レジスタンス予定
土煙はまだ舞っている。
女の影に向けて走りながら、左手首から刃を射出。歪んだ剣筋で弾かれた。無駄ではない。特有の手癖をデータとして蓄積する。そのまま近づくと、右手に持った聖剣に魔力を流し込む。途端細かく振動する。
(めっちゃ魔力食うけど、やってみたらできたんだよな)
そのまま聖剣で相手を袈裟斬りしようとする。女は持った得物で防ごうとするが、触れた途端ガリガリと聖剣が沈み込んで行き、
「うおっ、まじかいな」
(取った!)
気づけば視界が回転している。
(体術か!?クソ足元油断した)
と思うと同時に地面に叩きつけられる。慌ててその場を転がるが追撃は来ない。起き上がって女を探すと、切断されて地面に落ちた得物の断片を拾っている。ほんとなんなんだアレ。剣?刀?棒?
拾い上げた断片を手に持った得物の切断面に当てると、それらはそのままくっ付いた。
(ハァ?そんなのありかよ)
「あんた結構強いなぁ」
言うと、女の影がブレる。
確実に自分より力量が上だ。どうしようか。
剣を右手一本で大上段に構えて、目を瞑り、攻撃に備える。限りなく研ぎ澄まされた感覚では空気の流れも鋭敏に感じられ、
(来た!)
下から掬い上げるような斬撃の気配。それに合わせてこちらも聖剣を振り下ろす。ふと、アーノルドにされた技を思い出した。刃と刃が触れる直前に、右手首を少し捻った。
「おっ」
女から嬉しそうな声が溢れる。両者の剣が引っかかって動きを止める。相手が再び剣に力を込めようとしたタイミングで、力を抜いた。そのまま宙に飛ぶ聖剣。相手の得物はまだ勢いのまま動いている。懐に飛び込み左手首から生やした刃で首を刈りにいく。今度こそ貰った。
「ほんま惜しいなぁ」
奇妙な剣筋。
私から離れている最中だった筈の得物が、不自然な軌道でスルスルと戻ってくる。
(けどこっちのが早い筈…)
相手に届いたと同時に肩から胸にかけて衝撃。
「峰打ちやで」
吹き飛ばされながら見れば、相手の頬からドクドクと血が出ている。けれどそれだけだ。聖剣はもう手放してしまった。
「ゴホッ」
背中から地面に着地する。胸が痛い。…肋骨バキバキになってそうだ。
起き上がろうとして首筋に冷たい鉄の感触。
「まぁまぁ楽しめたわ。どんな顔なん?ウチ近眼やねん」
そう言って相手は私の顔に近づいてきて、
「…うわ!!ごっつかわええやん!やってもうた。仕事やねん許してや」
得物を捨てると頭を抱えてしゃがみ込んだ。
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「ウチ、かわい子ちゃんだけは斬らへんねん」
「……」
(ナメんな)
結構強くなったと思ったのに。
私を一方的に倒した女は、楽しそうに私達の前で地べたに座っている。
「いや、車弁償しろよ」
「もうほぼ到着だしいいんじゃない?それより……セツはあげないよ」
「すごい戦いでした!シュバッガキーンドカーンって感じで。セツさんなら次は絶対勝てます!!」
戦闘が終わるのを待っていたらしい2人と1匹が会話に参加してくる。…ドカーンなんて場面なかっただろ。
「…で、僕達がなんで襲われたか聞いてもいいかな?」
「やっぱ聞いちゃう?いやー、暇やったんよ。ウチ向こうの酒場の用心棒やっててんけどな、すぐ流血沙汰にしてまうからここまで追いやられてん。治安維持のお題目で斬りかかるくらいしかやる事ないやろ」
「なるほどね」
「なるほどじゃねぇよ!車弁償しろよ」
気に入っていたのか、アキラは車のことばっかりだ。寄ってきたマツリを首に巻きながら考える。
(もうちょい修行した方がいいかな…)
(セツさんは十分強いですよ。やる時はやる子です!!)
(それダメな子に言うやつ…)
「…てかさ、あんま言いたくねぇんだけど、聞いてくれるか」
「な、に」「なんだい」「なんですかー?」
アキラが女から隠れるように私達を集める。
「…俺が婆ちゃんに来るように伝えられてたのってさ、ここら辺の酒場なんだよな」
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「そりゃー災難だったな嬢ちゃん!!」
「ん」
コォン…
男がビールジョッキを差し出してきたので、自分のカルーアミルクが入ったカップを当てて乾杯した。…未成年飲酒だ。いや、それを言えば成り行き上だが殺人も盗みもしてしまっている。
(…どうしようもないなぁ、異世界では犯罪に少年法は効くんだろうか。そもそもこんな世界だから緩いのかな。…まだまだ知らない事が多い)
男はビールを一気飲みして、プハァーッと酒臭い息を吐くと、感心半分疑念半分で言う。
「まあ手加減されたんだろうが、嬢ちゃんみたいなちんまいのが、あの化け物とやり合えるってのは信じらんねぇな」
「む」
男の顔は獣毛に覆われていて、頭からは獣耳が生えている。両方とも虎柄だ。
(こいつ目にもの見せたろか…いかん、思考が輩になってる)
アキラの祖母について話した私たちは、そんな人おらんかった気がするで、と言う女の案内でこの酒場まで来た。女は酒場に着いた途端みんなに追い出されてしまったが。
マツリは既に酔い潰れ、ルシエドはカウンターの端でお洒落なお酒を飲みながら、マスターと何やら話し込んでいる。
顔を赤くして、酔いの回った口でベラベラと話す虎男を無視しながら、アキラの方を見る。
ウォォォォォォォォ!!!!
