怪人!血染め桜
「セツお前二級かよ…」
「う、ん」
共和国の国境で身分証明を済ませた私は、アキラの驚いたような声に答える。身分証明にはギルドで発行された冒険者カードを用いたが、それはルシエドのコネというか推薦で、七級から一気に三級に上がっていたからだ。
(ルシエドは中途半端で申し訳ないとか言ってたけど…)
多国籍組織相手によく頑張ってくれたよ。羨ましそうなアキラを横目に、通行手形を弄びながら魔導車に乗り込む。
「どう?うまく行ったのかい?」
すると、運転席に座ったルシエドが話しかけてきた。車の見張りをしていたマツリが、その膝の上で気持ち良さそうに寝ている。
「う、ん…え!」
「おわっ、なんでお前ここにいんの」
ルシエドは悪戯が成功して嬉しそうな表情だ。
「君達が門兵と話している間に座ったのさ」
「いや、そういう事じゃなくてな…」
「何か文句があるのかな?」
ルシエドはアキラを見つめて言う。
アキラの背中には片手用のハンマーが2本、ホルダーに挿さって交差するように背負われている。ルシエドがあげた黒魔鉄のハンマー。特注だ。
(黒魔鉄ってよく聞くと思ったけど最高級素材らしい…)
そんなものを貰ったアキラは強く出れるはずもなく、
「別に、文句はねーけどよ…」
「けど?」
ルシエドがにっこり笑って問いかける。
「事前に話せよな」
「バレたらマルシェに止められるよ」
「…あー、なるほどな」
アキラは納得したように頷くと、私に次いでようやく車に乗り込む。
(なんか良い雰囲気…?)
後部座席からルシエドの耳元に口を近づける。
「ねぇ」
「ひゃ!…な、なんだい?」
「あき、ら、すき、なの?」
だからここまで追いかけて来たんだろうか。
「……」
返事が無いのでルシエドの顔を伺ってみると、その顔から表情が抜け落ちていた。
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「アキラが目指してるのは『旧都』で良かったよね、『新都』じゃなくて」
「おう。マロエってとこ」
「ふーん。セツ。今から新都を通るから、ちょっとギルドでも寄ってくかい?旧都にはギルドが無いからね。暫くはアイスがお預けになるよ」
「い、く」
「そうだよねー」
ルシエドは気が利くなぁ。
私が返事をすると、彼女はクスリと笑った。
窓の外の豊かな自然は既に姿を消し、街並みが流れていく。
(殆どの店が閉まってるな‥)
路上にはちらほらと浮浪者がいる。豪奢な建物が多く見かけられる故に、そのアンバランスさが目についた。
「ついたよ!」
慣れたハンドル捌きで駐車を完了させたルシエドがそう言った。
「たの、しみ」
「アイスねぇ、ガキじゃ無いんだからさ」
「食べ物の嗜好に年齢は関係ないと思うよ」
「……」
ルシエドとアキラが仲良くしているのを背後に、私はどんどん進んでいく。ギルドの扉を開けた。
「………」
特に歓迎の声もない。そのままアイスコーナーを探していると、バーカウンターの辺りに見たことがある顔。
「…あ!謎のネーチャンじゃん。無事だったのかー、やっぱり」
(シーフ…だったっけな)
銀髪の背の低い少年がこちらに歩み寄ってくる。その手には食べかけのアイスクリーム。
「何だよ、知り合いか?」
「…これは、驚いたね。僕達以外に友達が」
「ふにゃあ、どこですかここ」
追いついてきたアキラがつっけんどんな声で言う。ルシエドは眠たげなマツリを首に巻いて面白そうにしている。どうしたんだろう。
「へぇ、友達居たんだ。意外だね。いつ帝国出たの」
「きのう、の、ひる」
「うぇ!じゃあクーデターの時居たんだ!スゲェな」
失礼な事を言ってきたシーフは、驚いたような声を出す。
「見込みありだなぁ。…今日クエスト受けに来たんなら一緒にやろうぜ」
「え…と…」
返答に困っているとルシエドが助け舟を出してくれた。
「僕達はアイスを食べに来ただけだよ。直ぐに旧都に行くんだ。少ししたらまた来ると思うよ?」
「…ふーん。説明さんきゅな。男装のオネーサン」
ルシエドは、何故か大正ロマンな雰囲気の学生服を着ていた。勿論男物だ。聞けば、帝国のアカデミーの旧制服らしい。
「でもさ、アイスなら売り切れだぜ」
「…え」
聞き間違えじゃないよな。
「俺で最後らしいぜ」
「そん、な…」
私が絶望した表情で俯くと、シーフは続けた。
「…俺の食う?食べかけだけど」
「…!うん!」
間髪入れず、差し出した手に握られたアイスにそのまま齧り付く。バニラの風味にヒンヤリとした甘味。オーソドックスなこの味わいは、だからこそ脳髄にまっすぐ突き刺さってくる。
「…おい、しい」
「お、おう」
シーフの手からアイスを奪い取ると、あっという間に食べ終わってしまった。
「あり、がと」
「いーよ。けど前の分と合わせて返してくれよな」
「…え」
「今度一緒にクエスト受けるって話」
またな、と言うと彼はギルドを出て行った。
すっごい優しいな。相変わらず、
「いけ、めん」
「嘘だろ!」
私が思わず呟くと、アキラが驚いた声を放つ。ルシエドも信じられないものを見た表情だ。
「イケメンさんでしたねー」
