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小さな聖女は血に誓う  作者: 功刀 烏近
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間章二 魔神本尊(1)

 ――此度もまた、時間を少しだけ巻き戻す。


 異変に最初に気付いたのは、疾走する戦列の先頭に立つアッシャーその人だった。

 宿場町の境を突破してから、屍食鬼からの襲撃は一度途絶えた。その間に騎士達はさらに行進速度を早め、最期にヘリテ達を検知した郊外の一点に向かって驀進していた。

 このまま進めば間もなく視認できる、そう思った矢先の出来事だった。 

 視界の隅で霧がおもむろに濃度を増し、渦巻き始めた。ざわり、と戦慄が背筋を走る。

 脳裏に思い浮かべたのは、無機質にこちらを見つめる、巨大な目。

 察知した異様で異質な殺気に対し、術式の強制解除というリスクを認識した上で間髪入れずに叫ぶ。


「散開!」


 同時に自分は突然霧の中から現れた、鋭い鉤爪を生やした腕による一撃を大剣で打ち払う。ここまで一切の勢いを緩めずに屍食鬼達を蹂躙した一太刀は、腕を霧の奥へと弾き飛ばしはしたが切り落とすには至らなかった。

 陣形が乱れると同時に足並みも乱れる。〈イルスの行軍〉の効果は失われ、騎士達は速度を急激に失いその場に足を止めた。


 宿場町の外では徐々に霧は薄れていった、はずだった。

 しかし今騎士団は巨大な霧の壁に閉じ込められている。霧は高速で流動しており、下手に触ると巻き込まれた挙げ句にどうなることか、予測もつかない。

 六人がかりで対抗魔術を仕掛ければ、突破は可能だろう。だが、進むべき街道の中央に陣取る存在がそれを許してくれそうにもなかった。


 それ(・・)に決まった形も様式もない。だが、灰の軍勢(グレイホースト)に所属して、それ(・・)を見分けられないのは入団したての新入り(ニュービー)だけだ。一度でも見れば、悪夢となってでも忘れさせてくれはしない。


 今霧の壁の中心に立つものは、まだ均整が取れている方ではあった。

 花弁のように円形に並んだ、犬に似た獣の頭蓋骨による六頭。

 人に似て、しかし黒い毛皮と鋭い爪を備える黒い腕が二対四本。

 樹皮の禿げきった節だらけの枯れ木のような、ねじくれて凹凸のある黒光りする硬質の胴体。

 これらで構成された上半身を四つん這いに這う熊の首無し死体と繋いだ、悪意と狂気を形にしたが如き異形の姿。

 それ(・・)は、忌まわしき魔術によって生み出された魔獣と悪魔と魔神――『魔』そのものの継ぎ接ぎ。

 邪悪な信仰の具現化した姿。命あるが如く動く邪神の偶像。深淵教団アビサルセクトの象徴にして切り札。それ(・・)を失えば崩壊を免れない、邪宗門の魂。


「……死兵なはずですねぇ。弱小も弱小、木っ端のようなものとはいえ、足止めに教団セクト一つ丸ごとぶつけてくるたぁ」


 アッシャーは苦笑いを深めてそれ(・・)を呼んだ。


「――魔神本尊デーモンイコン!」


 魔神本尊はアッシャーの呼び声に対し、金属やガラスを擦り合わせた音を無数にかき集め押し固めた、混沌として複雑な金切り声で応えた。


 熊の半身が地を蹴って駈け出す。猛然と前に出る。前進の直線上にあるのはアッシャー=ダスト只一人。

 即座に脇を固めるために駆け寄ろうとした他の騎士達を、アッシャーは片手で制した。


前衛フロントは僕一人で十分ですよぅ、君たちは防御と支援に集中」

「アッシャー司祭、しかし!」

「いいからはよ三日月陣クレッセント敷けやァ! そんで合図と同時に仕掛けろ! もたもたしてっと僕が死ぬ……いやぁ、それは多分ないなぁ」


 逡巡した部下達を怒鳴りつけた後、急激にアッシャーの声のトーンが落ちる。

 苦笑いの混じった声で、むしろ力づけるように声をかけた。

 視線は突撃してくる魔神本尊を睨み据えたまま。


「君らは無理すんじゃねぇですよぅ。こんな非正規任務で天命フェイト減らして【滅亡の兆し(プレ・カリューグ)】が来た時に動けないとか、ウチの神殿じゃあ通りませんからねぇ」