…また盛り上がっていた。
酒場に入ってすぐ、アキラは背の低さや声の高さ、そして男っぽくはない容姿から、女の子だと勘違いされた。
…そして、酔ったオッサンに尻を鷲掴みされてしまう。キレたアキラはそのオッサンの頭をカウンターに叩きつけ、カウンターにはヒビが入った。どうなることかと思ったが意外にもそれか大ウケ。今も腕相撲を挑まれている。
「あの強い坊ちゃんは嬢ちゃんの彼氏か?」
虎男が問いかけてくる。
私は首を振ってルシエドの方を指差し、次いでアキラの方を指差した。
「なるほどなぁ、三角関係ってやつだ」
(こいつ理解力死んでんのか…)
アキラの祖母らしき人は今は居ないので、ひたすら酒場で時間を潰すことにした。けれども話したいことは特にないし、何杯目かのカルーアミルクにも飽きてきた。
(んー暇だ)
そう思っていると、酒場の扉が開く。
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派手に装飾された扉を開けて、酒場に入ってきたのは、アキラの祖母だった。そして、彼女は彼だった。いや、まあどっちでもいいけど。そういう論争怠いし、周りに任せよう。老人は酒場に入るとアキラを見て目を丸くした。一度も会ったことがないと言っていたけど、親の面影があるとかなんだろうか。
(気付くもんなんだね…)
そして今はその老人に、バーカウンターの奥へと案内されている。酒棚の横にある木製の地味な扉を開き、短い通路を歩いた。さらに少し曲がったところで、老人は立ち止まった。そして、
「二部屋あるから好きに使うのじゃ」
そう言うと、少し黙った。こちらを眺め回してまた口を開く。
「アキラ、会えて嬉しいぞい」
アキラはそれを聞いて、照れ臭そうな表情だ。まあ、距離感に困るよな。けれど親にも捨てられて兄とも疎遠だったので、これまでで唯一の、自分を素直に歓迎してくれる肉親だ。彼も少し嬉しそうな表情で、
「…おう」
と答えた。老人は次に私の顔を見つめてくる。
「そっちの子の名前はなんていう」
「…セツ」
老人は少し考え込んでから、
「運命力が良くも悪くも満ち満ちとる。注意するんじゃよ」
真剣な表情でそう伝えてくる。
(いや…そんなこといわれても)
具体的にどうすればいいのよ。確かにあの子が自殺して、異世界に来て、帝国でクーデターが起きて、大変な事ばっかりだったけどさ。これからまたそんな事が起きるの?もう疲れたよ。…まあ、強くなったし仲間もいるから、よっぽどじゃない限り大丈夫だろうけど。
あれこれ考えに耽っていると、老人は最後に、ルシエドとセツを見て口を開いた。
「くーるびゅーてぃの嬢ちゃんと白蛇の嬢ちゃんも、何もない所じゃが楽しんでいっておくれ」
まあ確かに帝国の方が色々あったよな。いや、ほんと何しようか。施設のみんなの探し方も考えてないし。地球への帰り方も、ゲームやギフトやオーブについてもよく分かんないよ。
(とりあえずショボめの領域でも潜ってみるかなぁ。シーフへの恩返し、あとは金稼ぎ)
「というかじゃ。アキラ〜、おなごばっかじゃな!モテモテじゃのう〜」
老人が揶揄うような声色でそう言うと、
「…マジでちげぇよ、それを言うなら」
アキラは平坦な声色でそれを否定して、なぜか私の方を見つめてきた。何だよ。
老人は再び満足気にみんなを見渡したあと、
「では、また会おうぞー」
そう言って、私達に背を向けて遠ざかっていく。
「あ…の!!」
その背中に、勇気を出して声をかける。
「ん、なんじゃ?」
こちらを振り向いた老人に、
「はた、らく」
と言って、バーテンダーがシャカシャカやってるようなジェスチャーをした。
「お嬢ちゃんが?」
「うん!」
「ふむ…どのくらいじゃ」
「いち、まん、たまる、ま、で」
色々と思うところがあった私は、ルシエドに貰ったお金を返した。自分で稼いだ金を自分で使いたいのだ。人にあげたりあげなかったりするのも、自分の金でやりたいのだ。カルーアミルクは虎男の奢りだけど。
これからはギルドで稼ぐ予定だが、初期費用がいくらか欲しい。なので酒場でアルバイトをしようと思った。
「楽にやって1週間くらいじゃな。本当にやるんか?」
覚悟を問われ、少しぐらつきながら答えた。中学生だったのでバイトは初めてだ。けれど、今は高校生の年齢だし、別に珍しくはないだろう。
「う、ん…」
「よし!じゃあマスターに挨拶するのじゃ。こっちに来な。お嬢ちゃんはウェイトレス採用じゃ」
かなりあっさり決まってしまったことに不安を感じる。話の流れに意外そうな表情で聞き耳を立てていた仲間達とわかれると、私は老人について行くことにする。




