ヒューリスティック
「嬢ちゃん!こっちこっち!!」
バイトを始めて3日目だが、酒場は今日も大忙しだ。他の娯楽が少ないせいだろうか。
右手のトレーにビールジョッキ6つ、左手のトレーに砂漠蜥蜴の山盛り唐揚げを乗せ、バーカウンターから出る。バランスを崩さないように足元に気を付けながら、こちらに手を振っている、丸いテーブルで飲み会中の常連三人組の所へ。
(ビールは適宜頼んで欲しいんだけど…)
「おま、たせ…」
品物をテーブルに並べていると、背に弓を背負ったツルッパゲのおじさんが頭を撫でてきた。
「ありがとな!偉いぞー。おじちゃんお小遣いあげちゃおう」
彼はそう言って、撫でるのを止めると、給仕服のポッケに銀貨を1枚入れてきた。そして、また私の頭に手を載せようとする。その手を掴んだのは獣人の青年。狐と人間が混じったような外見をしている。
「おい!おっさんがでしゃばんな。セツちゃんは若くて紳士な俺の方が良いよね?」
「馬鹿だな。こういう年頃の女の子は大人の包容力ってもんに弱いんだ。…でもごめんなセッチャン、俺は娘のようにしか思えねぇ…」
私が勝手にフラれていると、その喧騒に参加せず、もう1人の眼鏡をかけた男性が腕組みをしていた。
「んんー、嬢ちゃんは男臭い酒場に咲く一輪の花…ずっと働いててくれよ」
「………」
ベシンッ!!
「馬鹿言うな!セツ、カウンターの方でつまみと酒出しお願い。話聞いて貰いたい奴がいるんだってさ」
私が返答に困りまごついていると、先輩バイトのリンダさんが眼鏡の男性の頭を持っていたトレーで叩いた。
(次はカウンターか…てんてこまい)
「おい、俺らからセッチャン取んなよ!」
「…うっさい。新人にダル絡み辞めな。はいはい行った行った」
そう言って私の背中を押して、テーブルから離れさせてくる。振り向くとリンダさんのお尻の辺りからは、くねくねと感情に合わせて動く、猫の尻尾が生えている。
(いつか触らせてくれないかな)
三人組に説教をするリンダさんの後ろ姿を見ながら、そう思った。
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私を指名したお客さんは、作るのが簡単なお酒とつまみを注文してくれた。酒棚から赤と黄のラベルを一本ずつ取り出すとラベルを確認する。
(これで…良いんだよね)
冷やした細長いコップをカウンターの上に置いた。シェイカーに赤瓶と黄瓶から2対8程度の分量で酒を入れる。さらに果汁と砂糖、砕いた氷を少量投入。しばしのシャカシャカタイム。それが終わるとコップの中に注ぎ、少しステアした。
「どう…ぞ」
言いながら、カウンター下のオーブンで温めていたオババ作り置きの海鮮グラタンを素手で取り出し、トレーに載せて隣に置く。
(手、あっつい。食べ合わせ、大丈夫かな…)
「うっす!ありがたいっす!」
ウサミミが生えた少女は礼を言うと手を合わせ、グラタンに手をつけ始める。背が低いので、イスを最大限上げている。だがそれでも足りないのだろう。彼女はグラタンの皿をトレーの上から持ち上げようとして、
(あ、それは…)
「アッチャァァァ!!!」
悲鳴をあげる。その手からこぼれ落ちたグラタンが彼女の膝の上にひっくり返りそうになって、瞬時にカウンターを飛び越えた私が皿目がけて刃を射出する。
パリィィン!!