 自分から突撃し、大剣をもって打ちかかる。そうして部下から少しでも距離のある位置で接敵、戦端を開いた。

 多くはアッシャーよりも年嵩の騎士達は、それでも副官のガルズによる追加の指示に従ってぶつかり合う一人と一体を扇状に半包囲する形に展開。

 治癒法術と防御結界をアッシャーに重ねがけしながら、じっと彼等の指揮官、騎士団ナイツの悪名高き副団長サブリーダーからの指示を待つ。


 魔神本尊は見た目も千差万別なら、能力もまた一つとして同じものがない。

 全ての魔神本尊が個々の深淵教団による自家製品オーダーメイド一品物ワンオフだからだ。

 アッシャーの目の前の個体はあまり強力なものではなく、それほど奇抜な能力も持っていないようだった。


「おおっ!?」


 魔神本尊が振りかぶった腕の一本が、振り下ろされるまでの間に肘から先を消す。

 ほぼ同時に振り下ろされたのとは逆方向で風切り音を聞いて、とっさに大剣を立てながらアッシャーは頭を下げた。

 衝撃。剣身けんしんを引っ掻いた爪が耳障りな音を立てて頭を引き裂く軌道から逸れていく。防いでも衝撃に転倒しかけるのを堪えて、アッシャーは不安定な体勢から大剣を横殴りに斬り払った。

 熊の前足を狙った一撃を、今度は魔神本尊が跳ねるような動きで避ける。前足が地面を蹴り、その巨体で後足だけで支える姿勢に一瞬だけ移行。次の瞬間頭上に落下してきた大質量の踏みつけを、アッシャーはその場に転がって回避。素早く立ち上がって構えた時には、魔神本尊の消えていた腕は元通りの場所に戻っている。


「……本尊のくせして、地味で鬱陶しい術式使いますねぇ」


 〈霧状転身ガスフォーム〉。街を封鎖した霧にも大きく関わっているのだろう。本来は吸血鬼の十八番おはこである形状変化術式を、一切の詠唱も溜めも無くこの魔神本尊は操ってきた。

 これでも奇抜ではない。が、こうも精密かつ高速、連続で使用されると実戦における有効性は侮れない。何より対策が後手に回りがちだ。範囲系の攻撃術式が有効そうではあるが、霧の壁による閉鎖空間では味方を巻き込みかねない。

 本職の魔術士であるガルズならその辺は器用に制御しそうだが、今度は出力が足りないだろう。今は丁度攻撃対象がアッシャーに集中しているところである。あまり目移りして欲しくはない。

 

「こっちゃあ一分一秒が惜しいんですけどねぇ……」


 何合なんごうかの攻防をて、戦況はアッシャーの防戦に傾きつつあった。

 魔神本尊の手数と何より予測のしづらさが脅威なのだ。

 四方八方から襲いかかる腕と、足元を払いにくる熊の前足。〈霧状転身〉以外は徹底した肉弾戦という戦法は爆発力こそ無いものの、一方的に強みを押しつけてくるという点では厄介だった。

 爆発力は無いとは言ったが、振り回す手足の膂力は並の人族なら当然のように一撃で挽肉に変え得るものである。腕はなんとか捌けるが、それも先読みして避けられるようなものではない。前足はまだ避けやすい代わりに、直撃すれば鎧ごとアッシャーの下肢をもぎ取りかねない。

 元々アッシャーは突進力こそあれど、機動力は無い。足捌きでかき回すような器用な戦い方は不得意なのだ。

 それでも狭い隙間に差し込むような反撃を混ぜてはいるが、ここで魔神本尊の予想以上の堅牢さが露わになった。

 まずそもそもの問題として、大きい。下半身だけで人より二回りは大きい熊である。その首が本来ある場所からさらに巨大な胴体が生えているのだ。四つん這いの状態でも背丈は人の二倍近い。動きながら頭部を狙うのはほぼ無理だった。

 さらに胴体が見た目以上に硬い。角度が甘いと大剣ですら弾かれる。四肢は飛び回る上に神出鬼没である。狙うだけ虚しいと言わざるを得ない。

 おまけに、まだ手の内を隠している可能性もある。考えたくはないが、〈霧状転身〉は本来防御にも使用できるのだ。渾身の一撃を霧になってかわされれば、馬鹿でかい隙を晒して流石にそこで一巻の終わりだろう。


「ああもう、埒が明かないってんでしょうが!」


 だから、終わらせる事にした。

 アッシャーが不意に大剣を大上段に振りかぶる。手詰まりにじれて自棄になったとしか思えない、隙だらけの構え。

 周囲の騎士達の動揺をよそに、ここぞとばかりに魔神本尊の手足がアッシャーに殺到する。

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