せいじのことはようわからん
マルシェがあくびをしている。
昨日寝ずの番を命じられたらしいマルシェは、眠そうな様子で林檎みたいな果実を齧っていた。
その脇に座るノアに、何やら話しかけられている。
夜が明けて、ボス部屋突入前の朝食の時間。広い空間に散らばって、思い思いに過ごしている。
マツリはブレアの上着のポッケから顔を出して、ぐったりとしていた。可哀想。
隅の方ではアーノルドが素振りをしていた。美しい剣筋。自然体で繰り返される振り下ろしは、毎回同じ軌道を描く。精密だ。そこまで速く振られている訳ではないのに、妙な迫力を感じる。
(食事の時も口だけ出して食べてたし、まだ声も聞いてないし、謎が多い人なんだよな)
故ピコラとアーノルドを除いて、他のメンツとは少しだが話すことができた。勇気を出してコミュニケーションしてみるか。私はアーノルドの近くまで歩いて行く。素振りをやめた彼が、こちらを振り向くのを確認して口を開く。
「おは、よう」
「…ああ」
しまった。話題がない。
アーノルドは腹の底に響くような、低い声で答えてくれた。ブレアはしゃがれ声で、マルシェはハスキーボイスだ。
軍人はみんな、迫力のある声を出せないとなれないのだろうか。それなら私には無理だ。とりとめもないことを考える頭に、話題を出せと命令する。そうだ、
「かし、て」
アーノルドが腰に差し直した剣を指差す。
「………」
アーノルドは私をじっと見つめると、何事もなかったようにその場から離れた。
(え、気になってて思わず言っちゃったけど、ダメだったかな。剣は命タイプの人かもしれないし。それか、まだ警戒されてるのかも。やっちゃった)
自分のバッドコミュニケーションぶりを反省しつつ、アーノルドが歩いて行くのを見ていると、大きな荷物バッグの前で止まる。
ピコラが担いでいたものだ。中を探るような手つきが止まり、バッグからは黒い鞘の剣が出てくる。装飾のないシンプルな見た目。
(……アーノルドの剣と同じ?)
アーノルドは私のもとへ戻ってくると、黒剣を差し出す。
「あり、がと」
受け取った剣を鞘から抜く。
マットブラックの鞘と違って、刀身は光沢のある黒だ。反射された私の顔が見える。よく見ると片刃。剣というより、日本刀みたい。鍔はない。
アーノルドが横に立って刀を構える。
それを真似して、自分も刀を持ち上げる。重さはあまり感じないが、体のバランスが崩れる。
彼が振り下ろすのに合わせて、素振りをする。
けれど刀の長さに対して身長が足りていないせいか、素人だからか、振る度に体が流れる。
すると、彼が背後に回ってきた。私の肩を掴み、添えた片手で刀を頭上まで持ち上げる。ある程度掲げたところで止まった。彼の体が離れる。
振り下ろせという事だろうか。姿勢が崩れないよう、臍の奥に力を込めた。刀の重みに任せ、自然な軌道になるように落とす。最下点で筋肉を使い、ピタリと止めた。
(結構いい線行ったのでは……?)
アーノルドの方を見ると、黒い兜が頷く。金属の擦れる小さな音が、静かな空間に響いた。
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扉の前の空間は、とても広い。遠目からノアがマルシェを相手にはしゃいでいる様子が伺えた。
アーノルドに礼を伝え、そっちに行くことにする。
歩きながら、ぼんやりと思い返す。アーノルドは教えるのが上手かった。とても無口だけど。同類なので、以心伝心だ。ハードボイルド仲間。
しばらく素振りをして、コツのようなものが掴めた気がする。
頼み込んで剣舞を見せてもらえたが、いつかあのレベルに達せられるだろうか。凄まじく速かったし、美しい剣筋だった。未だ網膜に焼き付いている。 ちなみに刀は回収された、残念。
ふと気づく。明らかにスペック上がってないか自分。今朝から妙に頭が冴えるし。道中はほぼ目で追えなかったアーノルドの剣技にも、目が慣れていた。
「どーん!」
腹に衝撃。
見ると、ノアが私の身体に抱きついていた。昨日まで縮こまってたのに、この変わりよう。
内心困惑していると、
「可愛いなぁ。スラム育ちの割に全然肌とか髪が荒れてないですね。羨ましいです」
水色の頭部を私の胸に押し付けてくる。
異世界人と言うわけにもいかず、出自を濁した私は、帝国のスラム民ということになっていた。
