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透明の空  作者: 兎束作哉
第4章 澄んだ空
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05 プロポーズ



 いつもの俺なら、こんなことはしなかっただろう。



「矢っ張り、接近戦は苦手かよ!梓弓!」

「……ッチ」



 綴に渡されたサバイバルナイフで、1対1の本気の殺し合いが始まった。雨で人通りが少ないとは言え、誰かが通るかも知れない公園で、通報されたら何て言われるか分かったもんじゃないのに、俺達はそこで戦っていた。暗殺者は、ターゲットに気づかれることなく任務を遂行出来ることを求められている。俺達がやっているのはただの殺し合いだった。

 雨で足下が泥濘んでいる上、苦手な接近戦で上手く立ち回れるはずもなく、ナイフを受け流すことで精一杯だった。その上、跳んで跳ねてと遊具を利用しての攻撃には、俺は成す術もなかった。



「……ッ!!」

「ほら、どうしたんだよ。そんなんじゃ一生かかっても勝てないぞ?」

「……うるせえ」



 綴は楽しそうに笑いながら、俺に向かってくる。まるで、遊ばれてる気分だ。だが、綴は俺の攻撃をかわすことなく、すれすれのラインで辺りに来る。


 綴の異常性癖だ。


 興奮すればするほど神経が研ぎ澄まされるとも聞く。そうやって自分を追い詰めて昂ぶらせた方が暗殺者にとってはいいのかも知れない。だが、その後の反動を考えると簡単には使えない。脳を一時的に活性化させる薬のようなものだ。



(……動きはいつも通りきれているが、殺しにきてるって感じではない)



 いつもならもっと殺し合いを心から楽しんで笑っているような奴なのに、どうもそれを今日は感じなかった。まるで、迷いがあるような刃に違和感を覚える。

 だが、避けなければ死ぬのには変わりない。

 俺は、綴が攻撃してくるであろう場所に狙いを定めて、ナイフを振るう。

 ガキィと鈍い音がして、綴に止められる。綴は、俺の振るったナイフを止めると、フッと乾いた笑みを漏らす。



「おい、梓弓。お前、本気で僕を殺すつもりあるのか?さっきからずっと防御ばかりじゃねえか」

「……」

「……ああ、そうか。そういうことか」



 綴は何かを悟ったように目を細めると、俺から距離を取る。そして、手に持っていたナイフを仕舞う。

 雨が降っていて良かった。相棒が泣いているのに気づかないふりを出来たから。

 綴は、きっと俺を殺したくないのだ。そして、この瞬間だけ、殺されたくはないのだと。



「僕の好きだった鈴ヶ嶺梓弓はもういないって事か。矢っ張り僕は――――」

「んなわけないだろ!目の前にいるんだよ!」



 俺はそう言って駆けだし、綴に自分の持っていたナイフを握らせ、自分側に引っ張った。そうして、俺の頬をかすり、地面にナイフが突き刺さる。俺の上に倒れる形で乗り上げた綴は、何が起きたのか信じられないというように目を丸くしていた。



「俺は、お前の孤独に気付いてやれなかった。お前は、ずっと死にたいとばかり思っていたからな」

「は、は、何言い出すんだよ。急に、僕はそうだ。そう、梓弓が教えてくれただろうが!僕は死にたがりだって、死に場所を求めてるって……それをお前が否定するのかよ!」

「お前にはあったんだ!」

「は?」



 俺の言葉に呆気に取られた綴は、ぽかんと口を開けていた。

 俺の言った言葉の意味を理解していないようだった。

 でも、それで良いと思った。俺は、綴に知って欲しかったんだ。似たような境遇で育った此奴に、誰かといる温かさを知って欲しかった。

 俺が友人から貰ったこの温かさを、今度は俺が誰かに教えてやる番だと。



「お前の時は、あの紛争から、子供の時に止っちまった。お前が死に場所を求めるようになったのも、仲間がしんだから!お前には、その仲間を思いやる心があったんだよ!残ってたんだ!だから、1人は寂しいって思ったんだろ!?俺が空澄の元に行って、離れていくのが、お前には耐えられなかったんだ、また1人に戻るのが」

「あず……ゆみ」

「だったら!……だから、俺は…………あの時俺は、お前の孤独に気付いてやれなかった。1年間凄く後悔した。自分の未熟さと、視野の狭さに……お前の顔をしっかり見てなかった」

「…………」

「許してくれとは言わない。殴りたきゃ、殺したければそれでもいい……殺されたいんだったら、殺してやる。だが、お前が望んでいるものを与えてやれるのは、今この世界で俺たった1人だ。どうする、綴」



 脅し文句だな、と思いつつ、自分の語彙力のなさに撃沈もした。

 伝えたい言葉があった。出もその言葉を上手く形に出来ない。感情に乗せても稚拙で、その幼稚さが浮き彫りになってしまう。でも、伝えなければただの思いだ。思いを言葉にして伝えることで、ようやく相手に伝わるものだ。


 俺は、綴を抱きしめて、優しく彼の白髪を撫でた。ふわふわとしたそれは、雨の中でも柔らかい感触を伝えてくる。

 綴は、抵抗することなく大人しくしている。ただ、俺の肩口に顔を埋めて小さく震えているだけだった。

 綴は、しばらく黙っていたが、ゆっくりと口を開いた。


 雨音にかき消されそうなほど小さな声だったが、確かに言ったのだ。



「……何だよそれ」

「綴?」

「馬鹿みたいな、恋人(相棒)のプロポーズ、僕が受け取らないわけねえじゃねえかよ」



 そういった綴は顔を上げて、無邪気に笑っていた。

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