てんやわんや
「だ、れ」
鏡を見て呟く。もちろん分かっている、私だ。
けれども、真っ白で絹のようだと褒められてきた私の肌は、褐色に染まっていた。髪は白のままだ。少し濃くなった自分の赤い瞳を見つめる。
「むー、ん」
(エキゾチックだな。こっちの方がいいかも)
これもこれで乙だ。
それにしてもいつからだろう。
異世界転移の影響か、汚い泥に浸かっていたせいか、それとも領域の主が倒された場に居たからか。
モンスターが倒されると、その場にいる生命体に『想念』とよばれる力が取り込まれる。そうマルシェが教えてくれた。
人間などの生命は、取り込んだ『負の想念』を『正の想念』に変換して、自分を強化するらしい。キャパオーバーの場合死んじゃうこともあるんだとか。
(他の2人は見た目変わってないしなぁ。マツリが白くなったのは、領域が破壊されたからでしょ。私の許容量が小さかったとか…?)
疑問は晴れないが、鏡から離れ、フカフカの大きなベッドに飛び込む。キングサイズはありそうだ。傍らの煌びやかなベビーベッドでは、マツリがとぐろを巻いて眠っている。
大きな窓からは、広々とした訓練場を見下ろせた。
遠方にはレンガの屋根や石造りの尖った塔。そんな古典的な美しさを醸し出す街並みが、目の前に広がる。最上階はたまらんな。
ここは第一帝国軍兵舎、別名セレスファリア城。
第一帝国軍とは昔から繋がりの深い存在、『巫女』。その所属先である教会が、その権勢の最盛期に建ててプレゼントしたものらしい。
『教会』と言えばふつう、帝国も含め世界中に広がる、ファテロン―通称教国―の教会のことだ。
けれども、この場所での教会とは、この国特有の組織『帝国教会』のことだ。
さっきまで居た災害領域との環境のちがいっぷりに、うっとりとする。もしかしたら施設にいた時よりも待遇が良いかも知れない。
トントン、トン
ニマニマしていると、ノックの音がする。
「あー、い」
あくびをしながら返事をした。
ドアが開き、エメラルドグリーンの髪が目に入る。彼女はドアを後ろ手に閉めると、悪戯っ子のような表情をして、
「お邪魔しちゃったかな?でもリラックスして貰えて良かったよ」
ルシエド=セレスファリア。
男性用の神官服を着込んで、中性的な容姿をしているが、女性だ。ネギのようなカラーリングの神官服が、髪色によく合っている。
彼女は私の隣に座る。
そのまま私の方を向かず、前を向いたまま口を開いた。
「やっぱり凱旋パレードに参加するのは難しいんだって。君の功績は、おおっぴらにはできないらしいんだ」
彼女はこちらを向いて、話を続ける。
「でも、君は帝国の恩人さんだからね。明日は僕が、それよりも楽しいデートコースを考えておくよ。ごめんね、隠してもらうことになって……」
出自不明の少女を、国を救った立役者として宣言するのは、外交的にも内政的にもやはり良くないらしい。まあ、大通りでやる華やかなパレードに参加しろと言われても、普通に困るが。
ルシエドの横顔を見る。彫刻のようにハッキリしたパーツが、繊細に配置されている。その顔で物憂げな表情をされると、少しドキリとしてしまった。
(神輿にもってこいの外見だな…)
あの付き合いづらそうなブレアとタッグを組まされていることに同情する。じっと見つめていると、少し顔を赤くしてまた口を開く。
「今日の、昼ご飯も、夜ご飯も、美味しいものを用意して僕が持ってくるよ……」
やけに親切だ。
思えば出会った時からそうだった。
すっかり綺麗になった洞窟を出ると。軍人達の歓声に包まれた。
かと思えば他のメンバーについて聞かれ、すぐに場が大荒れ。
それが治まると、私はマルシェと同じ馬車に乗った。ちなみにブレアは、魔導車とかいうのに乗り込んでいた。
それから2、3時間程だろうか。尻から伝わってくる感触が、大地から石畳のものに変わる。少し経って、この城の門に到着、そこで降りた。
