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小さな聖女は血に誓う  作者: 功刀 烏近
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四章 夜は安息と秘密を司る(3)

すいません明けませんでした。もう一晩続きます。。

「カットナー……」

「はい、彼もまた行方不明者の一人でした」


 クゥエルの肯定にヘリテはもう一度を背中を震わせた。

 ヘリテも気付いていたのだ。屋敷に出入りする芸術家の卵達の中に、ある日突然姿を見せなくなる者がいる事を。ヘリテの憶えている限り、いなくなった者達は誰もが若く健康だった。

 そして、他の者達と比べてほんの僅かでも、何かに『劣る』と評価されるところのある者達だった。

 カットナーは少し気弱な青年で、人の評価を気にする余り表現、特に色使いにブレーキがかかるところがあった。そのせいで何処か絵にぼんやりとした、割り切れない印象が残ってしまうのだ。他にも素描(デッサン)に甘さがある者、人物を描く事だけが途方も無く苦手な者などもいた。

 無論、若手の内は手の速さまで重要視されるのが商業としての芸術だ。挙げれば課題など誰にでも一つ二つはあるだろう。逆に言えば結局のところ、劣る者とは欠点を(くつがえ)すに足る尖った長所を持っていない者、という事でもあった。

 だがヘリテからすれば、今出来ない事はこれから出来るようになる事だとしか思えなかった。何故なら自分自身がそうだったからだ。一年の三分の二を寝台の上で過ごした少女は、半ば強いられた我慢の時間を過ごす内にやがて三分の二を半分にし、半分を三分の一へと変えていった。

 だから両親やクゥエル以外の執事から若者達が郷里に帰ったと聞く度に、内心では静かに悲しみに暮れていた。ヘリテから見れば、彼等は自分には無い可能性に満ちあふれていたからだ。

 だが、帰ったのではなかったのだとしたら。

 だとすれば、彼等は何処に行ったというのか。

 クゥエルは順を追って説明を始めた。何時もの講義のように、彼なりに出来るだけヘリテに分かりやすく、受け取りやすく話そうと試みていた。

 それでもなお、話は複雑怪奇で衝撃的なものにならざるを得なかった。


「行方不明者が目立つようになったのはここ数年の事です。実際に夢破れて郷里へと帰った者達も、昔から少なからずおりますので」


 だが最近になって、姿を見せなくなった後にどこからともなく郷里に帰った、と噂されてうやむやになる事の方が多くなっていた。

 うやむやになる事が長く問題にならなかったのは、行方不明者のもう一つの共通点が関わっている。

 単身湖岸都市に出てくるような若者は、その多くが家族の反対を押し切って家出同然に上京した者だった。事実偶然にも――あるいは必然的に――、行方不明者は全て裕福な農家や商家の次男以下の子供達であり、実家の側が積極的に連れ戻さない理由を抱えた者達ばかりであった。

 とはいえ、家出したからと言って完全に縁を切ってしまえる家が全てではない。若者達の現状を知りたがった家族はここでようやく彼等が行方知れずになっている事に気付く。ただ、気付いても一般市民には採れる手段が少なかった。

 カーナガルにおいて国家という枠組みに集められた権力、軍事力などの様々な力は、ほぼ国土の防衛と維持、そして未開拓地の開発に注ぎ込まれている。ここに注力しなければ人口が増やせないからだ。そのため都市と呼ばれるほどの規模を持つ集落は、司法については基本的にその集落を治める領主に一任されている。

 つまり実質的な治外法権で成り立っているのだ。故に都市側で帰省した事になってしまえば、それ以上の調査はよほどの重要人物でも無ければ取り合ってもらえない。

 金銭的な余裕があれば武装開拓者アームドパイオニア探索士エクスプローラーに人捜しを依頼する事も出来るが、後は教会に事情を訴えて捜索を願い出る事ぐらいしか残されていない。

 だが、この訴えが無力に終わらないのがカーナガルという世界だった。何しろ、教会はその行動の一切を国境によって制限されないのである。都市の自治など言うまでも無い。そして信徒の数は教会の権威そのものであり、ひいては天に在る神が地に干渉する影響力に直結する。そのため信徒からのどのような訴えも、時間こそかかっても軽々しくは扱われない。

 特に権能として契約と誓約を司り、立法と司法を守護する雷神イルスは、イルス神殿が裁判所を兼任するほどに法に対して厳格である。自らの主神の権威と神殿の有用性を証明するためにも、神殿に務める聖職者達は訴えを決しておろそかにしない。何者かが罪を犯している可能性があれば尚更である。

 湖岸都市への疑いは、家族達の訴えが重なり集まるほどに色濃い影として浮かび上がってきた。

 こうして訴えはやがて探り曝く事を勤めの一つとする影神教会へと託された後、クゥエルへと秘密裏に伝えられる事になる。


「調べ始めて分かった事は、行方不明者の殆どが都市から遠く離れない内に消息を断っている事でした。それどころか、多くは街中で行方不明となったとしか思えない形で姿を消していたのです」


 不可解な事でした、とクゥエルは溜息混じりに言った。

 人が消えるには、街中は人目が多過ぎるからだ。

 加えて、痕跡が少な過ぎた。何故か都市を出るための手続き――下宿の解約など――は済まされており、私物などもいつの間にか処分されていた。多くは本人が事前に申し出ていた、という事になっていたが、手回しが良すぎるという印象は拭えない。

