04 土砂降り
ザアアアア……といきなり降ってきた雨は、すぐにも制服を濡らし、ずしりと鉛のように衣服の重みが増した。
(天気予報では晴れだって言ったじゃねえか)
部活は休み。
夏には引退というのに、練習量がかなり少ない気がする。最後の大会も備えているというのに、これでいいのかと、ここ最近部活動を頑張り始めた俺はガラにもなくそんなことを思った。中距離走、そしてハードル走。2つの種目を交互にやってきたが、俺は1人前を向いて走ることが好きだった。何も考えずひたすら決められたコースを踏みしめること。障害を跳び越えて前に進んでいくこと、それが爽快で、まるで自分の人生みたいだった。
俺の人生の道は全然安定していないし、いきなり足を引っかけられるような暗闇だった。だが、俺のやっている2つの競技に当てはまるところだっていくつかはあった。ただひたすらに走り続けること。どれだけ前が見えなかろうが、兎に角俺は歩みを止めなかった。後ろを振向かなかった。後ろから誰かが追いかけてくるとか、隣の奴にこされたとか、そういうのは気にしずに、ただひたすら過去の自分をその場においていくように、前へ前へとかけていく。
「雨宿りできる場所……」
今日は、叶葉との約束は無い為、いつも待ち合わせている公園を見かけたが素通りしようと思った。だが、俺は公園のベンチに座っていた人物を見つけると自然と足が止ってしまった。走っていたが為に聞えていなかった雨の音が、耳に戻ってくる。
「綴……?」
そのふわふわとした白髪は相変わらず目立っていた。白いジャケットに、紫色の独特な結び方をしているマフラー。間違いなく綴だった。あれが綴じゃないなら、一体誰だというのだろうか。幽霊でもあるまいと、俺は無意識のうちに公園の敷地内に入っていく。
いつもなら、人の気配を感じれば気づくはずの綴は呆然と空を見上げたままそこで黄昏れていた。
綴の横まで何の障害もなしに、逃げられることもなくたどり着いた俺は、綴に何て声をかけようかと考えた。あの日以来まともに喋れていないのに、今更声をかけるのも何だと思ったからだ。スクし戸惑っているのかも知れない。俺が間違っていたと後ろめたさと罪悪感があるから喋れないのかも知れない。でも、このチャンスを逃したら、もう次はないような気がして、俺は固く閉じていた口を開こうと必死に唇に力を入れた。すると、開いていたアメジストの瞳がゆっくり閉じられ、綴の方から口を開いた。
「何だよ。梓弓」
「綴……こんな所にいたら風邪引くぞ」
スラムにゴミ溜めで育った綴はこんなことで風邪など引かないと分かっていたが、何となく会話の切り口としてこう言葉をかけるのが正解だと選んだが、綴は俺の方を向こうともしなかった。そんな偽善者みたいな言葉、誰でも言えるだろうと、言ってくるようで。
現にその言葉に似合うような傘もない。
雨の音ばかりが増していき、さらに俺たちの関係を冷たくしていく。
「……綴、俺が悪かった。あの時は、お前の気持ちを考えずに。気が動転していた」
「…………」
「お前を傷つけた自覚もあった。だから」
言い訳だ。耳が痛くなるような誰でも考えつくような言い訳に、自分で言っていて口が腐りそうだった。なら、そこでやめれば良いものの、どうにか綴の機嫌を取ろうとする。俺がかつて、クソ親父にやったみたいに、相手に怒られないようにと、機嫌取りの相手が望んでいるような言葉を。
だが、綴がこんな言葉を望んでいないことぐらい分かっていた。綴はそんな奴じゃない。それは、俺が一番分かっている。
「……つまんねえ、言い訳。聞いてて、耳が腐りそうだぜ」
「綴」
「今更謝りに来たか?1年も時間あって、今更。奇跡的にも、クラスは一緒で席も隣で、あーもう、きっても切り離せないんだなあって、僕は思った。だけどなあ、梓弓。お前のそのクソ雑魚優柔不断依存メンタルのせいで全て台無しになったんだよ!」
カッと目を見開いて、綴は俺を睨み付ける。殺意の籠もったアメジストの瞳に俺は身動きが取れなくなる。
綴の言うことは、ごもっともだった。
俺は、何もかもが中途半端なのだ。今も、誰かの言葉があって、背中を押されているようなものだった。
でも、俺が綴に話し掛けたのは、そんな誰かが後を推してくれたからじゃない。グッと奥歯を噛み締めて、俺は口をどうにか開いた。
「俺は……確かに弱くなったと思う。だが、それは――――ッ!?」
「言い訳聞くのは、僕に勝ってからにしろよ。久ぶりに殺りあおうぜ、梓弓」
頬をかすったナイフが、傷口からツゥと赤い血が流れ出した。




