ラブコメの波動
簾を上げて外に出ると、路地中で争う声や何かがぶつかる音が聞こえた。
「おいやめろ!俺のテントを踏むんじゃねぇ!」
「あんた達一体何なの!?」
「ちょ、ちょっとね、皆さん穏やかに。痛ッ」
主にスラム民の怒号や悲鳴が聞こえる。耳を澄ますと、それに混じって、冷たい口調の話し声。
「先輩。これいちいち思想を審査するの面倒じゃないすか?みんな反乱分子の恐れありでいいでしょ」
「…んーん。そうだよな。死人に口なしって言うし。いっちょ駆除するか」
物騒な会話が聞こえ、続いて銃声。自動小銃によるものだろうか。暫くパララララという無機質な音が、悲鳴に混じって聞こえた。
(耳、痛すぎ。鼓膜破れたかな)
遠くの話し声に聴覚を集中していたせいか、突然の銃声で耳がキーンとなってしまった。
(さて、この状況。どうしようかな)
後ろを振り返る。戦闘体勢を整えたホタルと、緊張した顔のアキラが2人の子供を庇うようにして立っていた。
「どう、する?」
別れるか、一緒に行動するか。後者なら手始めに何をしようか。思考を巡らせながら、問いかけてみる。
「あー。暫く一緒に動かねーか?兄貴から聞いてるかもしれねーけど、俺ギフト持ちなんだよ」
「かい、りき?」
「…そーそー。だからいざって時は守ってやる。さっきのお礼だ」
アキラの足元は震えている。適当にからかって力を抜いてあげよう。
「ちゅー、の?」
「違ぇよ!代わりに戦ってやるっつってんだ。俺の『怪力』はすげぇぞ」
まだ足元が少し震えている。指摘した方がいいのだろうか。ちょっと面白い。
「だから、さっき突き飛ばしたのとか危なかったんだから!」
「アキラ殿。セツ殿は相当つわものですぞ」
ララとホタルが合いの手を入れた。ルルはララの服の裾を掴んで俯いている。
断続的に響いていた銃声がやみ、二人分の足音がこちらへと近づく。ヒィッと息を呑む音が後ろから聞こえた。一歩前に踏み出そうとして、
「セツ殿、御三方の子守りを任せてもよろしいか」
ホタルが言う。
俺はガキじゃねぇ…と呟くアキラの声を無視して、
「わかっ、た。いって、ら」
見送る事にした。
ホタルは少し歩いて建物の影に踏み込むと、
(なるほど、さっきのは)
ズブズブとその中に沈んでいった。
3秒ほど経って、ドサリという音が2つ重なって、足音も止む。もう倒したのか。そして、
「…ふぅ。さて、これからどうしますかな。拙者にも当てはございませんぞ」
「ぅえ!」
背後から声をかけられた。もっと心臓に優しく現れてくれ。
「もう!ビックリさせちゃダメでしょ!」
ララが怒る。その通り。
(それにしても当て、ねぇ)
怒られてシュンとなるホタルを見つめながら考える。帝国での生活歴は短い。思い当たるものといえば、
「あ…」
聖剣をもらった時に目に入った、トリグラオ地下一階の、ホテルのような施設を思い出す。
(あそこなら5人くらい平気か。何が起きてるか分かんないけど、安全面でも大丈夫そうだし)
別れたばかりで気まずいが、背に腹は変えられない。あそこにみんなを連れて行こう。
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「で、5人組でここまでいらしたと。…もー、僕が偶々いて良かったけどさ。今大変なんだよ。教会的に大事なものが奪われて非常事態だし。正直、今からセレモニーに乱入してブレアを問い詰めたいくらいだよ」
ホテルのラウンジで果物のジュースを飲みながら、ルシエドと向き合う。マツリ、謝っといて。
「セツさんも謝ってますし、許してもらえませんか?」
私の首元に戻ってきたマツリがそう言う。
ここは実際、昔客人を歓待するために使われていた施設らしい。地下の機密保持の観点から閉鎖されたが、今でもコンディションは保たれているのだとか。ラッキーだった。
「頼ってもらえるのは嬉しいけどさ、あんな別れ方をした手前、情緒がないというか何というか」
「うん」
「……まぁ。僕ができる事なら何でもするよ。何かあったらあの人に伝えて」
ルシエドが指差した方向を向くと、彼女とは違った、黒の神官服を着た男性が、頭を下げた。
「…とりあえず、ちょっと席を外すね」
ルシエドは早足でエレベーターに乗ると、その扉が閉まる。
