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壊れた世界を今日もゆく!  作者: テキサス
3章『望月の欠けたることもなしと思へば』
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修学旅行みたいな今日と、一人旅みたいな今日まで。

 「…俺、セツねーちゃんだけのつもりだったんだけど」


 「あ?不満か?」


 銀髪の少年に向かい合うのは、威圧的な様子の黒髪の少年。


 昨日、びっくりするくらい惜しまれながらも酒場のバイトをやめた私は、仲間達にギルドで依頼を受けにいくと伝えた。マツリは旧都で出会った人と遊ぶ約束をしているらしかった。そのコミュ力に脱帽である。ルシエドは巫女としてずっと面倒な仕事ばかりだったから、部屋でだらけたいと言っていた。彼女とは今度2人で遊びに行く約束をした。そしてアキラは……。


 「とにかく、オレが監視しとくからな。妙なマネすんなよ」


 「お前勘違いしてねー?セツねーちゃんは顔採用じゃなくて武力採用だぞ」


 「…セツが戦ってんの見た事ないだろ」


 「出来る冒険者は見ただけで力量が分かるの」

 

 アキラは私のことが心配らしく、ついてくることになった。シーフと2人だけだと言ったら慌てていたが、彼は特級冒険者なんだから、危ない事は起きないだろう。


 「いこ…」

 (ちょっとワクワクするな)


 言い争っている様子の2人をおいて洞窟に入っていく。『骨吐き洞窟』の狭い間口に比べて、かなり大きい入り口だ。空気にも清浄感がある。


 ここは一級災害領域『ゴブリンフィーバー』。

 共和国は森に囲まれた場所にあるが、その中でも新都郊外の森に位置している。その名の通りゴブリンと呼ばれるモンスターが山ほど出るらしい。


 「…ちょ!おいてくなよ!」


 「さて、セツねーちゃんのお手並み拝見と行こうか」


 先程、ギルドでシーフが副リーダーを務めるクラン『自由人集合!』への加入手続きをしてきた。中学生が作ったチャットグループのような名前だが、ギルドへの貢献ポイントではトップ5に入るクランらしい。手続きした受付嬢もかなり驚いていた。


 (私だったら『泡沫に踊る愚者達』とかが良いかな……)


 自らの迸るセンスに震えていると、どうみてもゴブリンな武装をした醜い緑の小人達が、こちらにやって来るのが見えた。身長は私の肩に届く程度だ。


 (クビにされても悲しいしな…いっちょ実力を見せてやりますか)


 こちらに気づいたゴブリン達がギャゴャグォと不明瞭な声を発して襲いかかって来る。


 (先に仕掛けてくれるなら罪悪感も薄れるな)


 背中に担いだ大きなリュックを下ろし、引き抜いた聖剣に魔力を込めて、腰の辺りに構える。そして姿勢を低くした。


 「こい…!」


 そのまま飛びかかって来るゴブリン達。そこに、一閃。







 「いや、相手が弱すぎてイマイチ強さが伝わって来ないなー」


 背後で、手持ち無沙汰についてくるシーフが言う。そうなのだ。あまりにも歯ごたえが無さすぎて、逆にアピールにならなかったのだ。結局、強者を探して奥に進んでいるものの、まだそんな存在には出会えていない。


 「オラァ!」


 ドチャァという音を立ててアキラに殴られたゴブリンが弾ける。半身が血でベタベタだ。


 「お前!何かはしろよ!」


 アキラがシーフに言う。私は飛んできた弓矢を避けながら、襲いかかってきたゴブリンの首を斬った。どんどん湧いてきたな。

 

 「まだなんとかなってるじゃん。俺まで手出したら流石に戦闘が成り立たないだろ」


 洞窟の奥からは絶え間なくゴブリンが湧き出してくる。それを繰り返し斬り裂きながら思う。


 (なんか…思ってたのと違うな)

  

 「お、あったよ洞窟産蛍花。結構大量だ」


 シーフが依頼の品を見つけたらしい。『洞窟産蛍花』。世界各地に生えている、魔力を高純度で蓄えて光る花『蛍話』。それは生える場所によって微妙に性質が異なってくるらしい。今回の依頼は、この災害領域からの蛍花の採取だった。


 「…よし!採取完了っと。撤収しよーか」


 「まじかよ、俺まだ殴って歩いて殴って歩いただけなんだけど」


 (え…もう終わり?)


