トールハンマー
空中で体勢を整えて、着地。
巨人は全身を、マルシェは肩から下を氷漬けにされていた。彼女が暴れる度にヒビが入るものの、ノアが手をかざすと修復される。
いつのまにか、アーノルドが刀を抜いて前を走っていた。向かう先は巨人ではなくマルシェ。何か不味い気がする。マルシェを殺させてはダメだと直感が叫ぶ。
踏み込む。
爆発的加速にバランスを崩しそうになるが、なんとか体を操作する。この身体性能にも慣れてきた。追いつけそうだ。
背中に差した骨槍を抜き、アーノルドに突き刺そうとする。が、躱される。後ろに目でもついてんのか。振り向きざまに振るわれた一刀をしゃがんで回避、できない!骨槍で弾いて軌道をずらした。
続けざまに振るわれた刀に、受け流すようにして骨槍を当てる。しかし、吸い付くような刀捌きで骨槍が巻き上げられた。
とても綺麗な技だけど、
「や、ば」
まずい。
そのまま首を刈りに来た軌道から上半身を逃がして、左手にピリッとした感覚。
手首から先が宙に浮いている。ちょうどアーノルドの眼前だ、視界を塞いでいる。
今だ。重心を前に戻した。相手はまだ刀を振り切った体勢。踏み込んで、さらに加速する。
首元、防具の隙間目がけて、左手の突き出た骨を捩じ込んだ。
「し、ねぇ!」
鮮血が噴き出る。
刀が来る前に胴体を蹴り飛ばして距離を取る。
破裂音がした。アーノルドの胸元を岩石が抉るのが見える。
振り向くとマルシェが氷から出ている。
眼鏡はなく、頭から血が出ていた。表情はストンと抜け落ちている。かなりキレてるな。
ノアを見ると、杖を掲げて、空中から注がれる水を浴びていた。傍らに衣服の燃えカス。ブレアが良い仕事したか。
ブゴォォォォォオッ!!!!
ゾウの鳴き声と排水溝の音が混ざったような、不快な叫び。巨人は氷から抜け出すと体を反らして雄叫びを上げた。
巨人の体がブレる。
必死に目で追いかける。サイドステップで蹴りを交わそうとして、飛蝗のような脚が掠った。
弾き飛ばされ視界がグルグルと回転する。派手だがダメージは少し。回る視界の中で、くの字になって吹き飛ばされたノアの姿が見えた。
壁にぶつかる。
ガツンッ!!
「ぐぇ」
運が悪い。柔らかいタイプの壁じゃなかった。
頭を押さえながら立ち上がると、体の半分を欠損した巨人の姿が目に入る。人間部分は無事だ。
それに対峙するのはマルシェ。その周りを帯電した、巨大な岩の竜が浮いている。自分が喰らった魔法のマネだろうか。
(凄いけど、でも…)
肩で息を切らすマルシェの前で、巨人はその身体をスムーズに再生し終えた。
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(ジリ貧だ…)
かなり時間が経った。
マルシェとブレアはまだ巨人と戦っている。アーノルドとノアは倒れたままだ。死んだのかもしれない。
ブレアを見る。彼の魔法はあまり巨人に効かないので、後方支援に徹していた。
そして、巨人の体から射出された刃を銀の棒で弾くブレア。弾く度にポッケの膨らみが小さく震えていることから、マツリも無事だと分かる。
(どうしようか)
マルシェは何度も大技を放とうとしていた。しかし、視界が悪くて目標が定まらないらしい。毎回それを中断している。
結局、小技で巨人を削るものの、すぐに再生されるという繰り返しだ。今もマルシェは岩石大砲で、巨人の胴体を撃ち抜いた。
人間部分は露骨な弱点だが、どうにも攻撃が当たらない。再生していく巨体から視線を切ると、マルシェはブレアの方を一瞬見て、次いで私と目が合う。
「おい!!セツ、5秒あいつを止めろ!一瞬でカタつけてやるから!」
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マルシェ=ロックボルトは世界から愛されていた。
『頑健』『雷岩』『学習』『魔力』『体術』
五つのギフトを持って生まれてきた彼女は、さらに皇帝の娘でもあった。
愛くるしい容姿とその類稀な素質に、両親は狂おしく歓喜した。
家庭教師を付けてやれば、すぐに食卓で専門的内容を語り、皇帝夫妻を苦笑いさせる事もしばしば。
周囲の反対を押し切り、血筋を隠して出場した御前試合では、これまでの24歳という最年少優勝記録を6歳まで引き下げた。
少し努力すれば大きな結果が得られ、周りのみんなに褒められる。少女は嬉しくなって益々励んだ。全能感から、どんなことにも自由奔放に挑戦し、軽く成果を出す。
その結果、彼女は人々からは愛されなかった。
周りに寄ってくるのが、自分の表層だけを見て媚びてくる大人や、親から将来の為に仲良くするよう命じられた子供ばかりだと気づいたのは、何歳の頃だっただろうか。
「化け物」
「うちの息子とぜひ仲良くして頂きたい」