マツリだけが眠たそうな声で賛同してくれた。だよなぁ、自分もあんな風に粋に振る舞いたいものだ。
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「お恵みを…」
駐車場に停められた魔導車の前には1人の少女が俯いて座り込んでいた。両足の膝から下が無い。
私が近づいて来た事に気づくと、顔を上げてそう言った。その眼窩は両方とも真っ暗な空洞だ。
「どうか…」
放心していると、さらにその少女が施しを求めて来た。無意識に金貨の入ったポーチに手が伸び、アキラにその手を掴まれた。彼は私に体を寄せてくると、見てみろ、と言って顎をしゃくる。
浮浪者のような格好の、禿げ上がった男性が遠目からこちらを観察している。
「お前の視力なら見れるだろ、アイツの歯、どうなってる?」
言われた通り口元を見てみる。
「は、が、とけ、てる」
アキラは溜息を吐くと、私の顔を見つめて言う。
「帝国のスラムじゃああんま無いんだけどな、こういうこともあるんだよ」
「どう、いう」
「親が子供の体をわざと欠損させた上で、育ちの良さそうな金持ちに物乞いさせる事だよ」
アキラは、よく飲み込めていない私に向かって、まだ言葉を続ける。
「さっき、あのおっさんとすれ違ったんだよ。腕にめっちゃ注射痕あったしな。あの子供も連れてた。車のせいで目付けられたんだ。…2人とも、服もボロっちいしガリガリだろ?多分金やってもおっさんのクスリ代になるだけだぜ」
「…僕もそれは概ね同意だね。大金を渡すと襲われる可能性もあるし」
ルシエドが会話に入ってくる。マツリは黙ったままだ。
「じゃ、どう、する、の」
私が言う。アキラは、ジッとしとけ、と言ってギルドに向かっていく。
「まあ僕もそれが正解だと思うよ」
ルシエドがそう言うが、よく分からない。しばらく待っていると両手に何かが詰まった袋を持ったアキラがやってきた。
「…金はないけどさ、とりあえず腹一杯食えよ…」
アキラは袋の中から何かを取り出す。…プロテインバーもどきだ。包装を剥くと少女の口に突っ込んだ。
「…ありがとうございます!」
しばらくモグモグと食べてから彼女はお礼を言った。袋の中を覗いてみると、色んな種類の非常食が入っていた。
袋を置いて、そのまま車に乗り込もうとするアキラの後を追う。
「あのおっさんから引き離すってのも考えたけどな、多分手遅れだ。限界来てる。あんなんでも父親かなんかだろ。自分にとっての心の支えが無くなったら、すぐ壊れるぜ」
まあ俺にも面倒みる余裕ねぇしな、と自嘲げに笑うアキラ。ルシエドは運転席に座るとそのまま車を発進させる。
「俺、共和国はみんな貧しいけど、帝国のスラムより明るくてマシだって聞いてたんだけどな」
「そりゃあ旧都の方だろうね」
もしくは別の地方都市、とルシエドが口を挟んだ。景色はどんどんと流れ、窓から顔を出して後ろを伺っても、少女の姿はもうない。
「新都は格差が酷いって諸外国の中じゃ専らの評判だよ。他国が改善を求めても、異常なくらい話が通じないのさ」
ほら、と言ったルシエドが指差した方を向く。大きくて荘厳な建物が見えた。暫く続いたその外壁を過ぎても、ポツポツと高級そうな店が立ち並んでいる。
「この国の民主制はお飾りだからね。共和と言いつつも実際は元老院の独裁なのさ」
黙り込んでしまったマツリを撫でながら思う。
(うんざりする)
別に異世界特有の話じゃないけど。人間が集まってるところには一定数こういう現象が起こるってだけで。
それでも、一度目にすると妙に頭に焼き付いてしまう。皮脂でまとまった長い黒髪の隙間の、あの仄暗い2つの空洞。旅をすると色んな事を知れて楽しいけど、苦しい。最近は異世界観光を満喫してたくせに、こういう時だけ施設に戻って引き篭もりたくなる自分が、なんだか嫌になった。
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「もうすぐ旧都に入るね、あれ…」
「ちょ、おま、ルシエドまえまえ」
「危ないですよー!!」
『旧都マロエにようこそ』と書かれた看板を見た私達が、その横を抜けようとすると、急に道路脇から女が飛び出して来た。
ハンドルを切って器用に女を避けようとするルシエド。横を通る瞬間、後部座席から彼女を見た。…なんだこの雰囲気。
(喰われる…!)
思わず身を竦めると同時に殺気。
ギィィィィン!!
車が揺れ、青空が見える。
(え?)
見ると、魔導車が横っ腹から両断されていた。ちょうど前の席と後ろの席を分けている。
「おっと」
「うぉぉぉおお!!」
「わあぁ!!!」
近くから悲鳴。車から放り出された私はそのままの勢いで地面と擦れながら停止。少し擦りむいた程度だ。みんなもこの程度は大丈夫だろう。
周りの様子を伺うと、土煙の向こうに誰かが立っている。あの女だろう。影の形からして得物を持っていた。義手を外し、自分のリュックにしまう。それを外したポーチと一緒に傍に置く。左手首から刃を少し生やす、血が滲んだ。右手を背中に回し、聖剣に手を掛ける。…戦闘準備は完了した。




