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小さな聖女は血に誓う  作者: 功刀 烏近
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九章 小さな聖女は血に誓う(18)

 馬鹿な、という言葉はもはや声にもならずにアッシャーの喉の奥で弾けて消えた。

 ヘリテは、自らの不死を神に捧げる事で人としての肉体を半分取り戻した。

 それだけでも前代未聞の奇跡だと言うのに、他の願いまで差し挟む余裕があったなど、到底信じられる事ではなかった。

 対して、ヘリテはその内幕の一部をあっけなく明かした。


「……先に一つ、あなたに謝罪します、アッシャー司祭。私はこの告解に望む前から、自らが誓いによって燃え尽きない事を知っていました」

「なん、だと……?」

「私がディスクティトラに初めて祈ったのは、告解よりもしばし前のこと。森の中で改宗の可能性に思い至った直後です」


 自分が異賊から庇った少女と出会い、そしてしかるべき場所に見送ったそのすぐ後に、ヘリテは死神に伺いを立てていた。

 自分の考えについての確信はあった。だが、自らの確信だけでは足らない事をこの時すでにヘリテは理解していたからだ。


「私が不死を捨てる試みが、果たして為し得るものなのかどうか、お伺いを立てたかったのです。……その答えはこうでした。『長き道も険しき道も、道は道にして違わざるもの。なれば杖は、既に其の手に』」

「答え……まさか貴女は、聞いていたのか。既にその時、死神の声を……」


 神官オラクルとは本来、祈りの果てに神の声――神託オラクルを聞いた者の事を示す言葉だ。

 声を聞いた時点で、ヘリテは神官にして法術士フォージとしての資格――法術アクトを行使するための前提を得ていたということになる。


「では、これはやはり……貴女の術式だというのですか、ヘリテ=インフェルム! だが、だったら何故わざわざ告解などという大仰な行いを……ただ僕の前で法術を示し、神官たる証しを示せばよかったでしょう」

「それでは証しが足らない、と私が考えたからです」


 空に差し込む菫色すみれいろが、徐々にその大きさを増していた。

 冷たい夜気やきが、朝の気配に渦を巻いて、一陣の風となり吹き過ぎていく。


「アッシャー司祭。私が吸血鬼に転化した事は事実です。私が死にのぞみ、死を拒絶した事と同じく。死神の声を聞いた時に悟りました。罪の許しとは過去の否定ではない事を」


 偶然にも菫の空を後背こうはいに背負い、ヘリテは朗々と言葉を続ける。


「私は私の罪を認め、背負った上で先に進む事を決めました。そのために、吸血鬼としてではなく人として、あなたという試練を越えていかなくていけなかった。私の中にキヤルゴの残滓が残っているなら、あなたが私の前に立ちはだかる事は予想がつきましたから」

「ここまでの状況を……全て、予想していたというのか、貴女は……!」


 アッシャーの疑念に対して恐るべき事に、ヘリテははっきりと頷いて見せた。


「私の告解とは、この身の不死を返すと共に自分の罪を告白し、過去と共に生きる事を誓約し、その誓いを守るために神に助力を願うものでした。その祈る先が邪神ではなく秩序の神々なら、むしろ力を授かれない道理はありません。……この身命しんめいが、より大きな困難に直面していれば尚更です」

「僕を立ち会わせた、本当の理由はそっちですか……告解を、逆転化のためだけでなく自己昇華ブースター用の儀式法術とするために、越えるべき試練ディシプリンとして設定したのか……!」


 もはやアッシャーの声に惑いは残っていない。

 ただ畏怖と恐怖、そしてまごうこと無き驚嘆の色があるだけだった。


「それはもはや、幼い少女どころか神官の思考ですらない……魔術士メイジ、いや魔術師ウィザードの思考だ!」


 よく誤解されるが、魔法に対する聖法という概念から力を借りる法術は、信仰心そのものとは関係ない。祈りという契約と誓約を元に、類感るいかん感染かんせんによって自らの身に神格という高次存在を反映する事でその力を借りる、反魔術であると同時にれっきとした魔術の一種である。

 神が未だ現世に近い場所におわすカーナガルなればこそ、資質による習得のハードルが低いだけだ。

 神の声を聞くというのは、神格の存在と思念を言語として解釈できる程に同調が進んだことを示す現象だ。

 極論すれば信仰と祈りとは、法術そのものにとっては術式を行使するための前提を調える、ツールと技術でしかないとも言える。決して教会も神殿もおおやけに認めることこそ無いが。

 そしてヘリテが行ったのは、亜不死者たる自身の改心と強大な死神の神官による審判という死神へのパスを積み上げ、自らの不死と人として生きる誓いをにえとして捧げて死神の加護を願う、高次存在との契約を求める儀式魔術の一種と言えた。


 だが、似たような行為を既にヘリテは為している。

 【根の国】の門番、半獣の土地神ローカルゴッドホルクースから贈り物として、自らの欲望を満たす器物の代わりに名と縁を得る事で、その召喚の権利を授かった一件である。

 同じように、手にした力の喪失と命の危機を糧に、ヘリテは死神に祈り、強く同調した。

 我が身と我が心のようを、正しき生と死を守り尊ぶ神格のようと深く重ね合わせたのだ。

 その結果生まれたのは、半人半鬼の身を持ちながら、かってないほどに正しき命の形を胸に抱く、一人のうら若き神官だった。


「人として生きようとする試練の最初の門を、私はくぐり越えました。……その上で、道理から外れた不条理に対しては、私とて抗います。いえ、抗う義務があります。ただし、剣にて押し通る以外の方法で」


 誰も知らなかった。

 彼女の弱さと優しさの裏に隠されていた、意志の強さと聡明さの真なる総量を。

 それこそ生まれた時から、ヘリテはその精神においては怪物的な素質を備えていたのだ。

 素質は今、大輪の花と呼ぶのも奥ゆかしいまでに花開いた

 陽光のようにまばゆい決意を両眼から全身へと静かに滾らせて、ヘリテは宣言する。


「私はこの道を通ります、アッシャー司祭。例えあなたがどれほど力を持って立ちはだかろうと、必ず。……あなたと争う事無く、また争わせる事も無く」

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