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小さな聖女は血に誓う  作者: 功刀 烏近
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八章 これなるは根の国、死者の国(7)

 最期の一日、ヘリテの足取りは自然と重い物になっていた。

 壁に這う根を見て、たまに触れてみる。太い根は硬く、しかし少しだけ気温よりも暖かい。指先には小さい鼓動のようなものも感じた。根の中を流れる水によるものだ。

 気温は常に低いのは、不死者も半不死者も存在するだけで周囲の熱量を奪い取るからだ。だがそのままなら下がり続けるはずの気温が下がり切らない理由を、サウザンが教えてくれた。

 それは洞窟を縦横無尽に這い回る無数の木の根が、地上から水分と一緒に熱量を運んできてくれるからだった。【根の国】はあくまで、地上と地続きの場所として成立しているのだ。

 ヘリテは自分が不死者の列に加わって根の国を彷徨う事を想像する。生者がいないから飢えて人を襲う心配は無い。大人しい不死者達にもさほど抵抗はない。にも関わらず、思い浮かべるのは地上の森と夜空であり、その下をクゥエルと並んで歩く自分だった。

 人が恋しいのか、ここまで導き、また付き従ってくれた執事との離別が早まるのが嫌なのか。

 まだヘリテには判断が出来ないでいた。




 これはガルズがアッシャーへとヘリテ達の追跡の断念を進言し、少し時間が経った後の事である。


「……一先ず、追跡部隊は一端解散とします。悪かったですねぇ、えらい無駄足に付き合わせてしまって」


 アッシャーはヘリテ達とサウザンのじゃれ合った(・・・・・・)痕跡をある程度調査した後、部下達にそう切り出した。


「ガルズ。部隊を連れて最寄りの神殿に向かい、本部と連絡。報告と今後の指示を仰いでください」

「副団長、指揮権の委譲を行う状況では……まさか」


 一瞬遅れてアッシャーの意図に気付いたガルズの顔色が変わる。

 向き合うアッシャーは、頷いてその反応を肯定した。


「僕ぁもうちょっと追ってみます。……まぁ、一応当てはありますんでねぇ。確信があるとは言えませんが」

「お一人でですか? いくら何でも無理が過ぎます。本部の許可はおりませんよ」

「でしょうねぇ。なんで、許可は求めません。……これを」


 アッシャーが放り投げたものを受け取って、ガルズは瞠目する。銀で出来た鋤と鎌の紋章、アッシャー自らの聖印ホーリーシンボルだった。死神の信者である事を示すだけではなく、神官にして神殿騎士としての身分証明でもある。

 アッシャーはせいせいしたと言わんばかりに伸びを打っていた。


「勝手に降霊尋問やって部下を動かした挙げ句に手ぶらですからねぇ、報告した時点で戻って最低限本部で謹慎って事にはなるでしょ。それならまぁ、やれるだけやってからにしたいんですよ」

「ご再考ください、副団長! これ以上の独断専行は、いかなあなたと言えど謹慎どころか破門、いえ最悪の可能性も……」

「いやまぁ、物理的にクビの可能性は高いでしょ。何のための灰の軍勢(グレイホースト)だって話ですしねぇ」

「であれば!」

「苦労をかけっぱなしですいませんが、分かってくださいよぅ。……それにどうせ、君ら全員でかかって来ても、僕は止まりませんしねぇ」

「……確かにそれは、不可能です」


 実力行使について触れると、ガルズは傍目には不思議な程あっさりと引き下がった。

 事実、部下が力尽くで止めようとしたならばアッシャーは彼等全員を天命消尽フェイタリティに追い込んででも押し通り、何食わぬ顔で自らの意志を通すだろう。

 ガルズは自分の上官の人間性がすっかり擦り切れている事を正しく理解していた。

 だから煮え切らない部下達を叱咤し統率すると、宿場町に残した部隊の半分と合流するべく、来た道を引き返すべく指揮を執った。他の神殿騎士達も躊躇ためらいを隠そうとはしなかったが、同時に強く命令に抗弁する様子も見せなかった。

 彼等もまた、アッシャーという信念の怪物をよく理解していたためである。

 別れ際に、ガルズはアッシャーのために短く祈った。


「ご武運を」

「ありがとう」


 短くアッシャーが答えるや否や、ガルズは踵を返して騎士達に宿場町への移動を指示した。

 去って行く同胞を眺めながら、アッシャーは自分の胸を抑えて呟く。


「ここで引き下がったら、何のために今の今まで生き長らえたのか……分からなくなってしまいますから、ねぇ」


 胸に置いた手が鎧の上から縦に身体をなぞる。鎖骨の間から、鳩尾みぞおちの下までを長く、一直線に。

 なぞられた防具の下で、かって自分自身でつけた傷口が密やかにうずく。

 それは父母と姉を自ら看取った痛みの名残。そして彼がアッシャー=ダストとなる前に立てた、全ての深淵を埋め立てる誓いの証だった。


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