手乗りサイズの蛇
グシャア!!
襲い掛かってきたデカめの羽虫を握りつぶす。人の頭くらいなら呑み込めそうだ。中から零れ落ちた赤い芋虫がこちらに牙を剥くと同時に、しっかり踏み潰す。相変わらずキモい。でも、ワンパターンだ。
何事もなく広場で夜を明かしてから、洞窟内をずっと探索している。けれど大きな変化は見られない。
人面飛蝗に襲われたり、水面から飛び出した偽ピラニアに肩を食いちぎられたり、首無し犬に遭遇したり、またジャンピングゾンビを殴ったり。
そんなことを繰り返していたが、周りの景色は特に変わらない。
でも首無し犬はヤバかった。急に体から尖った骨生やしてくるんだもん、初見殺しすぎる。
「……大丈夫ですか?姐さん」
「…じょぶ」
「うーん…。じゃあ続けやすね。アキラの奴は正義感があるだけじゃなくて、小銭稼ぎも上手くてね。元気な頃は、金貸しの粗を見つけたり、中抜きしにくくして配給の効率上げたり、スラムのガキ集めてチャリティーグッズ作ったり。その手数料でたまにフライドチキンとか奢ってくれたんでさぁ。俺っちの方が金あんのに」
アキラは弟の名前らしい。これまで私の後ろで難を逃れ続けてきたハデルが、楽しそうに話す。
大丈夫じゃねぇよ。肩からの出血が止まらないし。それにふくらはぎに骨の槍が刺さった影響か、さっきからとても歩き辛い。
狂犬病とかが心配だ。ちなみにその骨は犬から頑張ってへし折って、杖にしている。ブニュブニュゴリュゴリュと床の感触が気持ち悪い。
「そんな目立つ事してっから結局アイツ、面子の立たなくなったスラムのチンピラ達に囲まれて、」
ただ、異世界にきてから身体に何かが起こったようだ。こんな状態でもまだ移動を続けられる。
生臭い匂いや猟奇的な光景を嫌だと感じても、発狂しそうにはならない。
施設のみんなに世話されて、現代人の中でも特にぬくぬく暮らして来た私が、だ。
「でも暴力なんて振るったことがないから。どうしたと思いやす?チンピラの1人が持ってた鉄パイプを奪って、それに力込めて…」
「…ん」
足を止め、ハデルを片手で押し留める。何だか嫌な予感がする。進んできた道をゆっくり後退りすると、
…ドッ……ドッド…ド…
何か音がする。重たい物を打ち付けるような振動と共に、不快な圧迫感が近づいてくる。
「に、げよ」
後ろを振り向くと、ハデルはもう走り出していた。逃げ足が早いな、と無理矢理口角を上げる。
私も逃げよう。震える脚に力を込めて、
ドッッガァァァ!!!!
半ば反射的だった。危機感に任せて杖を持ち上げると、体の側面に凄まじい衝撃がかかった。一瞬の浮遊感。そして、息する暇もなくまた感じた背中の衝撃に、思わず咽せる。
「ゴホッ…コホッ」
急いで顔を上げて状況把握に努める。
何かに弾き飛ばされて、壁に叩きつけられたか。手元を見ると、骨槍の杖は完全に砕けている。体には細かい切り傷。でも、新しい大きな怪我はない。運が良かった。
「…あ」
ハデルの方を見ると、ケンタウロスのようなモンスターが居た。全身に蛇が巻き付いた人間の上半身が、半ばから切り取られた馬の首に、雑に継ぎ接ぎされている。
ハデルの頭は、ソイツに引き抜かれてそのまま齧られていた。意外と首から血が出ていない。そんな事はどうでもいい!…逃げなきゃ。そして、ゆっくりとハデルの体が倒れていくのが見えた。
我に返ってすぐ立ちあがろうとして、右腕に力を込める。グニャリという感触がした。見ると肘から先がグネグネに折れ曲がっている。痛みは感じない。ガタガタと歯の根が震えて止まらない。あれは無理だ。これまでとは存在の格が違う。
「…や、だ」
腰が抜けて立てない。必死に四つん這いで、少しでも離れようともがく。怖い。怖い。なんでこんな目に。ケンタウロスはゆっくりと食事を楽しんでいる。目があった。もうダメだ。
パニックで酸欠になりながら、ぼんやりとした頭で使えそうな物を探す。骨の破片でもなんでもいい。武器になれば。
ふと視界に白いものがよぎった。それを追いかけるようにして壁を見ると、さっきまでなかったはずの大きな裂け目が出来ている。
私はそこに飛び込んだ。
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「うぅ」
飛び込んだ先は、最初の小部屋を小綺麗にしたような場所だった。大きく違うのは、部屋全体を覆うように葉を広げる白い樹があることくらい。
その幹に、思いっきり顔をぶつけてしまった。
「あの、大丈夫ですか?」
思わず振り返るが、誰もいない。女の子のような少年のような、少し甲高い声が聞こえた。
「ここです」
足元から声がしたので視線を落とすと、小さな灰色の蛇がとぐろを巻いている。掌に乗りそうだ。
異世界の蛇は喋るのだろうか。声の方向はわかるが、口からではなく頭に直接響いてくる気がする。これが魔法というやつかな。というかこれはモンスターだよな。でも、助けてもらったっぽいしなぁ。
念のため拳に力を込めながら、どうすべきか考える。それが伝わったのか、慌てたように灰色蛇は言葉を続ける。
