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壊れた世界を今日もゆく!  作者: テキサス
2章『ハリボテ英雄は許されたい』
15/25

ステルス生活 

 慣れたもんだ。


 大通りを歩く兵隊の死角を縫うように走る。

 そのまま食料品店に突入、足元の窓ガラスを踏まないように、細心の注意を払う。私の影から出たホタルに目配せをすると、二手に分かれる。タイムリミットはすぐだ。冷凍品は無視して、常温の食材を見渡す。


 (またか。どれもこれも腐ってやがるよ)


 こっちはダメだ。


 ホタルの方を伺うと、陳列棚の奥から半身を出したホタルが、両腕でOKサインを送ってくる。その手からぶら下がっているのは茶色い布袋。それがデコボコとしていた。


 (あの形は…缶詰か!でかしたホタル)


 ぐっじょぶをして、店の入り口に集まる。ホタルはすぐに私の影の中に潜った。


 1…2…3。今だ!!

 巡回コースを往復して戻ってきた兵隊の視界に入らないよう、物影を移動しつつ、店を遠ざかっていく。


 警戒しながら、しばらく急ぎ足で歩く。住宅街の目立たない隅の方、窓ガラスが打ち破られた家にたどり着く。トラップが仕掛けられているので、そこからは入らずに、


 ココン コン ココン


 予め決めてあった仕方でドアをノックする。

 カチャリという音がしてすぐ、ドアを開く。後ろ手で閉める。ノールックで鍵をかけた。


 アキラと手を繋いだルルと、マツリを首に巻いたララが、すぐ目の前に立って、緊張の面持ちで私の顔を見つめる。


 「………」


 沈黙の中、期待を隠しきれないような眼差しの少年少女その他達。


 「だい、せい、こう」


 (ミッションコンプリートなのさ)


 私がそう言うと同時に、影からホタルが出てきた。手には茶色い布袋。

 ドシャという音を立ててそれが置かれ、ゴロゴロと溢れた缶詰が転がって、


 「今日は大量でござる!!」


 ウワァァァァァアア!!!!


 「ちょ、静かに、静かにするでござる」


 可愛らしい歓声が私たちを包み込んだ。







 こんな生活を一ヶ月くらい続けている。


 下水道を抜け出した私たちは、直ぐに警邏の兵隊に見つかった。楽にボコした。応援が呼ばれた。それも楽にボコした。

 そんな事を繰り返していると、3メートルくらいの赤いロボットが現れた。


 (技術力が文明レベルに見合ってないよ)


 これがめちゃくちゃ強かった。というか、相性が悪いのかもしれない。


 硬い兵装は、アサシンタイプのホタルと相性が悪い。私は技術がなく、身体と武器の性能でゴリ押してきたタイプだ。けれども搭乗者が凄腕なのか、その巨体で巧みに攻撃を受け流され、的確にこちらにダメージを与えてくる。


 そして、あの直感もなぜが働かなかった。


 (巨人と戦った時のあの感覚。正解のルートが見えるというよりは、不正解のデジャブを避けるように身を動かしていた)


 謎の直感の発動条件を知りたいと思いつつ、何とか一体目を倒して、ホタルとハイタッチをする。間もなく、遠くから十体ほどの同じ外見のロボットがやってきた。


 (無理ゲーだよね)


 私たちはまた逃げ出した。


 そんなこんなで、相変わらず、帝国で何が起きているかはあまり知らない。またロボットを呼ばれては困るので、雑魚兵士にも怯える毎日だ。


 廃墟と化した食料品店や、荒らされた家の非常食を頂いて、なんとか生き延びている。


 (だけどなぁ)


 洞窟での経験から、私はあまり飲食をしなくて済むことがわかっていたので、食事は必要最低限に留めた。他の仲間も、ルルとララに優先的に与えている。けれど、状況は厳しい。子供たちも、みんなも、かなりやつれた様子だ。