「出来すぎる生徒って逆に可愛げが無いのよね」
「私たちとなんか一緒に遊びたくないですよね」
「人の痛みがわからない」
周囲の対応に違和感を感じてからは、そんな声がよく耳に届くようになった。
ある日のこと、遊びに参加できなくて悲しくなった少女は、両親に相談することにした。賢明な2人なら、自分と相手のどちらの側にも立たず、フラットな解決策を思い付いてくれると考えたからだ。
しばらくして、その子たちの親が処刑され、家が取り潰された事を知った。
(ごめんなさいごめんなさいごめんなさい)
罪悪感と失望と寂しさと、暗い感情に押しつぶされそうになった少女は、どうすれば友達が出来るのかを考えた。
(わたくしに御友人ができない理由ならよく分かっていますわ。あまりにも他の人と異なること。それさえ潰すことができれば、もしかしたら)
10歳の冬、曇りの日だった。
少女はその日から勉強を辞めた。
魔法の練習も、体を鍛えることも辞めた。
叱りつけ、終いには困惑する両親を、自殺するとまで言って押し切り、辺境貴族である叔父の養子になった。親しみにくい、深窓令嬢を感じさせる口調は、出来るだけ崩すようにした。
唯一、視力が下がった事だけは今は喜べていない。昔は喜んでいたが、差し障りがありすぎた。
(特にこの状況とかな…)
そういえば、スラムや酒場にも入り浸った。
これまで与えられていた贅沢が、たまたま自分に与えられたポジションに由来していた事を知って、かなりのショックを受けた。
それでも、上っ面でなく自分自身を見てくれる人達に出会えた事は、この上ない喜びだった。とんでもない下衆も多かったが。
20歳の今、友達はたくさん出来た。人の集まるところに行けば人気者として場を盛り上げ、初対面の人と肩を組んで歌う事もできる。
己の半生を振り返りながら、マルシェは自嘲した。
(欲しいものが手に入ったのはいいけどさ、そのせいで10歳のアタシなら倒せるような相手に、こーんな苦戦するなんてね)
マルシェは魔法陣の張り付いた右手を、まさに巨人を兜割りしようとしているセツに向けて、呟く。
「ごめんね。絶対倒すからさ」
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とんでもない注文だと思った。
あんな化け物相手に5秒稼げだって?
でも、私の事をあれだけ子供扱いしていたマルシェが、ブレアでもなくこちらに頼んだ。つまりは、それだけ切羽詰まった状況なのだろう。
これだけ乏しい戦闘経験で、こんな化け物に立ち向かうなんてありえない。うんざりするが、さっきからの興奮のせいか、恐怖は麻痺している。
左手の止血を確認する。アーノルドの刀を右手で持つと、骨槍を蹴飛ばしつつ巨人に近づいていく。
骨槍をドリブルしながら考える。
(人間部分はやっぱり明らかな弱点だ。そこを狙うと、アクションを中断して反射的に避けるか、庇おうとする)
立ち止まる。
(その習性を利用して………ダメだ。思い付かない)
「でた、とこ、しょう、ぶ」
気合を入れろ、自分。
途端、奇妙なデジャブを感じる。直感に任せて、巨人の頭上に向けて放物線を描くように刀を投げた。
(何してんの、私)
体が勝手に動こうとする。
足元の骨槍を拾って、一気に巨人の下へダッシュ。こちらを見るマルシェに目配せをする。
巨人の足元に到着。
人間部分の腹部に向けて、骨槍を思いっきり投げ込む。同時に全力でジャンプした。宙に浮く刀を掴む。人間部分の、眼球の無い頭部がこちらを見上げた。刀を振り下ろす。かなり接近したところでようやく反応される。視界の片隅に弾かれた骨槍が見えた。
破裂音が2つ。同時に衝撃。刀を手放さないよう強く握り締める。
意図が伝わってて良かった。この移動方式しんどいけど。
首を動かして、人間部分の腹回りが空洞になったのを確認する。マルシェの方を確認すると、右手を天高く掲げ、目を瞑っている。
(で、こっから5秒か…しかも離脱の手助けも次は期待できないっぽいな)
空中で姿勢を整える。慣れたもんだ。
着地と同時にまた巨人に向けて走り出す。
人間部分の再生はかなり遅い。飛蝗の足が蹴り出されるのを、跳び上がりながら、スレスレで回避する。そしてそのまま脚の上に乗った。駆け上がって頭部に向かう。当然、巨大な手が押し潰そうとしてくる。
(知ってた)
巨大な手と手の間わずかな隙間から、頭部目がけて刀を投げる。重みがある分、骨槍より力は要らない。反射的に真剣白刃取りしてくれた。分厚い手が刹那、ピタリと止まる。
天地を入れ替え、その手を全力で蹴飛ばした。
方向は決めている。斜め下、獣毛の生えた脚に掠るルートだ。薄く接触。右手で獣毛を掴む。ブチブチと引き抜きながら更に方向調整。