困窮に耐えかねた親が、近くの災害領域に棄てたらしい。自分の設定だが、わざわざ危険を冒してまで特級に棄てるとは。殺意が高すぎる。
「もうすぐ命懸けの戦いなんだから、仲良くしましょうね?」
「え……う、ん」
ノアがこちらを見上げてくる。深海のように濃い青色の瞳。奥の方は暗く澱んでいる。
「じゅん、び、は?」
会話を続けることにする。そういえば昨日ブレアが言っていた件はどうなったのだろう。
「準備?」
「まほ、う」
「……あー。あれですね。もう終わりました。完璧ですよ!もしかして魔法に興味が?」
そんなつもりで聞いたわけではないが、魔法に興味があるのは事実なので頷いておく。
「偉いじゃないですかー。珍しいですよ、教育もまともに受けてないのに。それも才能です。立ち話もなんですし、こっちに」
ノアが手招きしてくる方へ向かう。
マルシェが大の字で寝ているところに着いた。周りには食事や焚き火の跡。ノアはマルシェの腹の上に座ると、話を続ける。
「魔法のことはどのくらい知ってます?魔導師と魔法使いの違いは?」
「……まった、く、しら、ない」
「まぁそうですよね。初歩の初歩から説明しましょうか」
ノアは人差し指を一本だけ立ててから言葉をつづける。
「まず、初めに。魔法という現象がなぜ起こっているか、どのような仕組みで起こっているかは未だ殆ど解明されていません」
「なぜ、の方は仕方ないです。私達側の、情報処理構造の問題ですから。人間はどこまでも遡れる訳じゃないですし。行き過ぎれば無益ですから。教国に派遣された宗教家達が、色んな場所で、人格神を原初の存在として述べていますね。スラムの炊き出しなどで話しかけられませんでした?人間に都合が良すぎることに目を瞑っても、存在がなぜ存在するかという問いに答えは出せていません」
ノアは息継ぎをして、言葉を続ける。
「話がかなり逸れました。そうです!大事なのはどのように、の方です。つまりは仕組みの解明。実験を繰り返して発想が浮かび、発想を熟成させ仮説を構築し、仮説をもとに実験を考案する。そしてそのフィードバックで仮説を修正する。これこそ魔法の仕組みを解明する、魔法学の黄金の流れです!」
ノアの目は爛々と輝いている。
「残念ながら、実験データや仮説を保存して次世代に引き継ぐという文化は、最近までありませんでした。個人で完結するような才能の煌めきではなく、何世代もの蓄積によりブラッシュアップされた理論を頼る、そんなモットーの魔法学。未だに異端な考えだと言っていいでしょう」
ノアは人差し指をチッチッチと左右に振った。
「しかーし!この帝国はそんな魔法学で例外を除けば、最先端最大手!もっとも未来を見据えた国なのです」
「みらい」
「そう!私はそんな魔法学の蓄積をアカデミーで継承した、優秀な魔導師です。魔法使いなんかじゃありません」
「魔導、師?」
「古くから、人類の中には魔法使いという存在が居ます。ひと握りの才能あるものだけが使える魔法。魔法使いはずっと特権的地位に居ました」
「とっ、けん?」
ノアの下に敷かれたマルシェを見る。
「例えばマルシェさんやブレアさんも魔法使いです。かれらは魔法陣と詠唱も用いるので純粋な魔法使いとは言えないかもしれませんが」
「どう、い、う、こと?」
「魔法使いと普通の人間の違いとは何か」
マルシェは自分の杖を大事そうに抱えながら言った。
「それは体の構造です。一代限りの奇跡的な突然変異かも知れませんし、どこか特殊な環境で過ごしていた人類に、魔法を使えるような淘汰圧がかかった結果かもしれません。教会のせいでその分野の蓄積が足りなくて、知見が乏しいのですが。そもそも人体解剖が長らく禁忌で……」
「どん、な、ちが、い?」
ノアの脇道に逸れそうになった意識を、肩を揺すって戻そうとする。
「魔法使いは脳の一部、そして心臓が極端に肥大化しています。それが初めてわかったのは凡そ200年前、戦時下の帝国においてです。武力を求めて時の皇帝は、魔法使いの死体の解剖を命じました」
ノアが自分の左胸を抑えながら言う。大きく実ったそれは、ぐにゃりと形を変える。
「まずは心臓。様々な人体実験の結果、魔法使いの心臓は魔力を生み出し、血液に混ぜて全身に行き渡らせる器官でもあることが分かりました。普通の人間でも、魔力に意識を集中させる訓練をすると、心臓の肥大化が確認されます。しかし、魔法の才がある赤ん坊の心臓の方が、後天的に肥大化させた大人のものよりも、統計的にも有意に大きかったそうです」