 最近は腐っている食料も多いし、見回りも増えた。似たような人達がどこかにいるのか、見かける食料自体が減ってたりもする。


 (これ以上は持たないかも…)


 リビングまで待たず、玄関でそのまま缶詰を開けようとする子供2人を、アキラがたしなめている。それを見つめながら、どうしたものか、と思った。


 (関わったせいで、情が湧いちゃったんだよな…)


 ルシエドが言ってたように、帝国外に逃げ出すべきか。それともまた彼女を頼るべきか。けれどルシエドも余裕がなさそうだった。さすがに下水道の追っ手にやられて怪我してたりしないよね。


 堂々としていたので、敵の相手を任せてしまったが、不安になる。


 (はぁ、狸親父め…)


 この国の惨状の原因はブレア一派らしい。


 よく分からないが、色んな準備を済ませた挙句、あのロボット達や、その中でもとりわけ強い『王の機体』というロボット兵を手に入れたブレア達は、現在イケイケだとか。

 兵隊の会話を盗み聞きして、色々な情報を集めた。


 曰く、今も逃げ続けているルシエドが捕まれば完全勝利だとか。


 曰く、マルシェにはブレアの指示で手を出さないが、仮に襲われても『王の機体』でイチコロだとか。


 なんかスッキリしないけど、本気で国外逃亡しようかな。

 帝国から出るのに乗り気ではないルルとララを説得しようかと思い、みんなが集まっている場所に行く。


 パン、と手を叩いて注目を集めると、ララの首に巻かれたマツリに手を伸ばした。


 (マツリは乗り気だし、アキラはツテがあるらしいし、ホタルは国外のこと色々知ってたし)


 マツリを首に巻くと、


 (ごめん、ちょっと通訳してもらっていいかな)


 彼女に念話を送った。







 なんだかんだで納得してくれそうだ。  


 渋々、帝国の外に出る事を受け入れてくれそうな子供達を見つめる。

 ララが不満げな顔つきながら、私にジュースの入ったコップを差し出してくる。


 「あり、が、とう」


 古いのか、少し変な味がするそれを口に含みながら、先日ホタルと話した内容を思い出す。


    

   鮮明に記憶に残っていた。




 「拙者の話をもっと聞きたい、でござるか」


 「はい。気になるらしいです。特にお姉さんのこととか、帝国以外の国のこととか」


 マツリを腕で抱き抱えながらホタルを見つめた。彼は、現在のセーフハウスで見つけた毛糸で、セーターを織っていた。


 …マツリと再会してから会話がスムーズだ。感謝しかない。


 「そうでござるか…」


 ホタルは手を止めると、胡座をかいた脚の上に作りかけのセーターを置いて、


 「では、まずは姉者のことからでござるな…」





 ホタルの姉、サクラは里の落ちこぼれと言われていたらしい。

 忍術に興味を持たず、ライバル国家であるはずのエドという国、そこのサムライが書いた巻物を、熱心に読んでいたんだとか。


 「姉者、その、一緒に忍術の練習を…」


 「ウチは、これでええねん」

 

 ホタルや色んな人が忍術を学ばせようとしたが、彼女は木を削って作った棒っきれを、一心不乱に振り回すばかり。まるっきり相手にしなかったとか。次第に彼女は諦められ、里の笑われ者になったが、それを気にした様子も無かった。


