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小さな聖女は血に誓う  作者: 功刀 烏近
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八章 これなるは根の国、死者の国(4)

 クゥエルが泉の水を湧かして入れた香草茶は、ヘリテには確かに普段以上に美味しく感じられた。

 水のおかげなのか、ようやく一息つけた安堵によるものかは分からない。分からないが、ヘリテも一度湧かさず飲んでみたい気分にはなった。

 すかさずサウザンの一言が最悪の水を差したのだが。


「ちなみにお嬢ちゃん、ヨモツヘグイって漂流伝承ドリヴンロアは知ってっかー?」

「……冥府の食べ物を口にした結果、冥府に囚われる事になる話でしたか?」

「……死んでも殺すぞ、このド畜生神ちくしょうがみが」

「冗談だよ冗談! ここでオレが祟ってどうする! 本当に安全で美味しい水だから!」


 割と本気の殺気が籠もったクゥエルの恫喝に、流石のサウザンもとっさに尻尾と耳を伏せた。


「まだ緊張が取れてなさそうだから、小粋なジョークで場を和ませたかっただけだっつーに……」

「流石に冗談として品が無さ過ぎて、最悪かなって思います」

「ハイ、サーセンデシタ……」


 笑顔のヘリテによる追撃がサウザンをさらに押しつぶした。あと三回もせば毛皮の敷物になりそうなくらいのぺしゃんこっぷりである。

 ただ、確かに大分ヘリテの気はほぐれた。同時に一眠りするにはもう少し時間が必要だとも感じている。疲れ過ぎると、時にかえって眠れなくなるものだ。

 だからヘリテはサウザンの気安さに少し甘えてみる事にした。

 具体的には、道中の言葉で気になった点について質問してみたのである。


「サウザン、貴方はここが存在する事自体おかしいと仰いました。では、何故【根の国】は存在するのですか?」

「おっと、気にしてたか。いらん事言ったかもしれんが……ま、ようするとこは帳尻合わせさ」

「帳尻……?」


 長いし難しいからあんまり難しく考えずに、子守歌程度のつもりで聞けよと前置きして、サウザンは語り出した。

 およそ殆どの人類が知らない、根の国の由来と現実について。


「この空間が最初に出来たのは【楽園喪失パラダイスロスト】……始まりの創世神が天界から更に高次元へと退去した時に起きた、最初の【滅亡期カリューグ】の時だ。当時の創世神が管理する楽園でしか生存できなかった人類は一度全て死に、荒野あれので生きていける生物として生まれ直した」


 神代の最初期、世界は神々によって直接支配されていた。神々の神々による神々のための世界、それがカーナガルの始まりだったと言われている。そして人は、神が神として存在するために発生した被造物だった。

 神々がより高次の存在として確立されるにつれ、人と神の居場所は天地に分かたれる事になった。理由は神々の存在が世界に優先されてしまうからだ。物理法則が安定しかけても、神々の在り方――不用意な言葉や一挙手一投足があっさりと全てを覆し、余波で世界が書き換えられる。その度に歴史が紡ぎ直され、全てが都合良く生まれ直す。

 このままであれば何時まで経っても、カーナガルは少しばかり流転の穏やかな混沌のままだっただろう。

 世界を安定させるために、神々のより高次への退去が求められた。その最初の範を示したのが創世神だったのだ。それでも、立ち去る際に起きる大波までは防ぎようが無かった。

 秩序の神々の中で、創世神の名前だけは唯一後世に伝わっていない。世界を規定するために秘語エダを生み出した神は、自分の名前だけは表現する言葉を作らなかったと言われている。

 それは世界に自分の痕跡を残す事を嫌ったとも、いずれ人が魔術に手を伸ばす事を予見して、自らに干渉する糸口を与えないためだったとも言われている。


「ここは【楽園喪失】で死の概念と一緒に発生した場所、死の印象イメージの具象化したものだ。といっても当時はもっとずっと小さかったけどな……あー、言っておくが、オレがその頃から生きてる訳じゃねぇぞ? 神格を得るって事はある程度時間を超越するんだ。世界の成り立ちや現状に関する知識は自然と備わるのさ」


