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壊れた世界を今日もゆく!  作者: テキサス
序章『骨吐き洞窟と人喰い蛇』
8/25

once upon a time

序章の前日譚です。


 その蛇は生まれた時から、茶色の群れの中で一際目立つ、真っ白な体を持っていた。


 「なんでわたしだけ…」


 物心ついてからずっと、彼女にはそれが不思議だった。そしてある日、周囲との違いに悩みながら水飲み場から戻った彼女は、もぬけの殻となった住処を目にする。


 「そんな…」


 やっぱり嫌われていたのか、と思い彼女は愕然とした。しかし、話はもっとシンプルだった。


 群れは引っ越しただけだった。


 他の蛇達の知能では、外見の大きく違う彼女を、群れのメンバーと見做せて居なかったのだ。

 せいぜいよく見る景色の一つと言ったところ。

 色が全く異なり、成長した事で、周りより2回り3回りも大きくなっていた彼女は、もはや同じ種には見えなかった。


 (もっと話せてればな…)  


 そんな彼女の『想い』は届いた。念話をはじめ、多様な魔法を使えるようになった彼女は、多くの仲間を作ることになる。






 魔獣、という存在がある。主に突然変異で生まれる、魔力や特殊な力をもつ生き物のことだ。

 モンスターと誤解されがちだが、その在り方は正反対である。


 曰く、魔獣は強い『正の想念』によって、予め定められた筈の規格を大きく超えた存在。モンスターは強い『負の想念』によって、同じことを達成した存在。


 人間でいう魔法使いも、魔獣の一種と見做すことが出来るだろう。


 彼女は蛇であった。白く、大きな体を持ち、様々な魔法を使うことのできる蛇であった。


 (さびしい…)


 仲間を失って悲嘆に暮れた彼女は、あてもなく彷徨っていた。


 すると、とある洞窟にたどり着く。

 入り口部分は狭かったが、中は入り組んでいて、大小様々な空間がある。居住に適した造りは、古代の魔法使いが加工したせいかもしれない。


 しばらくそこで休んだ後、彼女は仲間を募る事にした。


 「こっちに良い場所があるんですよ!」


 意思ある存在と言葉を交わすことが出来るという、彼女が使える魔法の一つは、大いに役に立った。


 迫害された動物。住処に困った虫。迷子の魚。

 様々な動物を誘っては洞窟に招き、居住環境を良くするために自ら東奔西走して物資を集める。

 そんな彼女を見た新しい仲間達も、自分達の大切な家を改善しようと、熱心に手伝った。


 古今東西から様々な生き物が集まり、彼女は洞窟の主として愛され始めていた。



 そのころ、仲間の一匹が慌てて報告しに来る。見慣れない風貌の大怪我をした人間が、洞窟近くの森に転がっていたと。


 困った人間を助けた経験はあったが、それは森の中にある集落の人間に限られていた。


 目の前で意識を失って倒れている男の風貌は、その人間たちとは非常に異なる。

 浅黒い肌に黒髪。童顔で中肉中背だが鋼のように引き締まった肉体。彼女はとりあえず、洞窟で治療を施す事にした。


 目を覚ました彼は、テノチティトランという場所から来たと言い、自らを『鷲の戦士』と名乗った。


 鷲の戦士はとても強かった。

 すぐに回復した彼は、近くの森のモンスターを一掃してくれた。


 遠くの敵には、卓越した身体能力で木々の間を跳ね回りながら、体から刃を放つ。近くの敵には、瞬時に接近すると、体から生やした刃で斬りつける。不思議な戦い方だと、洞窟内にもファンが沢山出来た。


 彼はモンスターの素材を気前良く分け与えると、引き止める彼女達を振り切って、洞窟を出て行ってしまった。







 それから更に10年ほど経った、とある小国でのこと。


 夫婦が仲睦まじく暮らすとある家庭に、待望の息子が産まれる。両親は彼に『グラート』と名付け、大切に育てた。


 すくすくと育ったグラートだが、成長するにつれて奇行が目立つようになる。

 家の庭に腐りかけの犬の死体を放置したり、綺麗な石を見つけるとすぐ口に含んだり。


 何年か経って、息子の部屋から酷い異臭がするようになった。両親を見つけると視線をずらし、何かを我慢するように、自分の頭を殴りつける。


 エスカレートしていく奇行に不安を抱いた両親は、彼を教会に連れていく事にした。13歳になった彼の状態を『鑑定』してもらう為だ。


 「……大丈夫かしら?」


 「きっと大丈夫さ」


 快活だった表情は鳴りを潜め、やつれた様子の女性。その肩を大柄な男性が抱きながら言う。指には農作業でできた、ゴツゴツとしたタコが見える。


 2人の前に立って、所在なさげに俯いている少年がグラートだ。少年とは言うが、その身長は既に父親を超え、2メートルに達していた。


 少年に向かい合うようにして立つ神父が、口を開く。


 