これからどうしようかと思ったが、マルシェは私の貢献に報う必要があると考えていて、ブレアは色々知ってしまった私を監視したいらしい。
そんな訳で、この城に暫く軟禁される事になった。
初めに通された部屋はそこそこのホテルといった雰囲気だったが、ドタバタと音を立てて突入してきたルシエドは、私を見てピシリと一瞬硬直すると、しきりに頭を下げてきた。
色々と捲し立てるのに頷いていると、あれよあれよという間に最上階の部屋にご案内。
今の話によると、明日はパレードには参加せず、自ら接待してくれるらしいし。いたれりつくせりだと思う。
ルシエドは私の左手があった空間を見つめている。悲しそうだ。そういえばまともに返事をしていなかったな。
「あり、が、とう」
彼女は少し驚いて、嬉しそうに大きな目を細めると、
「全っ然。これ以上の事を君はやってくれたんだし、何より……」
「なに?」
意味深な間を空けてきたので、問いかける。彼女は両手で目の部分を覆いながら、
「恥ずかしいな。こういうのは初めてで……」
私は推理しようとする。
男装の巫女。政治の為の神輿扱いをされている。スラムの人間ということになっている私にも、かなり優しい。
馬車の中で聞いた、マルシェの話が頭をよぎる。
「わかっ、た」
「え!?」
ルシエドは不意打ちだったのか、勢いよくこちらを振り向く。私は神官服を指差して、
「その、かっ、こう」
自分の顔を指差して、
「やさ、しす、ぎ」
彼女の顔色が悪くなる。
わかるよ。そういう感情ってバレたら恥ずかしいよね。否定されたら怖いし。そこで間髪入れずに、
「いい、よ」
彼女の目を捉えて、しっかりと肯定する。
ルシエドの白かった顔がどんどん赤くなって行く。しばらく私と目を合わせたり、外したりを繰り返してから、
「……え。僕、ドン引きされると思ってたんだけど。もしかして君も!?」
ハッとした彼女は、期待した表情でこちらを見てくる。
そう。私も友達は少ない。昔からの友達は死んじゃったし。緩めにカウントしても、今はマツリとマルシェの2人だけだ。寂しいよね。
「うん」
うなずいて、両手を広げる。
ルシエドは暫く停止していたが、少しニヤけながら、恐る恐る抱きついてきた。背中をポンポンと叩いて言う。
「これ、で、とも、だち」
「嬉しいよ。友達だなんて……え?」
友達が出来たことをまだ信じられないのか、困惑した様子だ。
「もう、さびし、く、ない!」
「………」
「つら、かっ、た、ね」
黙り込んでしまった彼女の頭を撫でた。そして、ゆっくり体を離そうとする。
しかし、彼女は腕に力を込めると、少し疲れたような声で、
「……今、顔見られたくないかな」
「わかっ、た」
感涙むせび泣きをかましているのかもしれない。神輿な分、容姿にもこだわりがあるんだろう。
いや、私もコミュたつになったもんだ…。あの子に見てもらいたかったな。
そっと抱きしめ直すと、耳元からハァ…と悩まし気なため息が聞こえた。
「そりゃそうか。まあ、これはこれで……」
彼女が何か言うのを聞きながら、ぼんやりとする。
▲
▲
▲
▲
▲
寝息が聞こえてきたので、ルシエドの腕を解き、ベッドに横たわらせると、布団を掛けた。
なかなか離してくれなかった。途中から息遣いが荒かったし、よっぽど友情に飢えていたらしい。
時計を見る。地球と同じようなアナログ時計が、正午を示していた。文化が違うかもしれないが、恐らくお昼時だろう。少なくとも私のお腹がそう言っている。
1人で部屋を抜け出す。マツリは寝ていた。果物とかもついでに持ってきてあげよう。
廊下を歩きながら思う。
明日の観光が楽しみだ。食べ歩きもしたいけど、多分今日食べるご飯の方が美味しいだろう。いや、比べるもんでもないか。
テクテクと歩き続ける。
なにやら異常にムズムズする左手首の切断面を右手で抑えた。
