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透明の空  作者: 兎束作哉
第4章 澄んだ空
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02 あなたが教えた生きる道



「先生」

「おう、どうした。梓弓、眉間にしわ寄ってるぞ」

「……それは、いつもの事だろ」

「敬語、抜けてる」

「ッチ……」



 家に帰れば先生がいる。そんな当たり前の生活が続いて今年で何年目か。


 空澄が撃たれる前後、先生は家に帰ってくることが少なくなったが、また前と同じようにふらりと帰ってきて、俺の帰りを待ってくれている。そんな当たり前が生れて、当たり前になって、俺は先生がこの家にいる安心感に満足していた。本当の家族のようで、でも先生と生徒という関係で、俺と先生の関係を表す言葉はどれも違うような気がした。本当に家族になれるのなら、俺が意地張らずに先生の事を「父さん」と言えたのならどれだけよかったか。先生に迷惑かけるだろうと思って、俺はそう理由付けていわなかった。



「梓弓、進路の紙……貰ってきたんじゃないのか?」

「何で知ってんだよ……」

「お前がそんな顔するときは、大抵進路関係だ。ほら、見せてみろ」

「まだ、白紙だ。書いたら見せる」

「そう言って、勝手に提出したよなあ?」



 確かにそうだ。前に進路の紙を貰ってから出すと言って勝手に適当に描いて、結局そのまま提出してしまった。親にサインして貰うところは判子で済ませ、自分の字とは違うようにと書いた。

 それにしても、どうして先生は俺の表情を読むことが出来るんだろうか。観察眼が鋭いのは分かっていても、ここまで気づく物なのだろうか。どれだけいつも神経を張り巡らせているのか。本当に尊敬をする。



「……だって、別に、先生には関係無いだろ、ですよ」

「いいや、関係ある!大事な……」

「ん?」

「大事な、教え子の未来だ!関係あるに決まってるだろ」



と、先生は1度言い淀みつつ言った。先ほどの間は何だったのか先生をみる。お得意のポーカーフェイスで、きっと分からないだろうと顔を覗くと、先生は険しい顔になっていて、そのきりりとした眉を寄せ、眉間に深い皺を刻んでいた。



「先生?」

「おっ、悪いな。考え事だ」

「先生が?珍しい」

「俺にも、1つや2つ、考えたいことだってあるさ。お前が、進路に迷ってるようにな」



 ガハハハ! と先生は大口を開けて笑った。


 何だか誤魔化された気分になったが、それ以上聞くことも出来ずに、俺は渋々進路の紙だけ机において席を離れる。先生が紙を手に取ったのを確認し俺は冷蔵庫を開けた。



「……教師、教育大。梓弓、お前教師になりたいのか?」

「はっ、ちが……ッ」



 先生は、消したはずの文字を読み取って声に出した。

 俺は、途端に恥ずかしくなって冷蔵庫をぴしゃりと閉め、先生から進路の紙を取り上げる。その拍子に、進路の紙はびりっと破れ皺が一気に寄った。俺はそんなことを気にする余裕などなく、先生を見下ろした。先生は頭をかいて苦笑いしていた。それは、どっちの意味だと今すぐに問い詰めてやりたいところだった。



「笑いたきゃ、笑えよ。どうせなれっこないとか思ってんだろ」

「そんなことないぞ。梓弓……良い夢じゃないか、先生は応援するぞ」

「……ッ!」



 その言葉にさらに腹が立った。


 ぷちんと自分の中のキレてはいけない線がキレたように、俺は進路の紙をびりびりに破り捨てた。



「俺が、俺がなれるわけないだろ!?先生なら、否定してくれると思っていた。先生は暗殺者の道を選べってそう言ってくれると思っていた。俺の夢を諦めさせてくれると思っていた。なのに、何で」

「落ち着け、梓弓、お前は――――」

「――――先生が!先生が、俺をこんな世界に連れてきたんだろうが!俺に此の世界で生きる方法を教えたんだろうが!俺の手は汚れてる、俺の手は人を殺す才能がある、殺せてしまう。今頃俺が普通に戻れることも、教師みたいな人に物を教えることすらも、俺には……俺には許されてないだろうが!否定してくれよ、否定して、お前はこっち側で生きろって俺に、諦めさせてくれ。夢を、眩しさを。先生が……」

「梓弓……」



 俺はその場で崩れ落ちる。


 抱いてしまった夢、みてしまった可能性の未来、眩しい世界を。


 俺には輝かしすぎるその世界が苦痛だった。絶えきれなかった。俺はその世界には招かれざる者で、異端でしか無いように。

 先生が、俺を連れ出してくれなければ俺はあそこでのたれ死んでいただろうけど、それでも、先生が見せた世界なのに、それを否定して、眩しい世界に行けというのかと。じゃあ、俺は何のために先生に「生きる道(暗殺術)」を教わったんだと。


 先生は、俺に手を伸ばしたがそれをゆっくりと下ろして俯いた。そうして、ぽつりと消えるようにこう言い放ったのだ。



「ごめんな、梓弓」



 俺はその言葉を聞いた瞬間、いてもたってもいられなくて、家を飛び出した。

 初めて、先生に対して感情をぶつけた。それはまるで、親に対する反抗期のようなものだった。




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