「イテッ、アチャア!チャチャチャー!!!」
ドスン!!ゴロゴロ…
「……」
酒場の床に転がって軽やかに受け身を取ると、私は彼女の方を恐る恐る伺う。
全身グラタン塗れになったウサ耳の女の子が、席から落ちて、皿の破片が散らばった床の上を転げ回っている。
「や、ちゃった」
(ウサ耳めっちゃ動いてる…)
私は現実放棄しそうになる頭に鞭打って、彼女の所に駆けつけた。
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私みたいな見た目の奴が素手で皿を掴んだから、自分でもいけそうだと思わせてしまったんだ。手袋を付けなかった横着がこんな悲劇を生むなんて…。それに、助けようとして皿を割って、いたずらに被害を拡大してしまった…。
(申し訳ない…)
反省しながら兎の女の子の方を見つめる。着ていた服や体の白いフサフサは、所々グラタン色に染まってしまっていた。
慌てた私は隅っこで酒を飲んでいたルシエドに助けを求めた。ウサミミちゃんは、今はペタリと床に座り込んで、切り傷や火傷に回復魔法をかけるルシエドのされるがままになっている。遠巻きに、酒場に居た人たちがこちらの方を見てなにやら話すのが聞こえた。
「ごめ…ん」
私が言うと、兎少女は辺りをキョロキョロ見回してから口を開く。
「…え!?ワタシですか?」
「うん」
「私がお礼を言うならまだしも…なんかされましたっけ?」
「……」
体についた傷を指差す。服も汚れてしまっているし。
「…あー!いえ、私が抜けてるだけなんで!色々助けてもらっちゃってありがたいです!」
「そう…」
(なんというか、器の大きい娘なんだな)
「はい!私はキネロールっていいます!看板娘のセツさんに相談があって来たんです」
床に座り込んだまま話を始めようとするキネロール。看板娘って、働き始めてまだ3日目なんだけどな。もうすぐ辞めるし。
「…なに?」
「獣連…つるぎの副リーダーさんが、最近やさぐれてて…今夜連れてくるので励まして欲しいんです」
『共和のつるぎ』
建前上は、旧都に集まる共和国の治安維持組織だ。本音としては、新都など大きな都市を中心とする共和国各地の有力者達の秘密の集まり。共和国で何やら起きそうだという空気感を察知して色々な組織からリーダー格だけが集まったレジスタンスらしい。
(まだレジスト対象は存在していないらしが…)
永世中立国を名乗り、国際条約で徴兵や武装が禁止されている共和国で、彼らがリスクを犯してまで集まって有事に備えているということは、今のこの国は相当きな臭いんだろう。
意識をキネロールに戻す。身体的特徴を見るに『共和のつるぎ』内の一派、『獣人連合』の構成員だろう。そしてそこで一番偉い、つるぎの副リーダーとも言える存在といえば、あの男だろう。
「タイガ…?」
「いえ、タイガさんはお酒のトラブルで最近降格しました!今はウルバさんがトップです!」
「………」
まあ、トップにしてはちょっと頼りないよな。旧都に到着した初日、酒に酔った彼に絡まれた事を思い出す。
「でも、そう、いうの、に、がて」
最低限はマツリに助けてもらって解決するにしても、関わりのない偉い人に元気を出させるほど私は口が達者ではない。共通点も全くないから、共感もしてあげられないだろう。
「大丈夫です!!」
(なにが?)
「じゃあ、今夜ですよ!ウルバさんをシャキッとさせてやってください!おつかれさまです!」
そう言うと彼女は治療途中のルシエドにお礼を伝えて酒場の入り口まで駆けていった。ウサミミがペタリとしていて頬が赤い。やっぱり、流石に恥ずかしかったみたいだ。ただ、服の背中が裂けているせいで白い肌が剥き出しなのは良いんだろうか。酒場の親父共の視線が集中している。
「ちょっと!待ちな!キネ、あんたはもう…」
リンダさんが慌てて彼女を呼び止めた。酒場の客から外套をひったくると、剥き出しの背中を隠すように羽織らせる。
(やっぱり面倒見良いよな…)
私の職場は、かなりホワイトかもしれない。
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「済まないな…コイツのわがままに付き合わせてしまって」
(ほんとだよ)
「…いえいえ気にしないでください!とセツさんは言ってます!!」
マツリを見ると、シュロロと舌先を踊らせる。
(こいつめ…)
目の前のカウンター席には狼の獣人が座っていた。灰色の毛がフサフサと茂る顔には、斜めに大きな傷跡。背中には一本の長い槍を背負っていた。そして隣にはキネロール。
