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透明の空  作者: 兎束作哉
第3章 毒蛾の空
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14 side囮



『囮って名前……安直だと思わない?空澄財閥の闇が垣間見れる気がして。ぼくは『普通』じゃないと思うけど』

『影武者……周りの目をそらすための”囮”』



 ――――Don't look away from the truth――――



「……ぅん」



 重たい身体を起こし、ゆっくり目を開ける。そして、すぐに目に飛び込んできたのは白い天井だった。



(俺様、生きてる……)



 夢を見ていた気がする。

 ここ数日の記憶がないのは勿論のこと、気を失う前の記憶もなかった。ただ、刺客に追われてあずみんと逃げて、そして、あずみんを守って撃たれたところまで曖昧だ。

 ただ、心臓付近に当たった弾は僅かにズレていたこともあって、何とか生きているようだった。

 辺りを見渡す限り、ここは病院の個室で、棚に見舞いの品や花瓶に花が生けられているところをみると誰かが来てくれたのだと分かった。そして、何度も目を覚ましてくれ、と誰かに言われた気がする。



(あずみん、だったような……)



 そうやって思い出してみるも、俺様は目も開けれなかったし、身体も起こせなかったし、音も遠くに聞えたから、あずみんかは分からない。でも、きっとあずみん何だろうなって、直感的にそう思う。

 そうして、一通り何もない部屋を見渡して点滴に繫がれた腕をみる。



「……何か、昔に戻ったのかとすっごく心配しちゃったんだよな」



 幼い頃、両親に外は危険だからと家の中に半場閉じ込められて1人過ごしていた。遊具は一杯あった、玩具も、本も沢山あった。生活には困らなかった。でも、そこにはなかった。俺様の話を聞いてくれる人が。

 両親は尋ねてこない。料理を運んでは消えていく使用人達の顔を覚えるぐらいしかなかった。皆、俺様がまるで幽霊みたいに見えないように扱った。

 寂しいとか、そういうのをちっとも感じなかったから、俺様はきっとあの頃から「異常」だったんだと思う。普通両親に会えないとか、独りぼっちとかは寂しい物なのに、別にそれが普通だって受け入れていたし、諦めもしていなかった。初めから与えられたものをそのまま享受してただ過ぎる日々を1人で過ごした。


 そうして、俺様はある日突然外に出されて――――



「顔、暗いッスね」

「……うううわぁあ!?」



 ズッといきなり顔を覗かせてきた、黒髪の少年に吃驚して俺様はベッドの上で跳ねた。可笑しいとでも言うようにその少年はプッと吹き出した。その仕草や、声からこの間あった少年と似ていると思ったが、彼の奇抜なピンクと紫の髪はそこにはなかった。



「あっ、髪色のこと気になるんスよね。これは、ここに入るのにちょーっと目立つと思って染め直してきたんッスよ」

「俺様に会うために?」



 というか、どこから入ってきた? というのは、別に俺様はどうでもよくて、関係者しか入れないであろうこの病室に少年、アナグラムがいることも別に俺様にとってはそこまで重要じゃなかった。否、別に俺様はそういうことどうでもいい。

 俺様がそう聞けば、アナグラムは「え~どうッスかね。自惚れッスね」とばっさり俺様の言葉を笑顔で蹴るとベッドの上に腰掛けた。



「アナグラムは、俺様に会いに来てくれたんだな!」

「だから、何でそうなるんスか。なわけないでしょ。アンタなんか」

「うん?」

「いいや、こっちの話ッス。でも、目覚めたようで何よりッス」



と、アナグラムは俺様に手を差し伸べた。握手を求められていると気付くのに数秒かかったが、俺様は素直にその手を握り返した。



「でも、不憫ッスよね。親のやらかした事に巻き込まれて、殺されかけて……ほんと、不運だと思うッス」

「俺様は、そんなこと思わないぞ?」

「感情でも欠如してるんスか?」

「うん?」

「あーこれは、話が、伝わらないタイプッスね」



 アナグラムは勢いよく手を離して頭をかいていた。お手上げと、俺様をみて笑っていた。楽しんでいるなら何よりと思いつつ、黒髪に染めたアナグラムをみていると親近感を感じる。瞳の色も違って、アナグラムはつり上がっててまつげも長いのに、何処か親近感を感じた。雰囲気とかそういうのというか、もっと濃いものを。

 俺様がじっと見つめて入れば、「そんなに見つめられる穴があくッスよ」とアナグラムは眉を垂れ下げていった。



「あ、悪い。そういうつもりじゃな……気を悪くさせてしまってるなら、ごめんアナグラム」

「アンタに頭下げられるの嫌ッスね。特別感も何もない」

「アナグラム?」

「まあ、今日は囮君の顔を見に来ただけだし、元気そうだし?想像以上にぴんぴんしてて吃驚したッスけど」

「もう、帰っちゃうのか?」



と、俺様が寂しそうに呟けば、彼は少しだけ考えるようなそぶりを見せた。 


 そして、俺様の頬を撫でながら微笑む。

 優しく笑うその姿は、まるで母親のようだった。

 その笑みに安心して目を瞑れば、アナグラムはスッと手を離し氷柱を突き刺すように口を開いた。



「ねえ、囮君。空澄定理って知ってるッスよね?」

「……ッ!?」



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