13 死にたがり
「何だ、何だ!?ようやく、本気を出してきたのか!?梓弓クン!」
嬉々として声を上げる綴の声を聞きながら、俺は綴の動きを観察する。先程までは、俺が一方的に攻撃され続けていたが今は俺が綴を追い詰めている形になっている。綴は楽しんでいるようだが、顔には焦りが見えてきている。だが、綴はそれを快感として拾ってしまう体質、ド変態なので追い詰めているはずが、興奮させていると言ったなんとも言えない状況になってしまっているのが悔しい。
綴の攻撃を往なし、その反動を使って蹴りを入れる。綴はそれを軽々と避けると、反撃とばかりにナイフを向けてくる。それを受け流しながら、綴の足を引っ掛ける。すると、綴は見事に転び顔面から地面へとダイブした。
「いったぁ~い」
「そんな風には全然見えないが」
「ハッ!?痛いもんは痛いんだよ!でも、その痛みさえも、最高。矢っ張り、梓弓クンは最高だった!」
と、凄い手のひら返しで起き上がり、赤くなった顔を俺に向けた。恍惚と興奮して赤くなっているのか、顔面をぶつけて赤くなっているのか分からなかったが、両方だと思い、俺は呆れてため息が漏れる。
綴の攻撃は1度見切ってしまえば簡単だった。
先ほどは冷静さが欠けていた。だからこそ、見えたものも、見えなかった。綴の攻撃は単純だった。トラップを仕掛けるのは上手く、その身のこなしは軽やかだが威力に欠ける。そして、手を使った攻撃はナイフ以外ないため、足の癖を見つければそこはかわせる。
(もう、見切った)
綴は、全然攻撃が当たらなくなってきたことに気づいたらしく、攻撃が単調になってきている。俺が、綴の攻撃を受け流すと、綴はそのままバランスを崩し、尻餅をつく。その隙に、腹に蹴りを入れれば、綴は簡単に吹っ飛び壁にぶつかる。
「……は、ハハ。僕の攻撃全然当たんねえ」
「それは、お前が単純だからだ」
そう言って、ライフルバックからハンドガンを取り出すと、銃口を綴に向ける。綴はそれを見て、ニヤリと笑うと両手を広げ降参のポーズをとった。
その行動に眉を寄せれば、綴は楽しげに口を開く。
その表情は、先ほどの愉快な笑みで、まるでこの瞬間を望んでいるようにも覚えた。
(もう1つの、違和感はこれだな……)
「なあ、早くその引き金引いてくれよ。うずうずしてんだよ。僕をイカせてくれるんだろ?なあ、早く、早く!」
「……お前」
自ら銃口を額にこすりつける綴をみて、その異常っぷりに言葉を失った。
はぁ、はぁ……と息を荒くし、頬を紅潮させながら、綴は目を細める。
こんなにも、自分の欲に忠実な人間を見たことがなかった。今まで出会った暗殺者はどこか、一線を引いていた。殺されたくないから、意地でも逃げると、そんな臆病で卑怯者になっても逃げる奴がいた。いなかったとしても、素直に敗北を認め自害する奴の方が多かった。
俺の目の前にいる綴からは、それが一切感じられない。
まるで死を望んでいるかのようだった。
「焦れったいんだって、僕は、自分より強い奴を見つけた。それが、梓弓クンお前だった!梓弓クンとは本当に運命の赤い糸で結ばれてるのかも知れねえな!僕は、僕は梓弓クンにぐちゃぐちゃにされて殺されたい!」
さあ、早く!
と、綴は興奮気味に言う。誰が自分を殺してくれ何て言う暗殺者がいるのだろうか。いいや、いるわけがない。それに、綴の場合は――――
「は?」
「俺はお前を殺さない」
俺は、引き金をひこうとした指を止めた。
ここで、殺すのは容易い。だが、それでは駄目なのだ。
「何で……」
「お前を殺すと、空澄の居場所を聞き出せない。さっき、お前があの黒服達を殺したせいで、お前の属している組織に繋がるものが全部パーになった」
「は、は……はあ!?」
綴は狂ったように叫んだ。
待ち望んだものがえられず、思い通りに行かず駄々をこねるような子供のように。そうして、俺の拳銃の引き金に自ら指をかける。俺の手を固定して、逃げられないというように。
瞳孔が開かれ揺れ、そして、わなわなとその手が震えていた。ボロボロになった顔は口はいびつに歪んで、俺を見つめていた。アメジストの瞳がやけに空っぽで寂しく見えた。
「梓弓クンは僕に勝った!勝利条件は、僕を殺す事!じゃあ、じゃあ、殺さないといけねえだろうがよ!」
「……」
「はぁ、あ……っ♡この瞬間を待っていたんだ。脳汁どばどば出てる、本当にイきそう……は、ハハッ。梓弓クンがひかないっていうなら、僕がひくだけ――――ッ!?」
1人気持ちよくなろうとしている綴の手を払って、俺は綴の胸倉を掴んだ。ダンッ! と綴の股の間に割って入るように足を入れて、逃げられないようにする。紫色のマフラーは血の臭いが濃かった。
「え、あ……ぁ?」
俺の行動が理解できないというように綴は目を見開いた。俺はそんな綴にすかさず言葉を投げた。
「お前は、一流の暗殺者でも何でもねえッ!ただ、死に場所を求めているだけの死にたがりだ!」
そうだ、綴はそうなのだ。
幼い頃に仲間が殺されて、心が壊れた子供だ。どれだけ成長してもあの時に置き忘れた心が、壊れた心のピースが埋まらず生きていた。恐怖を感じると興奮する、だが、此奴のもっと深くにあるのは、ずっと死に場所を求めていたと言うこと。
仲間がしんでいくのを目の当たりにして、そうして自分だけ生きていることに絶望を感じた。
そうして、それが分からない、無自覚のまま綴は暗殺者になった。それが、今此奴を創り上げているものだ。
死にたがり、死に場所を求め人を殺すだけの哀れな子供。暗殺者なんて言えない。
綴は理解できないというように、首を横に振った。自分でも本気で気づいていなかったのだろう。
「……しに、たがり……?」
「お前の、深層にあるのはそれだ!それをいいように解釈するな、この死にたがりがッ!」
俺は、そう言って綴のマフラーから手を離し、思いっきり綴の顔面に拳をたたき込んだ。