 そんな風に、少し空気は悪いけども穏やかな日常が続いていた。


 けれどもある日、彼女は自分で一から打った、不恰好なカタナを腰に差して、勝手に里を抜け出したらしい。


 異例の出来事に、慌てて上忍を何人も呼び寄せ、サクラを連れ戻すように言う里の大名達。

 彼らは忍びを派遣すると、苛々した様子でその帰りを待っていた。翌日、帰らない。翌々日、帰らない。その次の日も、そのまた次の日も。


 待ちかねた大名が新しい忍び達を派遣すると、彼らは最初に派遣された忍び達の腐乱死体を持ち帰った。バラバラになって、里を出てすぐの道に放置されていたらしい。


 大名達は恐れた。なぜならその死体の中には、彼らがその強さに信頼を置く、里の英雄である上忍筆頭、『トリマツ』のものがあったからだ。


 恐れながらもメンツを気にした彼らは、肉親の情を利用して首を持ち帰ってこい、とホタルを派遣したらしい。




 「それで、拙者も初めは使命感に溢れていたのでござるが、様々な価値観に触れて、変わっていったのでござる」


 喋り終えたホタルの目の前に、水球が現れる。マツリは水魔法が使えるらしい。最近知った。洞窟でも頼めば飲ませてくれたのかな。いや、弱ってたから無理かな。

 あれこれ考えていると、ホタルはマツリに礼を言って、浮いた水球をコクコクと飲み干す。そして彼はまた口を開いた。


 「さて、後は他の国々のことでござったな。拙者もあまりよく知っている訳ではないのでござるが…」




 かなり面白い話が聞けたが、その時は混乱してしまった。なので今、頭の中を纏めようと思う。


 (なんか頭がフワフワするけど)


 この世界『リーファ』は長方形の、とても大きな平面らしい。長辺を2等分するようにして、とてつもなく大きな谷が刻まれているんだとか。世界の外についても聞いたが、そんなものは無いと言われた。


 つまり、この一つの世界は一つの大陸であると同時に一つの宇宙でもあると。

 地球では生命の根源であるはずの海は、その平面にできた大きな水溜まりのことを指すらしい。

 この場合巨大湖とも言えそうだが、光球は海と訳す事にしたのだろう。


 東側にあるのは、三つの大国。帝国、共和国、教国。そして、そこからのお溢れをもらって存続する沢山の小国。

 大国の周りにポツポツとあるのが災害領域。

 現在見つかっている災害領域の殆どは、東側に発生しているらしい。


 (私が初手で領域内にポップアップしたのは、かなり不運だったのかな…)


 そして、西側では中規模の国家が立ち並ぶ。


 ホタル曰く、群雄割拠の時代らしい。

 場所によって気候差が激しく、まとまった平野に欠けるため、大国が長持ちする事はないんだとか。忍びの里も、エドも、そういった中規模の国家の一つらしい。


 それでは、西側で生まれたホタルが、深い谷を超えて、どうやって東側にやってきたのか。


 古代の記録では、生身で崖上から谷底まで往復したり、魔法で飛んでいったという人物もいるらしいが、勿論そんな方法ではない。


 広い谷幅を少し超えて、東と西の端にそれぞれ軽く跨る、円形の大地。それは空高く浮いていて、『学園島』と呼ばれているそうだ。


 謎の多い島で、その島の中心にある魔法学園に通う生徒と、そこの卒業生しか、その大地を踏むことは許されていないらしい。


 そんな学園島は、その閉鎖的な雰囲気と反するように、国際協調主義だそうだ。

 大使を派遣して、東の大国間での争いを調停して、平和条約を結ばせたり。

 東と西との文化交流も促進した。

 通称スクラッチという可愛らしい名前で呼ばれる、世界を分断する大きな谷。そこを越えるための交通機関も、学園島が用意した。


 ホタルはドラゴンに乗りたかったらしい。けれどお金が足りなくて、魔女の箒に乗ったそうだ。



 そして、ここから雲行きが怪しくなる。



 長方形の端っこは奈落になっているらしい。落ちた先は、魑魅魍魎が無限の闘争を繰り広げる、広大な地獄に繋がっていると信じられていて、昔は刑罰によく利用されたんだとか。今でも奈落スレスレに辺境の民が住んでいるらしい。


 (私はそんな刑罰絶対嫌だな、高所恐怖症だし。普通に殺してくれ)


 そして、空に星はなく、ただ太陽のみがある。

 朝と夜は、太陽がリーファという平面の法線を通るようにして、中央でバウンドを繰り返している証拠らしい。


 …夜空で星を見上げるのが好きだったんだけどな。あの子には浸ってるとか言われたっけ。いや、そんな事よりもだ。


 (信じられない)  


 作為を感じた。


 自転も公転もしていないし、勿論回転軸の傾きも存在し得ない。なぜ平面に垂直にバウンドするだけの環境で、東西の環境がそこまで違うんだ。


 (海の水も死なないか?)