魔法で綺麗な見た目になったそこが、妙に熱を持っている。
そこを摩りながら歩く。最上階には人気が殆ど無い。食堂はやっぱり一階かな。
階段を探すことにしよう。……あった。
螺旋階段の吹き抜けから下を見下ろす。
今の身体性能なら落ちても平気かな。少し悩んだが、結局チャレンジはやめて、普通に降りて行く。
そういえば、タイショウくんのせいで異世界にきて、かなり恨んでたけど、一ミリくらいは感謝しても良いかな。人生結果オーライ。
ゲームとギフトについてもよく分からないけど、なんとかなってるし。
(友達が1匹と2人出来たしなあ)
心の重荷を下ろすと同時に気づく、階段はここで終わりだ。やっと一階か。
ほのかに食料の匂いがする。少し歩いて、ワインの樽や、大きな紙袋に溢れるほど詰められた果物、吊るされた干し肉などが見える部屋がある。
思ってたのと違うけど、これでいいか。
その部屋に入ろうとして、後ろからかすかな話し声が聞こえた。思わず、部屋の中に飛び込む。
なにか危機感を感じた。果物の中に隠れていると、誰かが部屋に入ってくる。茶色のズボンと黒のズボン。そこだけでは判別出来ないが、足音からして2人とも男性だろう。
「地下三階まで来る必要あったんですか。味方しかいないじゃないですか、ここ」
一階を通り過ぎてたのか。
呆れたような中年男性の声。パッとしない声質だ。ボーッとしてた事を反省していると、
「念には念を…………だ」
しゃがれ声が答える。明らかにブレアだ。不自然な沈黙があったけど、何だろう。
「領域を破壊した以上、マルシェは居ても邪魔なだけだ。貴族派がつけ込む隙になりうる」
ブレアは太いため息を吐くと、さっきよりも大きな声でそう言った。
密談ならもっとボリューム下げた方が良く無いか。私にわざと聞かせる為とかならゾッとするが、老いぼれだしそんな頭脳戦を仕掛けては来ないだろう。
「………そーすか。それにしても、信じられないっすけどね。『骨吐き洞窟』が無くなったなんて。じっちゃんのじっちゃんの時から、派兵しては全滅の繰り返しだったじゃないですか」
マツリには言っていないが、彼女が善意でやっていた死体の骨だけを入り口に並べるという行為。これは、かなりの逆効果だったらしい。
そもそも誰の骨かわからない。
邪魔になるくらいに溜まったら、魔法で一気に処理する。その後突入して死んだ人が、骨になって返ってくる。
そんな繰り返しが、『骨吐き洞窟』という悪名に繋がったらしい。…すれ違いとは悲しいものだ。
意識が逸れた。
マルシェを殺すということか?とても出来そうに思えないが。
もう一度、聞き耳を立てる。
「…そも…も…根回し……て……後は…………高…魔道兵…どう……まい………だ」
ボーッとしてるうちに部屋から出ていたらしい、遠くから途切れ途切れにブレアの声が聞こえた。続く会話に耳を傾けながら、ゆっくりと部屋から身を乗り出す。
更に耳を澄まそうとすると、
「クソ!それで……アンタの正義は全部押し付けなんだよ!!マルシェ少将の方がよっぽど」
パァァン
発砲音。
ゆっくりと後退りする。少し経って、コツコツと足音。階段を登る音が遠くなっていく。それから頭の中で5分数えた。誰も来ない。
スゥッ……ハァーー
プレッシャーで張った肺を緩めるように、深く呼吸した。
部屋を出て歩いていくと、突き当たりだ。
その左手の通路に男性が倒れていた。胸元に穴が開き、血に濡れた黒の軍服。丸眼鏡がかかったままだ。階級章を見るが、自分にはよく分からない。 暫く観察して、息を吐く。
そして、立ちあがろうとする。後頭部に強い衝撃。まだ耐えられる。振り向きざまに右拳を振り抜く。何かに掠った。左拳はもう存在しない。
もう一度右拳を振りかぶろうとして、膝から力が抜ける。
ボゴッ
横っ面を殴られた。顎に掠ったのか、脳が揺れる。今度は耐えられそうもなく、私は意識を手放した。




