08 変な奴
「あずみん、またぼうっとしてる」
空澄に指摘され、意識を戻すと、空澄は呆れたというようにふぅと息を吐いた。空澄でもそんな顔をするのかと、いつものあほ面ではない顔を見て珍しく思いつつも、やはり意識はそれてしまう。
最近気になって仕方がない。
隣で授業を受ける綴を見て、どうも意識がそっちに持っていかれてしまうのだ。何もおかしな行動をしていない、ただの同級生を疑うのもおかしい話だが、あの日、路地裏に入っていく綴を見かけてから、疑惑の念は膨らんでいくばかりだった。だからと言って、直接直球に「お前は同業者か?」とも聞けず、俺はただ行動を監視するしかなかった。
それは、空澄のためにもなると自分に言い聞かせて。
だが、実際のところ、同い年の人間に同じ境遇のものが、同じ世界で生きるものがいるかもしれないという親近感や、仲間なんじゃないかという感覚も芽生えてきており、俺もたいがいだなと思った。同じ仲間を見つけて、安堵している。よかったと、俺の辛さを理解してくれるんじゃないかという淡い期待を。
「あずみん、学食!」
「あ、ああ……」
チャイムが鳴り、空澄は俺の手を引っ張った。俺はされるがままに立ち上がったが、教室を出ていこうとする綴が気になって、つい呼び止めてしまった。
「綴」
俺がそう呼べば、彼はすぐに立ち止まり俺の方を見た。
「何?梓弓クン」
「……学食、一緒に行かないか。お前、いっつも1人だろ」
自分でも驚いた。こんな言葉が出てくるとは思わず、俺は自分でも困惑する。
綴は、俺の言葉を受けて物珍し気に「ふーん」と俺を見る。
「いいけど、空澄が一緒だったらいやかな?」
「は?」
「あっ、でも梓弓クン、空澄にべったりだもんね。僕のことは気にせず、2人で行ってきなよ。いつ、『一緒』に食べられなくなるかわかんないし。僕のことは気にしないで」
「お、おいちょっと待て」
そう呼び止めたが、俺の制止も聞かず、綴は教室を出て行ってしまった。取り残されたような感覚になり、俺は呆然とその場に立ち尽くす。空澄を敵視するような言葉と、最後綴が言い放った言葉に引っ掛かりを覚える。空澄は嫌われるようなタイプでも、恨みを買うようなタイプでもない。そもそも、空澄と綴には接点がない。なのに、何故?
「あ、あずみん?」
「……」
(まあ、いい……拒絶されてるのならそれまでの話だ)
俺は、その後空澄に意識を戻し「学食に行こう」と誘う。空澄は、少し違和感を覚えたようだったが、なんてとなくいつもの調子でその後時の授業もいつも通り受けていた。
帰りのホームルームが終わり、部活も終わって帰ろうかと空澄を探したが教室にも部室の方にもいず、俺は校内を駆け回った。白瑛コースと、普通コースの教室は別棟になっており、普段関わることはない。だが、すぐ迷子になる空澄のことだからと普通コースの教室も探しに行った。だがいなかった。ホームルームまでは一緒だったのだが、部活動で別々になったし、先に帰った……ということも考えられなくはないが、空澄が俺を置いて帰るとは思わない。嫌な胸騒ぎがすると、頭の中で警鐘が鳴っていた。
俺は取り敢えず玄関に行き、靴がないことを確認したのち校門まで出て空澄を探した。だが、どこかにいる様子もなく、結局見つけることはできなかった。
諦めて帰るかと、そう思った時、校門の前に真っ黒な縦に長い車が見えた。空澄のところのだろうかと思ったが、周りに空澄がいる気配もない。なら、いったい誰だろうと、この学校には空澄には劣るが金持ちが通っているわけだし、そういう奴らのかと、思ったがそれもまた違った。車から降りてきたのは黒服の男たちで、ただならぬ気配に目を細める。
「梓弓クン」
「……ッ」
名を呼ばれ、とっさに振り向くとそこには綴がいた。いつもの笑顔を張り付けてはいたものの、完全に目が「あちら側」の人間のようで、殺意が漏れ出していた。
「……お前」
「空澄は僕らが預かっている。場所はここ、時間までに絶対来てよ。僕からの招待状」
と、俺の胸ポケットに小さな紙きれを入れ込む。
いったい何のつもりかと綴を引き留めようとしたが、スカッと彼の服をつかむことが出来ず、伸ばした手は空を切った。
空澄がいない、つまり、此奴らに拉致されたのだと理解する。
俺がついていながら不甲斐ない。そう思うと同時に、空澄をこんなことに巻き込んでしまった怒りと、拉致した奴らへの復讐心が募る。感情的になってはいけないと抑えつつも、空澄を拉致して俺をあぶりだす理由がわからなかった。これだけ準備が出来ているとしたら、すでに殺せているはずなのだ。それをしないのはどうしてだろうか。空澄財閥の金が目的なのか、そうではないのか……なら、俺を呼び出す理由はないはずだ。
足りない頭で考えたところで答えは出なかった。
綴は俺の方を振り返り手を振るとあの黒い車に乗って走り去ってしまう。
取り残された俺は、綴から受け取った紙を取り出し場所を確認すると、ぐしゃりとその紙を握りつぶした。