彼女は自分の頭を指でトントンと叩いた。
「次に、脳みそです。肥大化した部分は魔法という現象を起こすための処理装置であるという仮説が、今は最も有力です。先天的な肥大化も見られますが、魔法を使うにつれて高密度になります。魔法使いの心臓を移植された普通の人間が、練習に励み大魔法使いになったという例もあります」
「ちっちゃ、い」
マルシェの頭を指して疑問を投げかける。
「心臓と違って、脳の場合そこまで普通の人間とのサイズ差はありません。生まれた時に普通の人より大きく、生涯を通じてほぼそのままの大きさです。それでですね、彼女の眼窩の奥の部分、前頭葉の先端あたりに数珠状の突起があります」
ノアは右手で作ったOKマークを覗いて、マルシェを観察するような目をした。
「マルシェは化け物です。世界でもとびっきりの。彼女の灰白質はしわっしわのぎゅうっぎゅうになってることでしょう!個人的推測ですが、白質の髄鞘化もかなり進んでいますね。魔法の構築速度などが異常なので。ただ、これはまた別の話。恐らくギフトによるものでしょう。その方面でも彼女、有名人ですから」
ノアはマルシェをひっくり返すと、後頭部に座り直す。はっちゃけすぎじゃないか。余命一日の振る舞いだ。
「話を戻します。戦時下での魔法使いは貴重品。数が増えれば戦術も戦略も大きく変わります。なんとしてでも普通の人間で同じ現象を再現したいですよね?」
こちらを見つめてきたので、頷く。
「そこで、普通の人間でも練習次第で魔法が使えたらな。そんな夢を叶える道具、魔法杖を開発したのがノア=ウィズドラ。私のご先祖様ですっ!」
「えっ?」
胸を張るノアの顔を指差す。
「そうです。彼女にあやかって名付けられたんですよねー私。非常に光栄なことです」
ノアは杖を私の目の前に持ち上げた。
「この木の部分はただの触媒なんで大したことはないです。嵌っている球体を見てください」
覗き込むと、半透明の赤い球体の中で、黒い濁りが霧散していく。小さな部品が組み合わさった複雑な機構が姿を現した。
「これ一つで心臓の代わりに魔力の蓄積と運用、脳の代わりに魔法現象の処理が行えます。それも、木の部分を握って念じるだけで」
知識と練習は必須ですけどね、と呟いて彼女は球体部分を撫でる。
「大天才ですよねー。これのおかげで共和国との戦争に劣勢から大逆転しました。向こうのほうが魔法使いが多かったんですよ?途中から鹵獲されて向こうも模造品を作ってきましたが、ハッキリ言って本物とは質が段違いでしたから」
彼女は今度は私の頭を撫でながら言う。
「帝国住民がスラム民でも最低限の生活ができるのは、戦争に勝ったおかげです。負けたお隣さんはお金も人材も資源豊かな土地も、いーっぱい奪われちゃって。今は悲惨の一言ですよ」
彼女は私の頭から手を離すと、自分の胸を叩いた。右拳がバウンドしている。
「そんな戦勝の立役者が、魔法杖により、魔法現象のプロセスを外部化することに成功したご先祖様。そして、それを使って訓練した後天的魔法使い、つまり魔導師です!」
「まどう、し」
「魔導師はロマンですよ。生まれつきの才がなくても、勉強と鍛錬で魔法を使えるようになるんですから。何も考えず魔法を使う脳筋とは違うんです!知の求道者なのです!」
「ろまん」
「詠唱や魔法陣など後発の外部化技術は現在、多くの先天的魔法使いによっても使われています。今ノリノリな分野ですよ。いずれ魔導師でありながら大魔法使いを打ち倒す人も現れることでしょう。いえ、私がそうなります!」
ひと通り喋り終えた彼女は息を吐くと、傍に置いていた水筒を一気飲みする。知識がある人ってやっぱり話したがりなんだな。
「かて、る?」
マルシェを指差して、ノアに問いかける。彼女は呆れたような表情で返答した。
「馬鹿ですか。スラム育ちっていっても物を知らなすぎですよ。彼女に勝てる人なんて私は思い付きません。世界有数の強者という世間的評価もまだ甘いと思います」
「なん、で、つよい?」
「知りませんよ。しかも強いだけじゃないから嫌になる。持ってる人には持たざる人の気持ちが分かりませんからね。無いのは視力と胸のサイズくらい?前者に関しては解決策もあるのに、知識がなくてお気の毒です」
「おし、え、ない?」
