12 授業の始まり
「あの時の快感が忘れられない。殺されるかも知れない恐怖に、そこからの起死回生に!僕は、魅せられた。この暗殺者の世界に!」
「……ッ」
綴の語った過去は、壮絶なものだった。
帰国子女と言っていたが、実際の親も分からないため本当にハーフか、クォーターか、それともイギリス人かも分からない。だが、問題はそこじゃない。
何も知らない、教えて貰えない世界で、自分で式を無視して答えを見つけた結果、過程をすっ飛ばしたせいで今の綴が出来てしまった。もし、そこで先生が綴に手を差し伸べなかったら、もっと酷いことになっていただろう。だが、綴が狂っているのは紛れもない事実だった。誰も教えてくれる人も、叱ってくれる人もいなかったから。
今の自由で、間違った、子供のままの純粋故の狂気を纏った綴がそこにいる。
(確かに、俺と似ているのかも知れない)
俺は綴の話を聞いた後、自分が如何に狭い世界でたった1人の暴力に絶えてきたかを知った。俺と綴なんて天秤にかけてはかるものではないし、それぞれの価値感や生れた場所の文化や歴史というものがあるだろう。だから一概にどっちが辛かったとは言い切れない。だが、同じような境遇の綴を前にして、俺は同情というものを抱いてしまう。
綴は俺を同類だと言った。理解してくれると言った。
理解したくないが、何となく理解できてしまう自分が恐ろしい。
でも、綴が本当に求めているものは、共感や同情じゃないだろう。
「僕は、恐怖性愛者だよ。恐怖を、死に追いやられ、死ぬって感じると興奮するそんな暗殺者なんだ。だから、梓弓クンが感じた違和感ってそれ。何で僕が、梓弓クンの攻撃をかわせるのに、受けているかって。痛みをいっぱい感じたいからさ!」
「……狂ってんな」
「褒め言葉♡」
そう言って、綴はニヤリと笑って見せる。
その笑顔は、先ほどまで浮かべていたものとは違う、どこか無邪気さを感じさせた。でも、その瞳の奥は爛々と輝いている。まるで新しい玩具を手に入れたかのように。
そうして、再びナイフを構えるとこちらに向かってくる。その動きはさっきよりも格段に速く、そして重い。
ガキンッ! 何とか、ナイフを受け止めるがすぐに次の攻撃が襲い掛かってくる。それを必死に受け止めながら、隙を見て蹴りを入れようとするが、その足を掴まれそのまま投げ飛ばされる。ドサッ 地面に背中から倒れ込むが、すぐに身を翻して起き上がる。すると、いつの間にか目の前に綴が立っていて、その手に持つナイフが俺の首筋に当てられていた。
ヒュンっと音を立てながら首元で止まったそれは、皮膚を突き破り血が流れる。ドクンドクンと心臓が早鐘を打ち、額から汗が流れ落ちる。
(あぶ……ねぇ)
詰んだかも知れないと思いつつ、頭ではこの状況から抜け出す方法を考えている。
俺を睨み付けていた綴は、不満げに口を開いた。
「梓弓クンって、弱い奴?」
「さあ、苦手なだけだ」
「……あっそ、僕を楽しませてよ。じゃないと、本気で殺っちまうぜ!?」
そう言うなり、綴は持っていたナイフを投げ捨てる。その行動に首を傾げるが、その理由はすぐに分かった。
ドンッ! 鈍い音が聞こえたと思ったら腹部に強い衝撃を感じる。一瞬の出来事に目を白黒させれば、すかさず追撃が跳んでくる。
「……くっ」
痛みに耐えながら、何とか避けきって俺は口にたまった血を吐き出す。
ライフルバックを背負ったままではやはり動きづらい。下ろしてしまえばいいが、自分の武器をみすみす相手の前で下ろすと言うことは自滅行為だ。それに、相手が暗殺者でそれなりのプライドがあるのなら、きっと勝ちに来るだろう。
「一流の暗殺者じゃないのかよ、梓弓クン」
「お前も違うだろ」
「僕は、先生のお墨付きを貰ってる。僕は、一流の暗殺者だ!」
(先生が……か)
やっぱり、あの時俺に声をかけた先生というのは綴にとってとても大切な存在なのだろうか。それがどういう意味なのかは分からないが。
そんなことを考えていれば、また綴の攻撃が飛んできたため、今度はそれをかわすとそのまま相手の腕を掴み思いっきり投げる。綴は地面にたたきつけられ、その身体が数度バウンドする。
(ここは一旦ひいて、体勢を立て直すべきか……)
綴が起き上がる前に1度この場を離れた方がいいかと考えた。だが、先生に言われたことが突然頭の中に響く。
『梓弓の弱点は、つまり近接戦での立ち回り、受け流しだ。技術を持っていたとしても、反射的に動けない。近接戦にめっぽう弱いんだ』
(反射的に動けない……それは何故か)
先生の言葉を自分なりに咀嚼し考える。反射的に動けないのは、つまり相手の動きを見ていないからだ。焦りの方が増さり、下手な受け流し方をして、追撃の隙を作ってしまう。
俺はライフルバックを背負い直し、もう一度血を吐き出す。
「実戦を詰まなきゃ成長しない。出された課題は、しっかりクリアする」
――――さあ、授業の始まりだ。