 ホタルは海の幸が好きだと言っていた。海中には多様な環境があり、沢山の生き物がいるそうだ。人工の小島を作って一人暮らしする酔狂な人もいるらしい。ニセ太陽からのエネルギーだけでそこまでかき混ざるだろうか?他に何か攪拌要因があるのか?


 奈落に関しても、人の手による印象操作の感が否めない。お母さんの言うこと聞かないと鬼が出るよ、みたいな。未知のものに取り敢えずストーリーを付けたんじゃないのか。真実ならばどこからそれが伝わるんだ。


 (地球の常識が通じるラインはどこまでだ?)


 ホタルの説明を、馬鹿らしいと一笑に付そうとも思ったが、ふと考えた。そもそもあり得ないことが沢山起こっている。


 (…あの子曰く、人間の知能は何十万年か進化していないらしい。地球での話だけど)


 ふと思い出したそれをヒントにして、考えてみる。それなら、数千年というタイムスケールでは尚更頭の良さは変わらないのだろう。

 私達と同じくらい賢い存在が、地球は亀ちゃんの甲羅の上に乗ってるとか言ってたんだ。


 (なんか、どうしても思考が散らかっちゃうな。いつもの理性的マイペースはどうしたよ私)


 その人達と私達の違いはなんだろう。…今度はノアの言っていたことを思い出す。実験データの蓄積。


 (この予測不可能な世界で、なんでもいいから繰り返されるパターンを見つけたい…)


 危険な環境に、孤独に投げ出された私。心の安寧のためには少しでもこの世界について情報を集める必要がある。個人では無理だ。1人じゃ断片の断片しか見えないのだ。だったら誰に頼ればいい?何を信じればいい?


 (気持ち…悪い…)


 どんな理論を用意し、どんな大前提を仮定したら、この世界を説明できるのだろう。分からないことが多すぎる。少量の情報を頭に入れたせいか、逆に不安になってきた。

 地球での知識が、全てこのファンタジー世界にそのまま適用できるとも思わない。けれど共通点もあるんだ。


 (見えてるものに比べて、見えてないものが多すぎる)


 頭の中で、これまでの人生で培ってきた常識と、このファンタジー世界の在り方が、反発しながらも混ざり合い、マーブル模様になる。


 (あの子に注意されて直したのに…初歩的な事にこだわっちゃう)


 私が持つ剃刀は切れ味が悪かった。

 混沌を単純なピースに切り分けようとした事を後悔する。そのまま受け入れるべきだったか。


 「おい!ララ!セツのジュースに酒混ぜたろ!」


 「シーッ!セツさんいつも緊張してるから、リラックスさせてあげなきゃ…」


 遠くから人の声が聞こえた気がした。

 この過酷な異世界。現状の無力さに耐えかねて、せめて状況を把握するくらいはしようと思ったんだけどな。

 そのために頭の中を整理しようとしたのに、せっかく鮮明になりかけていた世界像がモザイクに戻っていく。


 (これじゃ、せっかく色々教えてくれたあの子に笑われちゃうな…)


 現実逃避で始めたはずの楽しい分析で、私はどんどん理解できない事への吐き気を催していった。


 (考えるのやめよ)


 一度加熱した頭は簡単には冷えない。


 ぐちゃぐちゃの頭に、もう一つの可能性を思い浮かべる。


 (実はこの世界に人格神のような何かがいる…?それともたまたまそう見えるだけ?)


 ふと大豪邸の庭、芝生の上で、光球がぷかぷかと宙に浮いている光景が頭をよぎった。






 


 


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