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透明の空  作者: 兎束作哉
第1章 灰色の空
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03 運命が落ちてくる



「……ん」



 遠くでカラスの鳴き声が聞こえ、ゆっくりと目を開けた。教室はオレンジ色の夕日で真っ赤に染まっており、そこに同級生はいなかった。



(寝ちまってた……)



 懐かしい夢を見ていた。俺の人生が変わった。こんなところに、学校に通う原因になった先生との出会いを。



(悪くはねぇし、実際あのまま拾われていなかったら野垂れ死んでいただろうし)



 俺はあくびをしながら、あたりをもう1度見渡し、誰もいないことを確認したのちに、鞄に教科書を乱雑に詰め込み背負う。


 今でも夢に見るし、何度も何度も思いだす。


 先生の出会いと、俺を殺そうとしたクソ親父のことを。あの吐き気のするごみ溜めから血に染まった世界に足を突っ込んだことも。

 先生は暗殺者だった。それも腕利きの。そんな先生に拾われて、俺は彼からいろんなことを学んだ。一般常識も、人を殺すことも。そうやって今は生計を立てている。昔ですら先の見えない生活をしていたが、今はまた違う先の見えない世界で生きている。明日の暮らしは、生きていればどうにかなる。それが先生の口癖のようなものだった。



「馬鹿馬鹿し……」



 考えるだけ無駄だ。そもそも考える脳を持っていない。と、俺は鞄を背負い教室を出た。10点にも満たないテストがポケットからはみ出し、落ちたため俺は拾おうとちょうど階段の前で屈んだ。すると、ズルっと何かが滑るような音が聞こえ、俺は顔を上げた。



「は?」



 何もかもがスローモーションに見えた。いつか見た本に、落ちてくる少女が……なんてものがあったが、まさにそれだと思った。



(おい、マジかよ……!?)



 反射的に体が動き、その落下地点まで走っていた。落下地点まで走り階段の1番上から落ちてきたやつを受け止める。



「……ッ、セーフか?」

「あいたた……ああああ!俺様、死んで……ない!」



 俺が安否を気にしている間、落ちてきたやつは目を覚まし、俺よりも一回り小さい体を、その小さな手で自分の頬や体を触って自分が生きているのだと確認しているようだった。



(元気すぎんだろ……というか、うるさい)



 俺が顔をしかめれば、ようやく自分が誰かに受け止められたんだと現実に戻り、そいつは顔を上げた。



(ルビーみたいな瞳だな……キラキラしてて)



 そいつの瞳は、宝石のようにキラキラと輝いていた。実際こんなに輝くことなんてあるのだろうかと、見ていれば、そいつはその目をいっそう爛々と輝かせて俺の手を握る。



「お前が俺様を助けてくれたのか!?」



(おれ、俺様?)



 そこで、初めて受け止めたやつが男だとわかり、俺は目をむく。まあ、どこの誰でもいいんだが、その独特な一人称に実際に使うやつがいるのだとつまらない感想を抱いた。



「あ、ああ……お前が落ちてきたから咄嗟に……」

「おおっ!そっか、じゃあ、お前は俺様の命の恩人だな!名前、名前なんて言うんだ!」



 バカでかいスピーカーボイスに耐え切れず、耳を塞ぐ。

 俺は、一応は学校にいる奴の顔と名前は一致させられる。だが、此奴は俺の知らない奴だった。制服はうちの学校のものなのに。



「あ!因みに、俺様は空澄囮って言うんだ!よろしくな!それで、それで、命の恩人君の名前は!?」

「……梓弓。鈴ヶ嶺梓弓」

「梓弓?へへ、ありがとな、あずみん!」

「あず、あずみん?」



 距離の詰め方がおかしいのではないかと思いつつ、それをはるかに上回る、変なあだ名に俺は言葉を失った。目の前の空澄と名乗ったやつはきょとんとした顔で俺を見つめている。悪意も何も一切感じられない純粋な瞳に、俺はさらに言葉を失った。



「ん?俺様なんか変なこと言ったか?」

「いや、別に……」



 あだ名のセンスは壊滅的だと思う。俺ですらもっとましな名前を付けられるのに……そう思っていると、空澄は思い出したように立ち上がった。



「そうだ、俺様、校長室に戻らなきゃいけないんだった。ほんと、助けてくれてありがとな、あずみん。このお礼はいつか……明日にでも!」

「お、おい。待てって……足早すぎるだろ、彼奴」



 俺の膝の上から抜けて、うさぎが跳ねるように手を振りながら空澄は廊下の先に消えていった。そんな空澄の姿を俺は目で追うことしかできなかった。



「変な奴」



 初対面にしてあまりにも印象を強く残され、夢にでも出てくるんじゃないかと思った。だが、もう会うこともないだろうし、関わることもないだろうと思う。



(俺はあの眩しさは嫌いだ)



 苦労も何も知らないような、そんな平和ボケした顔。そんな普通を知っていそうな空澄を俺は初対面ながらに苦手だと思った。願うのであれば、もう一生関わりたくない。

 俺は踵を返し、玄関へ向かう。



「いや、でも彼奴……礼を明日にでもって」



 ふと靴を取り出しながら、俺は空澄の言った言葉を思い出した。

 何だか嫌な予感がする。そう思いながらも、俺は帰路についた。




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