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小さな聖女は血に誓う  作者: 功刀 烏近
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八章 これなるは根の国、死者の国(10)

「残念ですね、お嬢様を【根の国】に捕らえておく目論みはこれでご破算です」

「クゥエル、失礼ですよ。ホルクース様にはそこまでの意図は無かったはずです」


 用意した準備が完全に無駄になったにも関わらず愉快さを隠し切れぬクゥエルを、ヘリテがたしなめた。

 主人の善性に心から頭を下げながらも、流石に人が良すぎると心配になって、クゥエルはおそらくは勘違いであろう考えを正そうと質問する。


「お嬢様、そう思われる根拠を伺ってもよろしいでしょうか」

「何かをくださると言われた時に私が最初に思い出したのは、冥府で果物を食べてしまった異界の女神様の話ですもの」

「あっ」


 ホルクースが突然間抜けな声を発した。と同時に勢いよく起き上がって四つ足で直立して硬直する。

 正直、クゥエルも頭の中では似たような驚きの声を上げている。

 だが表情には出さず、節度を保った声で確認するに留めた。

 最近ヘリテの後塵を拝する事が多過ぎて、従者としての面目が無くなるばかりだ。


「……ヨモツヘグイの漂流伝承ですか」


 それは最初に水辺で取った休憩の時に、一瞬だけ話題にに上がったものだ。

 死者の国の食べ物を口にした女神がそのせいで死者の国に囚われるという、異界からカーナガルへと流れ着いた神話の一篇。

 確かに、これはヘリテの勘違いとは言い切れなくなる。好意的な解釈に過ぎるとも言えようが。


「ええ。本気で私を捕らえたいのであれば、事前に警告してくださりはしないでしょう?」

「……あー、うん。そりゃあな、流石に何の前置き無しとかただの理不尽だからな? 試練ですらなくなっちまうのは、流石にな? ディアルマの旦那にばれたら偉い事になるし……うんマジで……」


 堂々とした立ち姿を維持しながら、ホルクースの視線は虚空を見上げたまま、尻尾は小刻みにぶるぶると揺れていた。

 動揺の気配が濃すぎる。


(完全に忘れてましたね、これは……運のいい事だ。お嬢様の機転が無ければ、もっと大惨事になっていた可能性もあったという事ですか)


 この溜息はクゥエルの内心に留めた。執事のせめてもの情けであった。


 闇神ディアルマの司る権能には量刑と刑罰が含まれる。同じく裁判と法の執行を司る雷神イルスにとっては上司と言ってよい、厳格極まる司法の番人なのだ。

 誤魔化す過程で自分の行った試しが上位者からの懲罰ものだった事に気付いて、動揺の余りホルクースが震える声で立て続けにボロを出す。


「いやまぁ、あれよ、別に捕まえて閉じ込めておきたかった訳じゃなく……言い訳するとな? この先もヘリテは結構苦労するだろうから、誰かに助けを叫びたくなる事もあるだろ? そんときにキヤルゴに優先する権利を取り付けておきたかったのよ。あの因業爺いんごうじじいとヘリテはあんまり相性良く無さそうだしよぉ」


 人間なら冷や汗をかきながらであろう弁解に、主人に変わってクゥエルが冷ややかに指摘する。


「大体は想像がつきますが、一応尋ねましょう。だとしても何故そんなに回りくどく貸しを作ろうとしたのですか?」

「いやまぁ、とっさに介入するなら主導権はこっちにあった方が便利なのと……後はちょっとだけその、下心? 助けた御礼にオレの後任候補に、ね……?」

「とっとと高次に逝ったらどうなんでしょうかこのド畜生神」

「流石に辛辣過ぎねぇ? オレ下級と言えど一応神ぞ?」


 剣呑かつ物騒に言い合う二人を見ながら、ヘリテは小さく吹き出した。

 なんだかんだこの二人は仲が良いようにヘリテには見える。

 馬が合うと言うのだろうか。

 口にして不機嫌になっても困るので、賢明なヘリテは自分の考えを口にはしなかった。

 あるいは、自分の知らない昔、クゥエルは他人とこんなやり取りをよくしていたのかもしれない。

 そんな想像は少しだけ面白くもあり、また寂しくもあった。


 しばらくして、ホルクースもようやく落ち着いたようであった。

 長い鼻面を器用に歪めて、人が少しだけ混じった獣の顔で実に器用にシニカルな笑顔を作ってみせる。


「やれやれ、最期まで格好はつかないが、それ込みでも楽しい時間だったぜ。果たすべき役目も全て終わった事だし、オレはここらでお暇するとしよう」

「はい。重ね重ねここまで導いていただき、ありがとうございました。本当に、感謝の念に堪えません」

 

 深々と頭を下げるヘリテに、ホルクースはどうということもないとばかりに小さく鼻を鳴らして見せた。

 そして最期に静かな声で、ヘリテの行いがもたらしたものについて説明を始めた。


「ヘリテ、お前は一つ試練を越えた。希少な贈り物の代わりに、お前は呪いを退けてオレを呼ぶに足る縁……低位の神を召喚する権利を得た」

「召喚ですか? それは、あまりに恐れ多いのでは?」

 

 驚いて瞬くヘリテに向かって、神が名を与えるとはそういうことだと言ってホルクースが愉快そうに嗤う。


「神と言っても所詮は土地神ローカルゴッド、地上に居残って未だ血肉ちにくまとう半人前ではあるが、だからこそ天上の神々を降臨させる程の代償は必要ねぇ。神官が依り代になる必要もねぇしな。当然出来る事もそれなりだが」


 そこまで言うと、突然小さな地響きと共にホルクースが跳躍、その場から姿を消した。

 突然の事に視線を彷徨わせるヘリテに、クゥエルが一カ所を手で指し示す。

 指し示したのは洞窟が口を開けた岩壁から大分上方の山肌だ。一息で自分の身長の数倍を飛び越えたホルクースは、その場から大きな声でヘリテとクゥエルに叫び返した。


「オレはもう少し頭を冷やしてから【根の国】に戻るとしよう。ここはから純粋な好意、気に入った相手へのサービスって奴だ。……気をつけな、ヘリテ! 死神の試練は終わってねぇ、最も大きく鋭い鎌がこの先にお前を待つだろう!」


 おごそかな神としての声ではない。だが何時もの声とも少しだけ響き方が違う。

 ホルクースの言葉は、同盟者へと送る魔獣としての助言、あるいは託宣だった。


「もしもどうしても耐えられなくなった時にはこのホルクースの名を呼ぶがいい! 名を与えたという縁が、例え地の果てでもオレをお前の元に使わして、風よりも速く地の底へと連れ去る事だろう……そんじゃま、達者でな! アバヨ!」


 最期の最期で軽妙な口調で別れを告げて、ホルクースは瞬く間に山を駆け上がり、稜線の向こうへと消えていった。

 後には長く尾を引く、特徴的な嗤い声が残るばかり。


 Hye――hye――hye――hye――


 余韻が完全に消え去るまでの間、ヘリテはホルクースの去っていた方に小さく頭を下げたままでいた。


大苦戦ではありましたが、これにてどうにか八章、完!でございます。

次回から最終章「小さな聖女は血に誓う」(仮)の開始と相成りますが、最後はなるべく一息に行きたいため、少しお時間をいただきたく。。

あと、何方かから初評価いただきました! こういうの貰えると思ってませんでしたので大変嬉しいです! 励みになります、ありがとうございます!

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