「良かったです!評判通りの人ですね!じゃあウルバさん、お悩み相談しちゃってください」
評判ってなんだ。私は愚痴を吐きにくるおっさん達にうんうんうなづいては偶に相槌を打っていただけだ。マツリに助けてもらってまでちゃんと悩みに向き合ったことなんてないよ。
(期待が重い…)
ウルバの方を見ると、言い出しにくそうにまごまごしてる。
「いや、特に言うことなどないんだが…」
「もう!ここまで来てそれはセツさん達に失礼ですよ。最近落ち込んでるじゃないですか。それについて話せばいいんです!」
「…話すような事でもないんだが」
元気な声で悩み相談を急かすキネロールと、それを冷んやりと見つめる私の目に気押されたのか、彼はようやく口を開いた。
「…君は、獣人が社会でどのように扱われているか知っているか?」
「しら、ない」
そもそも獣人の存在自体、旧都に来てから知ったんだ。
「…そうか。じゃあ、正直に言って欲しい。俺たちを見てどう思う?」
ウルバが自分とキネロールを見て問うて来たので、少し考える。答えはすぐに浮かんだ。マツリに長文の代行をお願いする。
「えーっと、すんごい可愛いから今すぐにでも触りたいそうです。とくにウルバさんのフサフサとした灰色の腕毛や、キネロールさんの白いまんまる尻尾に顔を埋めたいんだとか。特に思うこととしては、お二人の耳を口に含みたいそうです」
(いや、そこまでダイレクトに言わないでよ!ドン引きされちゃうじゃん。ていうか、いつも良い感じに翻訳してくれてたじゃん!…なんなの、最近マツリ遠慮なくなって来たよね)
(マツリは空気が読める蛇なのです)
キネロールは顔を真っ赤にして耳をペタンと伏せていた。ウルバは予想外の事を言われたと言わんばかりに口をぽかんと空けている。
(そんな反応しなくても、大体こういうこと言われるって予想ついたでしょ…)
(それが、そうでもないみたいですよ)
ウルバは軽く頭を振ると、再度口を開く。
「…いやぁ、驚いた。君くらいの年頃だと頭が柔らかいのかな。他の人間も似たような反応だと…いや、それはそれで困るか」
彼は少し息継ぎをして真剣な表情に戻り、再度私の顔を見つめた。
「まあ結論を言うと、大抵の人間は俺達をみて嫌悪感を催すらしいんだ」
ウルバは無知な私にも分かりやすいように獣人の現状について語ってくれた。
この世界には色々な人種がある。珍しい人種としては、宝石と混ざったもの、竜や悪魔と混じったもの、妖精種、全身が気体や液体で構成されたものなど様々あるらしい。しかしそれらは纏めても、この世界の人口の1割程度だ。
大多数は7割を占める普通人種と2割を占める獣人種らしい。
そしてそんな獣人種は、沢山いる普通人種とは違う見た目から迫害され続けてきたらしい。最近はマシになってきたものの、まだまだ差別は根深いんだとか。ウルバたち獣人連合のメンバーの殆どが、落ちぶれた共和国が国力回復の為の施策として獣人への寛容な対応を打ち出したので、ここに住むようになったという。
「獣人へのイメージを是正するのが俺たちの目標だったんだ」
そう言ったウルバは、続きを語り出す。
獣人は普通人種よりも能力的に劣っていて、さらには凶暴だというこれまで積み重なってきた偏見を、彼らはデータによって打ち壊そうとしたらしい。他国の獣人グループと連携を取って調査を進めていたんだとか。
「確かに識字率や収入は普通人種よりも低かったが、これは環境によるものだ。環境条件を等しくすると、集まるデータは普通人種と同じ程度になる。それでも残る社会的偏見の有無を考えると、これは素晴らしいことだ」
こんなこと言って伝わるだろうかと言って、こちらの目を見てきたので、頷いて話の続きを促す。
「けれど犯罪率はそうじゃなかった。いくら条件をフラットにしても、獣人の方が明らかに高くなってしまうんだ。不法逮捕などを除いて公正な目で見ても、犯罪者の殆どは獣人になるだろう」
ウルバはカウンターの上で固く拳を握りながら話し続ける。
「自分達のために始めた調査が、そのまま自分達の首を絞めることになってしまった。獣人の学者達は潔癖だから、そのデータを学会に提出するとか言ってるんだ。その賢い頭で、これが悪意ある普通人種に利用されたら俺たちの生活がもっと苦しくなるとは、分からないのか…!それに、この状況で俺は獣人の為に、獣人連合の統領としてこれからどうすればいいのか、皆目見当もつかない」
カウンターの上には度数の高い酒を注いだ筈のショットグラスが、空になって10数杯並んでいた。初対面の頃の大人な雰囲気は剥げて、泣き出しそうな子供みたいだ。隣に座ったキネロールがその固く握られた片拳を、白く柔らかそうな両手で包み込んでいる。
