01 退屈と独り
雲が悠々と流れる少し煙たい灰色の空を俺はぼぅと眺めていた。雲が右から左へと流れていくのをただ見ているだけの時間。その間にも授業は進んでいく。机の上には、2時間前の国語の教科書が広がっていた。
教室の1番後ろ、窓側の席。席替えのたび、運良く何度もこの席をあて今回もまた……
入学して半年がたつが未だ学校というものにはなれない。小学校のような幅広い年齢層が集まる仲良しこよしの教育の場ではなく、何年後かに控えた人生の分かれ道受験に向けてしごかれる教育の場。
個性がではじめ、自分のやりたいことを見つけ熱中するものも増えてき皆、入学当時の固まった表情ではなく、生き生きとした、輝いている表情になっていた。俺を除いて。
(退屈だ……)
何もかもやる気が出ない、見いだせない。自分で選んだ道だというのに、どうしてこうも退屈に感じるんだろう。毎日のノルマをこなすだけの、決められた日々。そこに何を見出せばいいのだろうか。
「鈴ヶ嶺この問題答えろー」
「……あ」
数学の教師にあてられ、俺は黒板に目を移す。わけの分からない数式が並んでおりすぐに頭は考えることを放棄していた。立ち上がったは、いいものの答えられるはずがなく「わかりません」と下を向く。いつものことだ。
勉強なんてやっても無駄。分からないし、楽しくない。そこに何かを見いだせない。
「明日小テストだぞ。鈴ヶ嶺―できなきゃ居残りだからな」
「……」
そう数学の教師は言うと俺の隣の席の人を指名し、回答するようにいった。隣の席の奴はきりりと立ち自信に溢れた顔で、声で答えとその答えになる根拠、道筋をすらすらとはなす。「正解だ」という教師の声とともに大きな拍手が向けられる。
隣の席の奴は、着席しふぅと息を吐いた後すっとこちらに顔を向けた。そして、小声で「ノートみせてあげよっか」と言う。俺は戸惑い其奴を黙って見ていると、こわばった顔で「お節介だったね」と先ほどの自信のある笑顔は何処かに行ってしまった。そして、何事もなかったようにまた書き取りを始める。
俺はというと、また窓の外に視線を移し、悠々と流れる雲を眺めていた。
(雨……降りそうだな)
授業が終わるまでふて寝をしてようと、俺は机に突っ伏した。
何が面白くて意味があって勉強するのかいまいち理解が出来ていなかった。そこに面白さも何も感じない。
俺、鈴ケ嶺梓弓は少なくともそう思う。
授業を進める教師の声がだんだんと遠くなっていくのを聞きながら、俺は何故今自分が学校に通っているのか、その原因について回想した。
あれは、いつだったか、多分数年前のこと――――
「てめぇなんて、いらねえんだよ!」
耳をかすり飛んできたワインの瓶は壁にぶつかると粉々に砕けた。パリンッと音を立てて、床に散らばった。
目の前でギャンギャン騒いでいる血の繋がらない父親を俺はただ黙って見つめていることしか出来なかった。子供ながらに、こういう人に反抗したらダメなんだろうと分かっていたからだ。物わかりはいい方で、諦めはいい方だった。
「なんだ、その反抗的な目は!あの女が何処の誰だか知らない奴との間に出来た子供なんだ、てめぇは!俺の子じゃねえ!女にも逃げられ、赤の他人の子供を押しつけられる俺の気持ちを考えろ!」
俺には母親と父親はいない。この父親の代りをしている男とは赤の他人だ。一滴すら同じ自が流れていない。
この男は、俺は俺のもうここにはいない母親のことが大好きだった、愛していた。だけど、俺の母親は他の男にも同じように媚びを売って交わって、何故今目の前にいる此の男と結婚したのか分からないが、籍を入れそしてまた違う男と出て行ってしまった。言うには、目の前の男は、自分と俺の母親の子供だと思って育てていた俺が、全くの他人だったことを最近知ってしまったらしい。最近といっても、監禁為れているから時間の感覚は無い。ただ朝と夕方に流れるチャイムと、薄暗い部屋からほんの少し見える空の色で一日を把握している。そんな暮らし。
父親……は、酒に溺れ、それでいて働かないから金は減っていくばかりで。
俺の身体には酷い赤黒い痣ばかりが残っている。消えたことはない。毎日のようになぐられた。そんな地獄みたいな生活が続いていた。生きている意味をこのころから見いだせずにいた。それでも、こんな奴に殺されたくはないただそれだけを思っていた。
そんなある日のことだった。俺の人生の転機が訪れたのは。
父親はいつものように俺に酒の瓶を投げてきた。当たらずにすんだが、またいつものように瓶が割れる。足下
に転がった、割れた瓶を俺は呆然と眺めていた。片付けるのも俺の仕事だったから。
(あーあ、またか面倒くさいなあ……)
父親は、俺に怒鳴りつけながらまたワインの瓶を探しにふらりと立ち上がる。
「……あの女絶対に殺してやる……このガキもいつか」
父親がぽつりとこぼした言葉。その言葉に俺の身体は反応した。
この間父親が付けていたテレビドラマのワンシーンを思い出す。
復讐に染まった男が、愛していた女とその女を奪った男を殺す話。
『殺してやる』。その一言で、身震いした。殺される。あのドラマみたいに。
そう思ったらいつもは動かない身体が自然と動いた。足下に転がった瓶を拾いあげ、背中を向ける父親にそうっと近づき、そのまま勢いに任せ思いっきり瓶を後頭部に向けて振り下ろした。