緩くなった速さと浅くなった角度でそのまま地面に叩きつけられた。
(地面がちょっとヌルヌルしてて助かった…)
軽い脳震盪と身体中の痛みを感じながら、視界が巨人から遠ざかるようにスライドしていく。
(5秒は稼いだよね。離脱も完璧でしょ)
マルシェの方を見る。
雷神がそこに居た。
全身に白い雷を纏った彼女の掲げた右手には、アンバランスな赤い岩石槌。打撃部位は背丈に比して異常に大きく、柄の部分の短さも際立っていた。
彼女が左手に貼り付けた魔法陣を巨人に向けると、
ドガガガガガガガガガッッッ
巨人を囲むように巨大な岩の杭が生え、その体を突き刺して固定する。マルシェは右手を掲げたままそこに歩いて行く。
(これ、余波で私も死んだりしないかな)
弾けるような音が更に激しくなり、武器までもが満遍なく雷に覆われる。
彼女はハンマーを後ろに倒して、
(アンダースロー!?私達を巻き込まない為か)
ゆっくりと腕が回る。
ハンマーの先端が地面に触れると、そのままバターを溶かすように掘り進められる。否、消滅していく。軌道上にあるもの全てが蒸発する。足場が変形するが、彼女の体幹がブレることはない。
岩と雷の塊は、まっすぐ巨人の首元へ向かう。派手なアッパーカットだ。すべてがスローモーションになった世界の中で、ハンマーの先端が更に加速し、
ジュ
視界が閃光に包まれる。何かを溶かしたような音が一瞬聞こえた。一拍経って、
コツン。パラパラパラ……
慣れた目で状況を把握しようとする。
まだ眩しい?
見上げると、小さな青空が見えた。
そこそこ深い場所にいるらしい。上に伸びたトンネルは短くない。どんな威力だ。凄まじいな。
目線を下げると巨人の姿は見る影もなく、残骸だけが散らばる。マルシェはすぐ近くに佇んでいた。
ふと、光の粒子が空間を漂っている事に気づく。
巨人の残骸がサラサラと空気に溶け、そこを中心に白色が一気に広がっていく。グロテスクな装飾物は姿を消し、本来の美しい外観が蘇っていった。
「これは……素晴らしい」
隣にブレアが来ていた。
ポッケを見ると、マツリが急に飛び出してくる。あれ、体が真っ白になってる。
「もう我慢できないです!」
そして、ボンッと音を立てて大きくなった。両手で掬おうとしても、はみ出るくらいのサイズだ。急な成長期だ。マツリを持ち上げると、首に巻く。
(よかったね。家が綺麗になって)
(……はい。よかったです)
マツリは浮かない声色で答えた。
(どうしたの?)
(……)
ポロポロと涙を流す。
(言ってくれなきゃ分からないよ)
自分に似合わないセリフだと思いながら問いかける。
(言ってもいいですか?)
(いいよ)
(この領域は、お母さんが溶け込むことで、その影響を抑えてたんです)
(……)
そういうことか。
つまりは破壊された領域ごと溶けて消えてしまったと。テントでマツリに通訳を頼んだ時、引っ掛かっていた様子だったのはこのせいか。
何も言わず頭を抱き締める。
マツリも黙ったままそれに応じた。
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「ノアが消えている!!」
ブレアが苛立った様子で吠える。アーノルドは死亡確認が取れたが、ノアは気付いたら居なくなっていたらしい。
ブレアの号令で、広い神殿内を探す事になった。
マルシェはアーノルドの絶命を知ってから、ずっと立ち尽くしたままだ。軍人なのに人殺しに慣れていないのだろうか。それとも、違う派閥でも一応仲間だったからか。
3人が散らばった後、洞窟に開いた穴を見つめる。絶対あそこから出てったよなぁ。
目線を戻し、辺りを見回してみる。
ん?なんか光ってないか。そこまで行って拾ってみると、銀色のピンポン玉サイズの球体。硬くてツルツルしている。ちょっと重い。
妙に心が惹きつけられる。
(なんだろうこれ)
「たべ、たい…」
疲れていた事もあって突然湧いてきた衝動のまま、それを飲み込んでしまった。大きさの割に引っかかることなく、スルスルと喉を降りていく。
「ぅ……」
(絶対やばいやつじゃんこれ!大丈夫かな)
喉の奥に指を突っ込んで吐こうとするが、うまく出てこない。やらかしたな。とりあえずまだ体に変化はないけど…。しんどい。左手取れたし、踏んだり蹴ったりだ。
落ち込んでいると、暗い声のマルシェに呼ばれた。
向こうではいつの間にか捜索をやめていて、帰宅の準備が出来たらしい。流石に連れてってくれるよね。良かった。
仕方ない。
ぐーっと伸びをして、青空を見つめる。祝福するような眩しさに少しニヤけると、彼女達の方へ駆け出した。
野蛮な世界を抜け出して、ようやく異文化交流だ。
▽ ▽ ▽
『 アケチ セツコ
女
15歳
所有ギフト:回帰、生刃
所有オーブ数:2 』