 「早めに見つけてラッキーだったって。こっからも十数キロは同じような感じらしいよ」


 「…かえ、ろ」


 「…おう」


 私達はモヤモヤとしながらも反転して帰路につくことにした。……後ろから追い縋るゴブリン達を機械的に倒しながら。







 目の前には馬が3匹。旧都で私とアキラが魔導車のお詫びにオババから貰った2匹と、シーフが乗ってきた1匹だ。言っちゃなんだが、腐っても特級冒険者なんだろう。大きさや毛並み、その目つきが他の2匹とは全然違う。若干2匹に距離置かれてるし…。


 「んじゃー、帰ろっか」


 シーフが私たちに声をかけた。


 「…締まらねーな」


 「初心者なんだからこんなもんでしょ」 


 アキラはスッキリしない表情だ。


 「一級ってあんなもんなのか?」

 

 「あー…まああそこは洞窟の中が広すぎる事、ゴブリンがめちゃくちゃ湧く事、なんだかんだ頑張って進んだら強い奴が出てくることで、一級認定されてるって感じじゃねー」


 「なら…」

 

 「ただ、そういう一級の妙味を味わいたいなら、長丁場になるから洞窟内で宿泊しなきゃダメだぜ」


 アキラの言葉を予測したように、シーフが言う。うーん、私もあの中での泊まりは嫌だけど。


 「うげー、それはきついわ」


 「だろ?」


 シーフが14才、私が15才、アキラが16才だ。

 歳の近い彼らはちょっと仲良くなったらしい。そんな2人が話しているのを聞き流しながら、私は思う。


 (かなり消化不良だ…)


 「おい!セツ、早く乗れよ」


 馬上からアキラが声をかけてくる。シーフも既に自分の馬に乗っていた。


 「まっ、て」


 「なんだよ」


 私に注意を向けた2人に、気持ちを素直に吐き出すことにする。背中に背負った大きなリュックを下ろして、宿泊グッズを取り出すと、


 「みん、なで、お、とまり!」







 私が酒場で働いていた主な目的はこれだった。防具などの装備に関しては帝都でルシエドに買ってもらっていたし。ただ、貯めた10000ゴールドと少しでは全く足りず困っていたところ、冒険者をしている人も多い酒場のみんなが、中古を沢山譲ってくれた。


 「お前まじかよ…」


 レジャーシートを敷き、展開したテントを固定しようとしている私にアキラが言った。シーフは既に地面に降りて私を手伝ってくれている。


 「楽しそーでめっちゃいいじゃん!」

 

 シーフはご機嫌なようだ。慣れているのか、楽しみに練習していた私の仕事がどんどん奪われていく。切ない。


 「飯は?風呂は?」


 私はプロテインバーもどきをリュックから取り出すと、それを使って近くにあった川の方を指差した。


 「疲れたし美味いもん食いてぇよ。川も冷てぇだろうしさぁ」


 アキラはかなり気が乗らない様子だ。すると仕事を終わらせてしまったシーフが口を開く。


 「俺が森で動物とか狩るよ。得意だし。その代わり調理と食事の準備だけしといてよ。てかさセツねーちゃん、寝袋3つでちっさいテント1つって…」


 アキラはどうしても突発的キャンプに納得ができないのか、シーフの話に割り込んでくる


 「…風呂は!?」


 シーフは銀色の後頭部をガリガリと掻きながらそれに答える。


 「あんま使いたくねーけど、秘策あんだよな」







 (シーフ、イケメンすぎる…)


 木の棒に刺して焚き火の周りでパチパチと炙られている三つのウサギらしきものを見ながら、私は思う。


 私とアキラがやったのは棒集めと火起こしくらいだ。私がよさげな木の棒を集めおわってアキラの所へ行くと、汗水垂らした笑顔で火起こしに成功したと自慢された。


 (義手の仕込み魔法を使えば楽チン着火可能だったことは伝えないでおこう……)


 シーフは兎みたいな動物を3匹食材として捕まえてきた上に、私が持ってきた調理器具で下処理まで済ませてしまった。


 「もうできてるっぽいね」


 シーフがそう言って焚き火の方に手を伸ばしたので、私とアキラもそれに倣う。


 手にはこんがり焼けた兎肉もどき。少し残った原形にキネロールの顔が過ぎって…。そのままむしゃぶりつく。…美味っ。少し焦げた皮がパリパリだし、弾力のある肉から染み出す油の旨味が脳に快楽を叩き込んでくる。火が通っているか心配だったが、あまり血が滲むこともない。毛の処理も完璧だ。帝都で食べたフライドチキンもジャンクで美味しかった。あれはガツンとくる多幸感。けれども、こっちは新鮮な肉に塩を振っただけの単純な味付け。それを自然に囲まれて頂いている。つまりは、じわじわと多幸感に包まれるタイプのナチュラルな食事体験だ。


