いたいことがあるなら言えよ。実の息子に殺された恨みでもあるなら、口にしろよ!」



 そう俺が叫んでも、クソ親父は何も言わなかった。


 俺が殺した。俺が生きるために殺した。


 それでも、俺ばかり非があったわけじゃなくて、その原因をつくりだしたのはクソ親父だった。酒におぼれて、暴力に走って。そりゃあ、こんな風になるってわかってたら母親も出ていかなかっただろう。まず、そんな原因を創り出したのは母親だったが。

 今でもよくわかっていない。俺はあのクソ親父とは血のつながりなんてなかった。そして母親もどこかに行ってしまい行方知れず。ほとんど生涯孤独に近い立ち位置にいながら、俺は何を思っていたのだろうか。子供の頃の俺は寂しくなかったのだろうかと。

 今になって寂しさや、怒りや悲しみが生まれ感情が豊かになったと思う。あの時マヒしていた感情がようやくほどけだしたように。それは、空澄や先生のおかげだった。



(そうだ、俺の父親は、先生だけでいい)



 そんな先生に、反抗してしまって口もろくに聞けていないが、そのうち謝ろうと思う。せっかく俺の夢を応援してくれた先生を、自分を否定してほしい、という理由で怒鳴りつけて。でも俺はきっと褒められてうれしかったんだろうなって思った。


 俺は、引き金に指をかけた。


 このクソ親父は俺が見せている幻覚で悪い悪夢かもしれない。なら、それを断ち切るためには、振り切るためにはこの引き金を引いて終わらせるしかないと思った。

 クソ親父の顔がゆがむ。俺はクソ親父を殺した時、最後クソ親父がどんな顔をしていたか覚えていない。恐怖に歪んでいただろうか、それとももっと別の……



「梓弓やめろ!」

「……ッ!?」



 急にそんな相棒の綴の声が聞こえ、俺は引き金にかけていた指を離す。どこから聞こえるのかと、白い煙の中声を頼りにあたりを見渡せば、すっと煙が晴れていき、綴の姿が浮かんできた。そして、煙が晴れたと同時に、クソ親父の姿は消え、俺が銃口を向けていた「本当」の相手が現れる。



「あ……すみ?」



 俺が銃口を向けていたのは、俺が大切で何よりも守りたい相手の空澄だった。空澄は俺をまっすぐと見つめて、少し困ったように眉を下げた。



(う、嘘、だろ……だってそんな)



 悪い夢、幻覚だとわかっていた。でも、それは俺が見ている、眠らされて見ている夢だとばかり思っていた。だが、実際は、幻覚を現実で見ていたのだ。錯乱状態になった俺は、クソ親父の幻覚を見て、空澄だとは知らずに銃口を向けていた。綴の声がかからなければそのまま引き金を引いていたかもしれない。



「あ、あ……」



 ようやく戻ってきた意識が、最悪の真実を伝えた。


 守ろうとしていた相手を俺は殺そうとしていた。そんな現実が重くのしかかる。それでも、俺の言うことを聞かないように、拳銃が手から離れなかった。ガタガタと震えているのに降ろすことが出来ない。まるで、そのまま撃てとでもいうように。

 そんな風に俺が固まっていれば、空澄が1歩、また1歩と近づいてきて、その銃口を自分の胸にあてた。途端に恐怖が全身を駆け巡って手を離そうとしたが、なかなか離れなかった。



「あ、空澄……何を」

「大丈夫、あずみんは俺様を撃ったりしない」

「あ……」

「だって、あの時も撃てたのに撃たなかっただろ?」



と、空澄はいつもの調子で、いつもの笑顔で俺に微笑みかけた。


 あの時、とは俺達が出会った当時のことを言っているのだろう。確かに、あの時だって撃てたのに俺は撃たなかった。もしかしたら、今こうなるっていう運命の始まりだったのかもしれないと、今になって思う。

 そうして、動機も落ち着いて、俺はようやく拳銃を下ろすことが出来た、それを見て、空澄はぎゅっと俺を抱きしめる。



「あずみんも辛かったんだよな。子供の頃のこと、ずっとずっと、引きずってたんだよな」

「俺は……」

「俺様は全部理解してやれないかもしれないけど、隣にいてやることはできるから。だから、あずみん、俺様を守るばかりじゃなくて、頼ってほしい。そしたら、俺様も嬉しい」



 そう優しく言った空澄は俺を見上げる。キラキラと宝石のようなルビーの瞳は、本物の宝石よりもうんと価値があるだろう。



(そうか、俺は……)



 もしかしたら、聞いてもらいたかったのかもしれない。あの時のこと、忘れようとしていたけれど、結局忘れられなかった。俺に残る傷は、一生癒えることはないけれど、分かち合うことはできるのだと、俺は空澄を強く抱きしめた。




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