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小さな聖女は血に誓う  作者: 功刀 烏近
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七章 其の鳴き声、人の嗤うに似て(6)

「やれやれ、なんだってんだよ全く。街に着いた後にこれってのは、流石に見通せるはずがねぇよ……」


 遮光器を外した目で馬車の幌の中から霧の海に沈んだ通りを眺めながら、ハギルはぼやいた。

 ついさっきまではすぐ傍に見えていた酒場の店先のランタンも、今は見えなくなっていた。灯りが見えないのではなく、急遽きゅうきょ店仕舞いしたから消したのだろう。


「そりゃそうだ。こんな時に客が来るわけもなし、来たら来たでろくなもんじゃねぇ……」


 顔も知らぬ店主の判断にハギルも溜息混じりに同意する。

 状況は山道で出会したものよりもなお悪い。霧の濃さもさることながら、質がそもそも

まるで違う。まるで日傘と暗幕だ。これほどの魔力のこもった白霧はくむの前では、ハギル程度の魔眼は太刀打ちできない。普通の目よりほんの少し遠くが見える、程度のものだった。

 それでもこういう時にこそ馬鹿な火事場泥棒も出るもので、家族を宿の一室に押し込んだ後ハギルは殆ど全財産とも言うべき馬車を見張るため、気休め程度に術式仕込みのされた棍棒片手に幌に隠れて頑張っていた。

 父母も妻も命あっての物種だとは言ったが、馬車を失えば全員まとめて飢え死にだって有り得なくはない。

 ただ、無論ハギルにも勝算はあった。この状況は長くは続かないと踏んでいたのだ。長くて一晩凌ぎきればいい。魔術による霧は煙幕としては強力だが、逆に魔術的要素が濃すぎるせいで山道の霧よりも不自然さが強い。不自然さが強いという事は、存在し続ける事に無理があるということだ。太陽の光の下では長く持つ類いのものでないのは、邪視者としての経験的に分かっていた。

 だからちょっとばかり気の迷いを起こした不埒者さえ一時的に追い払えれば事足りる。そう判断しての事だったのだ。

 霧の侵入自体に対しては、街中に張り巡らされた防御術式をどうやって掻い潜ったのか疑問は残ったが、同時に無い話ではない事も理解はできる。

 人間の側の不備も、人間の完璧を鼻歌交じりに凌駕する超常の存在も、世界中にありふれた話でしかない。

 吸って即死するような気体状の呪詛じゃないだけ幸運とも言える。流石にそんなもの、最近はよほどの辺境でなければ噂にもならないが。

 ただ一つ。完全な誤算もあった。


「ドンパチが始まるってのは、なぁ……頼むぞ、【滅亡の兆し(プレ・カリューグ)】だけは勘弁してくれ……!」


 霧の中で、朧気ではあるが戦闘が起きている気配があった。方向は宿場町の中央、集落内でもっとも広い空間がある場所だ。

 獣じみた悲鳴、得物をぶつけ合わせる剣戟の音、走り回る金属的な足音。

 どれも視覚ではなく聴覚であり、幾重にも薄布の仕切りを隔てたような不明瞭さだったが、ハギルには錯覚とは思えなかった。

 恐ろしいのは、こんな不明瞭な視界で戦いらしい戦いが出来るような戦闘集団が、田舎の宿場町に二つ以上存在している事だ。一つだけが襲来して一方的に蹂躙していくという話の方が――蹂躙される側としてはたまったものではないが――まだ分かる。

 二つ以上の武装勢力が衝突するなら、それはもう戦争だ。敵も味方も関係なく、ただそこに居るというだけで何時でも死ぬ理由になりえるのが戦場キリングフィールドだ。

 一商人であり愛し養うべき家族を有するハギルとしては、絶対に近づきたくない環境だった。


(ナクトよ、願わくは平穏を。安らかなる眠りの内に嵐を過ごさせたまえ……)


 こうなってしまえばもうハギルに出来るのは、ただ何も見えない(・・・・)事を祈りながら、震えて夜明けを待つことだけだった。


なんか今日は間章みたいな内容ですが、七章が終わってないのでちょっと場面が転換しただけです。だけったらだけです。

もう一つ追加更新しますがそっちも実質間章でございます。さらっといっちゃってください(謎)

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