 「……」


 「うめーー!!!」


 「うん、ジャストな焼き加減。さすが俺だね」


 「いや、マジで天才じゃねーの!?」


 「……別に。ほんとはこんなの慣れだし」


 すっかり日の落ちた暗闇の森の中、焚き火に照らされたみんなの横顔は幸せそうだ。夢中になって肉を食べている。…私も冷めないうちに食べなくちゃ。ガツガツと食べ進めたが、丸々一匹分あるので、まだ肉は残っていた。







 「風呂も最高だな!…見た目以外は」


 「しょーがないじゃん。そういうギフトなんだからさ…」


 星一つない真っ黒な夜空は少し寂しい。けれど、相変わらず燃え続ける焚き火に照らされた森の風景。それを高い位置から見下ろすと、なんだか癒されていく気がした。


 私達は川の5メートルほど上空でお湯に浸かってのんびりとしていた。湯船に触れると少しぬるりとした感触とともにピクピクと反応が返ってくる。


  「ちょっとくらい恥じらい覚えろよな…ララじゃねーんだし」


  隣に居るアキラが言ってくる。みんな子供だし、そもそも影になって全然見えないじゃん。


 「まーウチのも喜んじゃってるしな」


 「げっ、マジかよ」


 シーフはギフトを一つだけ持っているらしい。といっても普段はあんまり使わないらしいが。その名も『触手』。


 シーフ自体もよく分かってはいないが、彼の家系は結構な名家で、謎の触手を召喚することができるギフトを持って生まれてくるらしい。子供が生まれるたびに親のギフトが消え、受け継がれるんだとか。そして、受け継いだ人間が当主として扱われる。つまり、この若さにして彼は名家の当主様だ。


 (それが嫌で冒険者になって、すぐに特級っていうんだから凄いよなぁ…)


 触手を撫でながら感心する。この湯船も彼が作ったものだ。みんなで服を脱いで川に浮かぶと、川の底から生やした触手に私達ごと水を掬わせ、そのまま上空で水を漏らさぬよう湯船の形にした。あとは冒険者の必需品である湯沸かし丸を投げ込むだけ。一気に中の水がちょうど良い熱さになる。


 「…ふん、ふーん、んっんー」


 思わず鼻歌を歌ってしまう。今宵はなんかホワホワしちゃって良い気分。異世界には来たくなかったが、こういう体験は地球ではわざわざしようと思ってもしないだろう。触手風呂に関してはそもそも再現できないけど。…そういえば、午前に忙しく活動して、午後は子供だけで食事に風呂にお泊り。なんだか中学の修学旅行を思い出す。唯一の友達だったあの子は高校生だったから、孤独に過ごしたイベントだったけど…。


 横を見ると、アキラはへりにもたれかかって微睡んでいた。シーフは星のない夜空で薄く光る、遥か遠くの太陽もどきを見上げている。なんか、この空気感好きだな。


 (いやぁ、これまで色んなものに触れて、色々考えたもんだよ。凄いや私のバイタリティ。…これからも絶好調のせっちゃんでガンガン行くで)


 だけど謎の光球も、異世界も、ゲームも、これからの人生も、今は放っておけ。所詮は、私というモニターに映し出されたモノでしかないから。そう、メインは私じゃけぇ。私曰く、今まさに目の前にあるもの以外、ぜんぶ嘘だ。短絡的だって?黙れもう1人の私。


 不安で張り詰めがちな胸を緩める為に、ふぅーー、と何度目かの念入りな溜息を吐いた。芯が温まってきて、いい具合に頭がぼーっとしている。日本にいた時も、洞窟で死にかけていた時も、広場で捕まえられた時も、触手風呂でリラックスしている未来の自分なんて想像していなかった。


 というか、高校行って卒業して大学行って卒業して就職して誰かと結婚して。なんとなくイメージしてたそんな展開は、平然とぶった斬られた。これって万人のあるあるなのかもな。ここまで分かりやすい例も珍しいだろうけど。


 (うーむ、ハラハラドキドキ)


 きっとこれからも想像だにしなかった未来がやってきて、鮮明な現在へと姿を変え、過去として色褪せて行くんだろうな。スタートもゴールも不明な終わりない日常と非日常が続き、いつか知らず知らずのうちに勝手なシャットダウン。


 …昔はそんな虚無感が辛かった気がする。極端に合理的に生きたり、逆に破滅的に生きたりして、なんとか自分だけの人生の意味を生み出そうとしていた。でも、今は違うかもなぁ。ぼんやりしながら、頭の中に自動的に浮かんでは消える想念を眺める。


 (ただ、こんなふうに優しく満たされた時間が、ずっと続けば良いな…)


 そう思ってゆっくり目を閉じる。温かい湯がふんわり自分の裸体を包んでいる。虫や鳥の声もない。森のざわめきと穏やかな自分の呼吸音だけが、かすかに聞こえた。

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