 「……息子さんに病気や呪いといった異常は見られませんね。ただ、これは…」


 神父はもったいぶったように溜めると、続きを伝える。


 「彼は、ギフト持ちですよ。これはかなり凄いことです」


 「ギフト?」


 少年の父が聞き返す。


 「神に与えられた特殊な才能のようなものです。この国ではあまり知られていないかも知れませんが。大教国でも珍しく、ギフト持ちは即、高官採用といった噂もあるくらいで…」


 「はぁ。どういうギフトなんです。うちの息子のは」


 父親の質問に、神官は暫く口籠った。言い辛そうに口を開く。


 「えーと、それが、私には『暴食』と見えます」







 晩御飯のテーブルには沢山の食事が並んでいた。生活はあまり楽ではない筈だが、両親にも思うところがあったのだろう。


 「気が付かなくてごめんね。今日はいっぱい食べて」


 母親が気遣わしげに少年に語りかける。少年は神官の話を聞いてからというもの、ずっと俯いていた。


 「遠慮しなくてもいいのよ」


 少年はまだ俯いている。


 「おい。大丈夫か」


 父親が食卓越しに少年の顔を伺おうとすると、顔を上げた少年と目が合う。目つきがおかしい。

 心配になった父親が、更に顔を近づけようとすると、


 「だべ、だい」


 その表情は、堪え難い事実に直面したというよりも、免罪符を得た悦びのようで。


 2人の影が重なった。







 歩く。涎が垂れる。

 楽しみだ。青年は未来の食事風景を想像して、自分の口元がだらしなく歪むのを感じた。


 多種多様なご飯がよりどりみどりな夢の洞窟。


 両親を食べた後、国中のご飯を食べた。

 すっかり慣れてしまった今とは違い、死にかけた。けれど、強いご飯を優先的に食べるようにしてからは、随分と楽になった。


 自分は食べた相手の特徴や能力を引き継ぐらしい。すっかり異形になった我が身を思う。背丈は8メートル程にもなり、下半身には獣の毛が少し生えている。


 大きく肉が裂けつつある首元の前に、青年は掌を突き出すと、力を込める。真っ白な刃が射出された。3日前のご飯からのプレゼント。


 ただし、一番のプレゼントはこれから貰う。 


『鷲の男』と名乗っていたご飯の記憶を引き出す。それを頼りに、蔦で覆われたダミーの壁を見つけた。引き裂くと、洞窟の入り口が姿を現す。胸を躍らせながら踏み込む。


 少し歩くと、慌てたような様子で、二足歩行のウサギが走ってきた。赤い蝶ネクタイを付け、黒いスーツを着込んでいる。


 「お客さん、困りますよ、今の入り口はそこじゃあ」


 喋れる生き物はここでは重用される。くたびれた様子だったウサギの耳を指で掴むと、頭を押さえて一気に引き抜く。


 「…ッッギャァァアア!!!いだいっ、痛い」


 引き抜いたそれをコリコリと奥歯で甘噛みする。少量でも舌に残る、クセのある味わい。想像以上にジューシーだ。

 

 「…あ。いだだぎまず」


 ゴクン、と呑み込むと、青年は手を合わせた。そして、大きな体でお辞儀をする。足元で頭を抱えてのたうちまわるウサギに、その手を伸ばした。







 体が温かい光に包まれている。


 こんな感覚は、いつぶりだろう。もはや意識は石や木のレベルまで擦り切れ、辛うじて残った責任感のみで、領域の影響を押し留めていた。


 (やっと……解放される)


 あの日、異形の巨人がやってきて、私達の幸せは全て壊された。殆どの仲間はその場で食べられてしまった。辛うじて生き延びた私は、絶望に染まりそうな心を奮い立たせ、巨人の邪魔をし続けた。


 (やっと、みんなに会えるのかな)


 お疲れって言ってくれるかな。無理したことを怒られるかな。それとも恨まれてしまっているだろうか。 


 みんなの事をゆっくり振り返れるのも久しぶりだと思いながら、失われていく権能を使い、洞窟の様子を伺う。


 噴水の近くで、私の娘が人間の女の子に抱きしめられていた。白い髪に褐色の肌。幼いのに、冷たく整った容姿だ。


 (でも、きっと優しい子なんだろうな)


 少女は無表情のまま、私の娘を抱きしめ続けていた。左手は失われていて、とても痛いだろうに。


 (あの子たちに、幸いあれ!)


 存在が塵と消える瞬間、とびっきりの『想い』をその願いに籠めた。




 

次から帝国編です。



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