(重いよ…!ほんと私なんかが何言えばいいんだか。確かに直感とか思い込みって役には立つけど、間違ってた時かなりの悲劇を生み出すからなぁ。私も戦闘中は謎の直感に頼りまくってるけど、あれが失敗してたら…いや、そんな話じゃないな。…まずいなー、全然良いコメントが思いつかないよ)
「え…と…」
「じゃあ特級冒険者になれば良いんじゃね」
声がした方を向くと、銀髪の少年―シーフ・テンタクルがカウンター席の端っこに座っていた。
(いつのまに…)
「…どういうことだ?」
ウルバが聞くと、シーフはやれやれと言った様子で両手をヒラヒラさせながら言う。
「いやさ、正直俺は普通だとか獣混じりだとかどうでもいいんだけどさ。そういうの嫌う奴がいて、おっさんは自分だけじゃなくて他の仲間の見られ方まで変えたいわけだろ?」
ウルバが困惑した表情で頷くと、シーフは続ける。
「おっさん、『疾風のファルコ』って知ってるか?」
「…いや。聞いたことはあるが」
「俺たち冒険者の中で有名人なんだよ。戦闘も仕事も凄まじく疾く、依頼の達成率も高い。絡んでみたら結構いい奴だし。こいつに直接的間接的に関わって、獣人への見方を変えた奴もかなり知ってる」
シーフは少し息継ぎすると、
「俺みたいなガキの経験上だけどさ。なんか嫌いってバイアスにはな、理屈で反論するより、なんか好きってバイアスで塗り直した方が楽だと思うぜ。そんで、俺は冒険者のことしか知らねーから特級冒険者になれって言ったわけ」
矢継ぎ早に言葉を繰り出すと、何も飲まないまま席を立とうとする。
(もしかして、私に会いにきたのかな…)
「以上、特級冒険者からの適当でありがたいアドバイスな。結局自分なりに考えて動くのが1番だろうけど」
席を立ったシーフは、シャツの中からネックレスを取り出す。ネックレスには虹色に光る金属プレートが吊り下がっていた。
(私のは銀色…ほんとに特級なんだ!)
そのまま酒場の扉まで歩いて行き、直前で振り返る。
「あ!俺が有名じゃないってのは反論にならねーからな。だって俺、そうなっちゃダメな役割だしさ。あと、セツねーちゃん…だっけ?酒場のバイト辞めて早くギルド来てくんないかな?俺もスカウトに時間かけすぎだって仲間に急かされてて、もうあんまり共和国に居られないんだ」
「…あと、よっか」
私の返答に頷くと、シーフは今度こそ、
「じゃ、狼のおっさんと兎のねーちゃんも元気出せよ!…セツねーちゃんも早く会いに来いよ」
そう言って酒場を出ていった。
「…特級ってすごいっすねー」
キネロールがそう言うと、ウルバも頷いた。
「いや…少年に耳に痛い事を言われてしまったな。やはり、コツコツと評判に繋がる行動を積み重ねるしかないんだろう」
そう言うウルバはまだ浮かない表情だ。
「…セツさんからお二人に伝えたい事があります!」
(…え!?)
(ほら、さっき考えてたやつですよ)
そんな事言われても、思いつかない。まごまごする私の代わりにマツリが話し出す。
(しょうがないですねー)
「ウルバさん、あなたは悪い事が好きですか?」
「いや、そんな事はないが…」
「あなたの獣人のお友達は、犯罪者ばかりですか?」
「それも違うが。…一体何が言いたいんだ?」
少し苛立った様子で答えるウルバ、
「犯罪者の殆どが獣人だったとしても、獣人の殆どが犯罪者だという話にはなりません。セツさんも、私も、この国で出会った獣人は良い方ばかりだったと思っています」
マツリは子供に語りかけるような穏やかな声色で話す。
「何の解決策にもならないかも知れませんが、そういうことを思う人が居るってことも胸に留めておいて欲しいです。まぁ、私蛇ですけどねっ!」
そう言って舌をペロリとしたマツリは私の首から離れて、隅で酒を飲みながらこちらを眺めていたルシエドの方まで這い寄っていく。
「…君は、そんな事を思っていたのか?」
「う、ん」
私はすぐに頷いた。
ウルバは少し考え込む様子で目を閉じてから、
「ありがとう。確かにキネの言う通り、少しだが元気は出たよ。…お釣りは、お小遣いにでもしといてくれ」
そう言って、カウンターテーブルの上にお金を置いていく。彼が飲み食いした代金より大分多い。けれども……。
「あ、の!」
キネロールを連れて出口へ向かう、槍を背負った背中に声を掛ける。
「たり、ない、です!」
彼が引き連れているキネロールが、話の最中に大量に食べていたグラタンの代金も含めると、このお金では全然足りていなかった。




