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小さな聖女は血に誓う  作者: 功刀 烏近
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六章 日陰がこよる縁と禍(12)

 冒涜的な人獣にんじゅうの名残は、霧と共に空中に溶けるように晴れていった。

 完全に危機が去った事を確認したクゥエルが、背中に庇っていたヘリテの方を振り向いた。

 未だ地面にへたり込んでいたヘリテは、瞬く間の逆転劇に理解が追いつかず、クゥエルを見上げている。

 視線と視線が絡み合い、すぐに離れた。

 視線を先に逸らしたのは執事の方だった。何故かその顔には、屍食鬼との相対の間にも浮かんでいなかった、珠のような汗すら見える。


「……お嬢様、後生ですので忘れていただけますか。他意はありません、育ちの悪さがにじみ出ただけなのでございます」


 クゥエルが視線を外したまま、やけに早口にぎこちない弁解を始めた。

 だがヘリテには一体何を謝っているのかまるで容量を得ない。

 しばらく聞いてから、ヘリテも含まれる言葉『永命者(イモータル)』を罵倒に用いた事を詫びている事に気付く。

 今更そんな事を、と思いつつも、同時に何とも言えぬクゥエルらしさにヘリテは思わず吹き出してしまった。

 その上で、無表情のままに気まずそうな気配を発散し続ける執事に、思った事を正直に告げた。


「屋敷では、随分と大きな猫を被っていたようですね、クゥエルは」

「……お恥ずかしながら」


 ヘリテはふと、屍食鬼が土に染みこむように消失した場所に目をやった。

 凍り付いた草木は、いつの間にかその霜を溶かして黒々と濡れている。無論無事なはずはない。季節外れの寒波にやられたこの周辺は、しばらくは枯れて朽ちた後の土しかない眺めになるだろう。

 屍食鬼達は邪悪な存在だった。少なくとも力無き人間にとっては。

 だがそれは、ヘリテもまた同じなのではないだろうか。

 クゥエルは自分の身を守れた。だがもし居合わせたのが只人なら、ヘリテの凍気に巻き込まれれば間違いなく死んでいただろう。

 むしろ自分の力を自覚も制御も出来ていない分、ヘリテの方が危険ですらあるかもしれなかった。

 

「お嬢様」


 気がつけば物思いに沈んでいたヘリテに、クゥエルがどこか神妙な表情を向けていた。


「申し訳ございません。私にはあれらを殺さずに止める術はありませんでした。手段についても、感情的な理由……も皆無ではございませんが……何より、確実に行動不能にするための確信を求めた結果でございます」


 クゥエルは、ヘリテの沈黙を屍食鬼達の無残な死に方に期するものと思っていた。

 ヘリテにも、確かにその気持ちは無いではない。

 だが、どうすればより正しかったかの答えも持ち得なかった。


「慢心を突く事に成功すればこそ、正面切っての戦闘になっていれば勝つ公算はほぼありませんでした。数の不利を含めて……」

「いいんです、クゥエル」


 だからヘリテはクゥエルの謝罪を制止した。

 少なくともヘリテにクゥエルを責める気持ちは無く、また責める資格も無いと考えたから。


「ありがとう、貴方のおかげで助かりました。私も、ハギルさん達も」

「……そのお言葉、光栄の極みにございます」


 感謝の言葉を素直に受け入れ、胸に手を当てて腰を折るクゥエル。

 ここでようやく、ヘリテは自分にとっての一大事を思い出す。


「クゥエル、先ほどの話ですが……」

「はい。影神の名にかけて真実でございます。ご心配であれば、すぐに戻ってお会いになればよろしいかと。……ただ、急いだ方がいいかもしれません」


 クゥエルは懸念の理由を説明する。


「霧の発生源が消滅しましたので、まもなく日が差します。日没まではまだ間がございますので」


 屍食鬼達がおそらくは自分達と、あるいはヘリテの行動の自由のために霧を生み出していたというクゥエルの推測を聞いて、ヘリテは少し考えた後、念を押すように尋ねた。


「……クゥエル、ハギルさんとご家族は、皆様無事だったんですね?」

「はい。今のところ屍食鬼の後続もありません。私の知覚する限りでは全員無傷です」

「分かりました……霧が晴れるのであれば、ここであの人達とは分かれましょう」

「よろしいのですか?」


 クゥエルの確認、というよりは気遣いに、ヘリテは意を込めて頷く。


「はい。……もう、十分です」


 十分な覚悟をしたつもりで口にした言葉が、思っていた以上にヘリテ自身の胸を深く刺した。

 幻の痛みと共に、少年の笑顔が頭に浮かぶ。

 そして最期に見た、荷台の床に倒れ伏す姿を。

 痛ましい姿を最期の思い出にする事に、自分は耐えられるか。

 しばらく悩んで、再び会う事を想像して、また悩んで、迷って。

 ヘリテはようやく結論を出した。

 

「あの、すいません、やっぱり……離れた所から一目だけ、見て来てもいいですか?」


 この別れ方は、やっぱり無理だと。

 せめて無事な姿をこの目に焼き付けなくては、きっと夢に見るくらいには気にし続けるだろうから、と。


「御意のままに、我が主」


 執事には、最初から分かっていたのだろう。

 平然と受諾するクゥエルの顔には、かすかな安堵の微笑みがあった。


ありがとうございました。次回更新予定は8/10(木)22:00です。

……いやはや、想定以上に伸びました。ですがこれにて六章は終い、次回から七章に入ります。

ゆうて六章ほどは伸びません……わりとサクッと終わる……はず……?

後、出てくる胡乱な単語は多くが私の造語なのでそのつもりで御願いします!(何)

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