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透明の空  作者: 兎束作哉
第3章 毒蛾の空
32/63

01 思っていたバイトじゃない



「おい、空澄聞いてないぞ!」

「あずみん、制服似合ってるぞ!」

「そうじゃない!俺が言いたいのは、何でバイト先が『BLカフェ』何だって言う話だ!」



 空澄の胸倉を掴もうとした手は、寸前でとまりちゅうを切った。

 空澄は、何も悪びれた様子もなく初日のバイトにわくわくと興奮が隠し切れていないようだった。勘弁して欲しい。



(初バイトが、BLカフェとか正気じゃない)



 事の発端は、空澄の「俺様バイトしたいー!」の一言だった。

 2年生に上がり、最底辺ながらも学校生活に馴染んできたため、ゴールデンウィークぐらいは何かしたいなと話していたとき、空澄がいきなりバイトをしたいと言い出したのだ。ゴールデンウィークにバイトとか、怠くてやってられないと思ったが、逃げ道の依頼も入ってこず、予定が埋まっていないことがバレたため、空澄が勝手に俺のバイト申請まで出していた。そうして、受かるはずないだろうと思ったら1発で通ってしまい、連れてこられたのがBLカフェだった。



(本当に正気じゃない。というか、此奴絶対意味分かっていない)



 世間知らずな俺でも、BLぐらいは知っている。ボーイズラブの略称だ。別にそういうのを好きな人を嫌悪するわけでも、実際にそうやって愛し合っていても、俺は別に異性愛でも同性愛でもそこに愛があるならいいと思っている。まず、愛の定義も愛すらも知らないんだが。話にならない。

 それで、話が戻るとゴールデンウィークの人が来るときにどうして、BLカフェでバイトをしなくちゃいけないんだという話だ。空澄のキラキララお願いスマイルにかなわなかった俺の責任でもあるが、もしここでバイトすると言うことを事前に分かっていたというのなら絶対に拒否したはずだ。過去の自分を恨みたい。



「大丈夫か?あずみん」

「お前のせいで大丈夫じゃない」

「こういうものって楽しんだもの勝ちだろ!?」

「……お前ぇ、それ本気で言ってたらぶっ飛ばすぞ」



 そう俺が言えば、またまた出来ないくせに~と腹立つ顔で言ってきたので本気で1発殴ろうかと思った。だが、さすがの空澄も長いこと俺と一緒にいたこともあって、俺が空澄を殴れないことを理解し始めたようだった。もう、腹をくくるしかない。



「ほら、ネクタイ…」

「おう!あずみんやってくれ!」



 制服のネクタイが何処をどうやったらそうなるんだと言うぐらい歪に曲がって……そもそも結べてなかったため、俺は仕方なしに結び直してやる。



「あずみんとバイト楽しみだな!」

「このまま、首締めてやってもいいんだぞ」



 ぎゅっと、強くネクタイを締めてやると囮は「苦しい、死ぬぅ」と潰れたカエルのような声を出す。それが可笑しくて、俺はプッと吹き出してしまう。



「なんだよ、その声」

「あ!あずみん今笑った!」

「可笑しいからな、お前が」



 空澄は、俺が笑ったと嬉しそうに言うし、それも可笑しくて笑みがこぼれた。

 確かに、空澄の言うとおり俺はあまり笑わない方だし、笑顔もぎこちないだろう。そう考えると、空澄と関わるようになって多少は笑えるようになったのか。穏やかになったのか。だが、未だに暗殺業を続けている身である為、普通からはほど遠い。

 ネクタイを結び直してやれば、空澄は今度は俺様がやると、俺を椅子に座らせクシを手に取った。何をするのかと、嫌な予感を感じつつ見上げれば、俺の長い髪を、ハーフアップにすると、ギュッと自分の方に引っ張り出した。



「いいい、痛い!おい、痛い!」

「あずみんじっとしててくれないとできない!」

「しなくていい!引っ張るな、痛い、痛い!」



 バックヤードにいるため、あまり騒がないようにしようと(バックヤードでなくともバイト中は騒ぐのは厳禁だが)思っていたのに、空澄のせいでそれはかなわなくなった。ブチブチブチッと音を立てて鳴る髪の毛が恐ろしい。それでも、空澄なりに頑張っているのだろうから文句を言うのは辞めることにした。

 俺の髪を結んで満足したらしい空澄は、鏡越しに俺を見て笑う。



「よーし出来た!」

「…何十本と俺の髪の毛抜いただろう」



 鏡に映ったのは不格好すぎるハーフアップ。いいやもうこれは、ハーフアップにもなってないんじゃないかと思った。空澄は、俺の頭を撫でるように触り、ニカッと笑う。

 そんな空澄につられて、俺も自然と口角が上がってしまう。


 空澄の笑顔には不思議な力があると俺は思う。

 そういえば、初めて会ったときもこいつはこんな風に笑っていて、初めこそ関わりたくないと思ったが、そんな空澄に流されて。そして、俺はきっとこれからもこうしてこの男に流されていくのだろう。

 それが心地よいと思ってしまったのだから仕方がない。



「じゃあ、バイト頑張るぞー!」

「出来ないことがあれば言うんだぞ、俺が力になるからな」

「勿論、あずみん頼りにしてるぜ!」



 そう言い合って、俺達はバックヤードを出た。




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