首を傾げて尋ねる。これから共に戦う仲間なのに、強化策を教えないつもりだろうか。自分の延命にもつながるだろうに。
「教えませんよ。全部持ってるじゃないですか。えーっと、美貌に市民からの人気。皇室を出て辺境貴族の養子になったとかいう物語性。あとは世界最多のギフト所持数。何個でしたっけ。6個?7個?」
何か違和感を感じる。
この子は嫉妬に左右されるよりは自分の利を取るタイプだと、話していて感じたからだ。
首を捻っていると、ノアがバランスを崩した。
「5個だわ」
ノアの尻の下からマルシェが立ちあがろうとしている。いつから起きてたんだろう。不機嫌そうな声だ。ノアはこけそうになりながら、
「危ないですよ」
「あのなあ。お前……」
マルシェは体を起こすと眼鏡を掛け、疲れたようにノアを見る。
「まあ5個らしいです。そんな出自なんで立ち位置がわからないんですよねー。本当は貴族派なんじゃないですか?」
「違うね」
「ブレアさんが他の派閥に根回しをしてるのは知ってます。でも、貴方はそんなに乗り気じゃないですよね?」
マルシェはこちらを見て慌てたように、
「おい。こんなとこで」
「なんで知ってるかとか聞かないんですね。まあ動きが露骨ですもんね、あのエゴ押し付け親父。巫女様も可哀想に」
「上官だぞ」
「そんな奴にやられっぱなしの他の三派閥もクソですけどね。いや、一緒にされたくないか。職人派の汚点ってコバンザメがうざいことくらいだし。貴族派の尖兵のアーノルドは魔法も使えない指示待ち人間で、ピコラ頼りの第四は支柱死んじゃったから、流石にレベルが」
「おい!!!!」
マルシェは蔑んだような笑みを浮かべるノアに、激しく怒鳴りつけた。遠くで素振りをしていたアーノルドが動きを止める。さらに遠く、目を閉じて瞑想していたブレアもこちらに視線を向けた。
「お前、急にどうしたんだ。そんな奴だったか?アタシの知ってるお前と全然……」
マルシェは怒りよりも困惑がまさったのか、心配した声色で言う。
「能天気でいられる人っていいですねー」
ノアは捨て台詞と共にブレアの方へ歩いていくと、
「準備、出来ました!」
座り込むブレアの前に仁王立ちし、そう告げた。なぜか足元が少し震えている。戦いへの恐怖だろうか。
「ようやくか」
立ち上がったブレアは扉の前まで行くと、こちらを振り向く。
「15分後に突入する。準備を済ませておけ」
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扉を開くと、そこは神殿のようだった。
いや、神殿が壊死してるみたいだ。白かったはずの柱や彫刻は赤黒く汚れ、太ましい血管が巻き付いていた。
入り口から離れた中央には、大きな噴水がある。濁りきった水が、たらたらと下に溜まっていく。それを、こちらに背を向けてごくごくと飲んでいる、座高5メートルほどの異形の巨人。
よく見えないが、下半身は飛蝗のような形状で、それが獣毛でびっしりと覆われていた。赤黒く巨大な上半身からは所々に刃先が見え、その首からは頭の代わりに人間の上半身が生えている。
「行くぞ」
ブレアがそう言うと、空中に魔法陣を描く。前に見た時よりも大きな炎球が空中に浮かぶ。マルシェの身体がバチバチと雷を帯びていく。
あとの2人はどこだろう。私は一行の後ろで、離れて見守るはずたった。
振り返るとすぐ後ろにアーノルドが居た。首根っこを掴まれ、背中に手が添えられる。
「ぇ」
身体が加速する感覚。すぐに浮遊感。
10メートルほど先にはこちらを振り向いた巨人。ぐんぐんと近づいていく。
(投げ飛ばされたか、最悪。油断しすぎた。あの馬鹿力め)
景色がゆっくりと流れる中で、巨人から嫌悪感と親近感を感じた。親近感?なぜだろう。
巨人が近づく。不思議と死ぬ気がしない。
後ろを振り向く。アーノルドは見えない。遠くでノアがこちらに杖を向けている。空中にはマルシェ。こちらに近づいてくる。かなり速…
「ゴフッ」
マルシェの腕に弾き飛ばされた。助かった。憎きアーノルドを探そうとして、ノアが笑うのが見えた。状況に合わない晴れやかな笑顔。口元がゆっくり動くと同時に、杖がまぶしく光り輝いて、
ドッガァァァァァァ!!!!
轟音。そして冷気。
一瞬のことだった。竜のたてがみの様な形をした黒い氷が、一直線上にいたマルシェごと巨人を呑み込んだ。