「えと、あの、私は大丈夫な蛇です」
「ほん、と?」
「はい!」
「どなた?」
「名前はないんですけど…あの、お友達に教えてもらったんです。あなた達が危ないって」
灰色蛇が頭を向けた方を見ると、白い蝶が、キラキラとした粒子を纏いながら飛んでいる。さっき視界を通り過ぎたのはコイツか。一応お辞儀をしておく。
「でも、もう1人の方は助けられなくて……ごめんなさい、間に合いませんでした」
灰色蛇はペコリと頭を下げた。その頭部は少し震えている。…コイツは安全そうだ。心臓の鼓動が少しずつ落ち着いて、頭も冷えていく。
「ありが、と」
とりあえず礼を言う。ただハデルは残念だった。いい奴だったのに。いや、悪い奴だったかも。でもプロテインバーもどきくれたしなぁ。ちょっとだけいい奴か。
弟はどうなるんだろうか。脱出したとして関わり合いになる気なんて無いが、切ない気持ちになった。こんな事はよくあることだといっても、知ってしまえば少し苦しい。
「……あ、どういたしまして!それでなんですけど、これから予定とかってありますか?」
「ない」
まさか蛇にデートを誘われるのだろうか。
オスかメスかもわからない上、種族も違う。いや、今は多様性の時代だしそもそも命の恩人だ。少しくらい付き合うのもやぶさかではない。
灰色蛇は、まよってます!とでも言いたげに体を捻って口をパクパクしている。そこから声出てないだろうに。そんなに言い出しにくいのかな。
「あの!」
「うん」
「ここから出たくないですか?」
「で、たい!」
「あの…」
「うん」
「わたし、この洞窟のこと色々知ってるんです。出口までの道もわかります。だから、あなたをそこまでお連れできます」
「ほんと?あり、が「でも!」と」
「でも、お連れはするんですけど、お礼といいますか。…おこがましいんですけど、わたしも一緒に外に連れて行って貰えませんか?…わたし、外の世界が気になるんです」
灰色蛇はつぶらな紅い瞳でこちらを見つめている。口元は固く結ばれ、とぐろを解いて私の顔の近くまで体を伸ばす。
「いい、よ」
「イヤなのはわかるんですけど……え!?ほんとですか!?蛇ですよ、わたし」
「うん」
「ついて行っていいんですか?」
「うれ、しい」
勿論大歓迎だ。可愛いし。1人は寂しいし。魔法を使えるなら助かるし。恩があるし。可愛いし。
「よかったです…」
灰色蛇はポロポロと涙をこぼしている。なんでこんな純朴そうな子が、こんな気味悪く下劣極まりない場所にいるんだろうか。
不思議だ。辛かったろう。
「よし、よし」
俯いたその頭を撫でる。一瞬ビクッとしたが、すぐに掌に擦り寄ってくる。可愛い。固くてひんやりしている。久しぶりに、心が洗われた気がした。
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「そんなわけで、マツリのお母さんはこの洞窟の主として、侵入者さんと戦ったんです」
名前が欲しいと言って来たので、『マツリ』と名付けた。なんだか明るくなれて、元気が貰えるものが由来だと話すと、嬉しそうに頭を揺らしていた。
「うん」
「でも、負けちゃって…。それからこの洞窟はおかしくなっちゃったんです」
マツリはとぐろの中に沈み込みながら話を続ける。
「侵入者さんはマツリの仲間やお友達をたくさん食べて……怖かったからずっと隠れてました」
「うん」
「ほとんどみんな食べられちゃった後に、侵入者さんはこの洞窟から出ようとしました。でも、出られなかったみたいです。凄い怒ってました。お母さんの魔法のせいだと思います。多分、外の人間さんたちを守るために。それから沢山時間が経って、聖樹が枯れ始めて、仲間たちが変な物を食べるようになって。おかしいなって思ってたら、いつの間にか見たこともない怖いモンスターがたくさん辺りを彷徨ってて。ああ、この洞窟の主はもう代わったんだ。わたしたちの場所は災害領域になったんだ」
マツリは長い言葉を区切るとこちらを見つめてきた。再び口を開く。
「そう思うと怖くて怖くて仕方がなくて、隠れ続けてました。たまに冒険者さんが入り口の近くに来ても、すぐに逃げちゃって会えなくて。少し進んで来た人と会おうとしても、モンスターにやられて食べられちゃって。…骨はよく食べ残されるんです。可哀想だからこっそり入り口の近くに並べてました。誰かが弔ってくれるだろうって。ずーっとそんな毎日の繰り返しで。だから、人間さんと会うのは久しぶりなんです」
なるほど。でもさっき名前教えたでしょ。
「セツ」
「えと、人間さんと会う事なんて全然無くて、セツさんに会えてとても嬉しいっていう」
可愛い。こんな子が、こんな場所でずっと一人で苦しんでたのか。
「そう」
「はい」
「いこ!」
「え、はい!もうですか?」
「うん」
脱出の目処が立ったなら、さっさと出発するべきだ。お互いこんな場所に長く居てはいけない。孫子曰く、兵は拙速を尊ぶのだから。
「れっつ、ごー」