 物騒な例えとしてこれが連続殺人事件などであれば、死体などの遺留品を辿るという道もあった。だが何もない。死体どころか血痕すらも無い。

 まるで曲がり角を曲がったところで透明で巨大な怪物に一呑みにされたかのように。

 ――全く笑えない事に、現実は例えよりもなお物騒で、比喩よりもなお怪物的だったのだが。


「ようやく掴んだ手掛かりは、行方不明者の一人が親しい友人に秘密裏に話していた内容でした」


 曰く、行方不明になった青年が友人に厳重に口止めした上で、とあるオークションに自分の作品が出品される事になったと話していたというのである。そのオークションには、まだ世に出ていない若手芸術家に対して強い興味と期待を抱く芸術愛好家が集まる。だから作品が売れれば作者自身も価値を認められ、自分だけの支援者(パトロン)を得る道が開けるのだと。

 青年はオークションの場に自分もその場に招待されたのだ、と期待と不安に顔を紅潮させていたという。


「……有り得ません」


 クゥエルの説明を、ヘリテは幾らか顔を青ざめさせたまま、反射的に否定していた。


「インフェルム伯家として、支援する若手の作品はその独立を認めるまで販路(はんろ)に乗せる事を認めません。そんな事を許したら伯家の支援者としての生業(なりわい)が立ちゆかなくなります。伯家が与える独立の認可(にんか)も、価値を失ってしまうでしょう」


 これは本来、十代前半の少女が一般的に理解しているような内容では無い。ヘリテが早くから家業に関わる機会を得ていたからこその見識である。

 インフェルム伯家が独り立ちを認めるという事は、一つのブランドとして成立すると太鼓判を押すという事だ。逆に言えば、支援する芸術家の未熟な作品を売りに出すと言うことはインフェルム伯家の芸術品に対する鑑定眼が疑われる事であり、伯家そのものの権威を失墜(しっつい)させる事に他ならない。

 これはつまり、インフェルム伯家が支援する芸術家から買い取った後に売りに出す、全ての芸術品の価値を(おとし)める行為である。


「仰る通りでございます。このような秘密裏のオークションが行われているとすればインフェルム伯家としては由々(ゆゆ)しき事。必ず取り締まるべき、看過(かんか)できぬ事態です。……主催しているのが、伯家自体でなければ、ですが」

「そんな……それこそ有り得ません! 父様も母様も、そのような事を許すはずがありません!」


 父母の名誉を傷つけられたと思ったヘリテの激昂げっこうを、クゥエルは冷静に受け止めた。


「左様でございます。事実、オークションにかけられていたのは未熟な作品ではありませんでした」

「え……?」

「得られた発言から、私は他の行方不明者にも似たような話が持ちかけられていた事を確認しました。そしてオークションの話を持ちかけた人間の特定に至ったのです」


 さらには、クゥエルは持ちかけるように指示を出した人間まで辿る事に成功した。

 だがここでまず驚くべき事実に直面する。指示者の正体は、インフェルム伯直属である初老の執事だったのだ。

 加えて行方不明者とその作品は、屋敷の管理全般を担当する別の執事によって、巧妙に屋敷の地下へと搬入されていた。

 今の今まで気付かなかった自分の間抜けさに呆れ返った後、流石に不思議に思いクゥエルは調査の矛先を変えた。自分の身の回りや屋敷に雇われた時の状況を洗い直したのである。

 この調査もまた驚愕すべき結果に至った。


「全くもって不徳の致りでございました。私自身が首謀者達の体の良い隠れ蓑に使われていたのです。教会所属の探索者としての経歴を、逆に外部からの疑いを逸らすために使われてしまいました」


 何とクゥエルが雇われた時から邪教の隠蔽は始まっていたのである。就業時に交わした契約書の中に、極めて巧みに認識操作の魔術が紛れ込ませてあったのだ。

 屋敷全体の管理を別の執事の担当と区切る事で、屋敷の中の事についての認識を誤魔化されていたのである。自分の職分では無いと思い込まされた結果、違和感まで憶えられなくなっていた。何も知らない他の召使い達にも同じ契約が交わされる念の入用であった。

 例外はクゥエル以外の三人の執事とその直属の召使い達だ。だがそれもそのはず、執事以下の全員が祭祀に参加する深淵教徒だったのだから。

 調べれば調べる程に最悪の真相に近づいたクゥエルは、ついに屋敷の地下で行われていた悪夢のような催しへと潜入した。魔術によって十分な隠形おんぎょうを施した上ではあったが、相当に危険な行為だった。それでもこれ以上時間をかけるよりはマシだと判断したのである。

 結果、クゥエルは目撃した。大袈裟おおげさに過ぎる連続誘拐事件の真相を。


「そこで競りに掛けられていたのは、作品では無く作者の方でした」

「さ、く……しゃ……? なにを、いって」


 ヘリテの頭はこの時初めて、クゥエルの言葉の意味を理解する事を完全に放棄した。

 ただ続く言葉を呆けた顔で聞き流しながら、それでも思考の一部が否が応でも入ってくる情報を無意識に拾い上げていく。


「屋敷の地下に秘密裏に設けられていたオークション会場では、彼等の若く健康な肉体が競り落とされたその場で(きょう)されていたのです。吸血神キヤルゴを奉じる深淵教団(アビサルセクト)の、共食いの祭祀における生贄として」


 ヘリテの鼻の奥に、またもよみがえる肉の焦げる悪臭。

 あまりもリアルな臭気を夢の中で感じる事が出来たのは、屋敷の空気の中から実際に嗅ぎ取ったからだとしたら。

 あまりの事に言葉を失ったヘリテに対し、クゥエルが止めとなる結論を告げる。


「祭祀を取り仕切っていたのがインフェルム伯夫妻。……つまり、ご当主と奥方様です。お二人は吸血神キヤルゴを信仰する、邪神の崇拝者――深淵教徒(アビシスト)だったのです」


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