 死という命の不可視化は闇と、死体の腐敗と分解は土と相性が良かったから、とサウザンは言った。

 【根の国】の正体は、創世の時代に発生した、神々の退去に伴う世界の歪みの名残であったのだ。

 そしてそれは、本当なら世界の安定と共に消え去るはずのものだった。

 しかしそうはならなかった。ならなかったのである。


「で、今に近いサイズに拡張されたのは二番目の【滅亡期】、【狂月戦役ルナティックレイド】の時だ。創世末期の混乱を越えてある程度平和に回り始めてた世界で、空から混沌ケイオスの侵入を見張ってた月神ヘイレンが退屈さの余り発狂した。挙げ句の果てに奈落の大穴を塞いでいた月を動かして、混沌に揺蕩たゆたっていた生命――悪魔デヴィル共を大量にこの世界に引き込んだせいで起きた大戦争だな。あん時に人間は文明を維持できる限界数を割って、無理矢理にでも増やすか戻すかしか存続する道が無かった」


 創世神の去った後、秩序の神々の頂点と呼ばれる三天神が一柱、月神ヘイレン。

 金月神、あるいは狂月神とも呼ばれる世界最強の戦神にして最も混沌に近しい秩序。彼が秩序にくみするのは、混沌からこの世界に吸い寄せられる大悪魔達との戦いに興じるためとも言われているほどだ。

 【狂月戦役】の責を問われ、現在月は混沌の監視台の他に、ヘイレンを幽閉する牢獄の機能を持たされた。月に浮かんだ幾何学的紋様は牢獄の格子であるとされ、現在の月が【格子月ラティスムーン】と呼ばれる所以でもある。


「だから世界に復活の奇跡が解禁された。蘇生術式、黄泉返りって奴だな。だが、本来は死んだら神々との接点である魂はすぐに天界に還っちまう。還っちまった魂は溶けて消えちまうからもはや元の個には戻らない……まぁそこも結局力尽くでどうにかした訳だが、その際に【根の国】には役割が一つ追加された」


 サウザンの取った間に、クゥエルが察した内容を差し込んだ。


「……なるほど、魂の待機猶予ですか。死後一定期間内の蘇生を成立させるための」

「そういう事。実際にここに退避される必要は無い。魔術として成立するための言い訳、設定……ま、要するに謂われだな。そういう伝承があればより術式が世界の中で成立しやすくなるってこった」


 なんとも乱暴な理論が展開されているように感じて、ヘリテは恐る恐る湧き上がった疑念を口にした。


「……魂が地上に残っていると仮定するだけで、人の復活が可能になる……そんな曖昧な理屈が、許されるのですか……?」

「秩序の弱くて緩い、魔法マギ魔術マジックの成立する世界なんてのはそんなもんだ。まずより上位の階層で在り方が決定されて、下位はその決められた在り方に合わせて成立させられるんだよ。まず滅びが回避されて、辻褄は後から付くもんだ」


 正に神代の傲慢だなーとせせら笑う嗤い犬に、ヘリテはどう答えたものか分からず沈黙する。

 生まれて十数年という若さのヘリテの自意識が、それでもサウザンの口にした内容を理解してしまう事に恐れを抱いた。今サウザンが口にしたのは、それほど恐ろしい話に聞こえたのだ。

 サウザンはお構いなしに説明を続けた。


「だからまぁ、今現在も根の国は混沌に比較的に近い異界でありながら、秩序世界の一部って扱いになってる。だからと言うべきか、一応太陽神以外の秩序の神々の加護は届く場所だぜ。……ソラスの御方おんかただけは駄目だけどな。太陽に照らされるとやわい空間が崩壊しちまう。闇は光には勝てねぇのさ」


 サウザンの口が流暢に回る。それはまるで、何かに長く飢えていた者が渇きを癒やしているようでもあった。


「特に加護を授けてくれるのは闇神ディアルマの旦那と影神ヴェインの兄貴か。ナクトの姐さんは広く全般に加護を撒く分、特別は作らん。ディスクティトラの姐さんは……お堅いってのもあるが、色々立場的なもんがなぁ……」


 サウザンのあけすけな物言いにヘリテは少し戸惑った。

 この犬は、神々をほとんど親戚扱いに語る。

 実際に神格保持者ハイテクストである以上、遠い身内であるには違いないのだろうが。

よく分からないかもしれない蘊蓄というか設定回その2……しかもまだ終わらないという……意味が分からん!という場合はさらっと流していいよ!分かった気でもヨシ!

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