(みんなのとこ戻るか…)
部屋は沢山あったが、どれも広かった。全員が貧乏性だったせいか、一つの部屋に5人で泊まる事になった。
正直私は広い方が好きだが、みんなで寝るのって楽しそうだ。
でも、部屋に案内されてすぐ、ルシエドに話があると言われて呼び出された。だからまだ私は遊べていない。
(一杯あそびましょうねー、セツさん)
通路を歩き、記憶にある扉を探す。マツリがいるから、結構話せるぞ。状況的に一蓮托生っぽいし、今更隠さなくてもいいだろう。
(うん、たのしみ)
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布団を被って、さっきまでのことを思い返す。
(めちゃめちゃ楽しかった…)
まずは色んな話をした。蛇が私の通訳をするという事には驚いていたが、みんなすぐに慣れた。
聖蛇様などとは言われなかったので、あの洞窟の昔は、身分や教養がある人しか知らないのかもしれない。
ララとルルは実の姉弟らしい。
親に捨てられた彼女たちを、同じく親に捨てられたアキラが誘って、共に暮らすようになったとか。3人とも黒髪なので、全員血が繋がっていると思っていた。
(顔も割と似てるんだよな…)
アキラが病に伏せるようになって、ハデルは登り詰めるとだけ言い残し、家を出た。緩衝役が居なくなったせいか、それから両親とアキラの仲はすぐに悪化したらしい。人間的にかなりゲスいことも出来てしまう2人と、潔癖なアキラは相性が悪かった。
(そう思えばハデルはその中間って感じだったよな)
小屋で一人になったアキラは、誰かと共に住もうと思って、痺れる体を動かし、ララとルルを見つけたらしい。ハデルは家を出て冒険者になってから、一度も帰っていないので、見捨てられたと思っていたとか。
(不器用なやつだよ)
アキラに、ハデルが彼を愛していた事を伝えようか迷ったが。やめておいた。領域での死に際にちょっとした世話を頼まれた、という嘘を付いた。アキラは複雑そうな顔をしていた。
(…アキラ、か)
「ん…」
寝返りを打つ。
「むぎゅう」
枕にしていたマツリに肘を入れてしまった。その場所を撫でて、寝ぼけた頭で回想を続ける。
次はホタルの話を聞いたんだった。
ホタルはやっぱり忍者だった。
(異世界にも居たんだよね…)
抜け忍となった姉を殺す為に、里から追手として派遣されたらしい。
(ドロドロの話だなぁ)
結局、里の外の解放感に心を奪われたホタルは、姉を追う事をやめ、諸国を放浪してたんだとか。
帝国に到着して、冒険者ギルドの存在を知らなかったせいか、職にありつけなかった彼は、スラムで行き倒れていたらしい。
(世知辛いよなぁ)
そんな彼が、もうダメか…と思っていたところで、倒れているのを見かけたララとルルが、大量のお菓子を恵んでくれた。
そのお菓子は、彼女達がチャリティーイベントで食べ飽きるほど貰った物の、余りだったらしいけど。
(ホタルは、それでも、その瞬間の感動そのものが大事だと言ってたから、結果オーライか)
そして、回復してスラムで力仕事を始めた彼に、冒険者ギルドの存在を教えたのはアキラらしい。
そんな3人に恩を返すと決めたホタルは、これからもギルドで稼ぎつつ、用心棒として無償で働くつもりだと言った。
(みんな、「家族だろう」と言って怒ってたけど)
私の話も話せる範囲で色々とした。スラム民と言う嘘はバレそうだったので、他国から出稼ぎにきた親に捨てられたばかりだと伝えた。
部分部分を濁しながら、これまでの旅のことを話すと、みんな慰めてくれたし、誉めてくれた。
(でもアレは失敗だったかな…)
調子に乗った私はギフトを使って、赤黒いジェンガを作成した。
とても引かれたし、ララは泣き出してしまった。けれど結局、5人と1匹で楽しむことができたが。
(あれも、これも、結果オーライ。人生綱渡りだなぁ)
ウトウトとしてきた、忍び寄る睡魔に身を任せようとして、
ドンドンドン!!!
激しいノックの音がした。
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下水道の中を走る。
ノックがしてすぐ、血相を変えたルシエドや教会の人達は、私達を連れて駆け回った。隠し扉を開け、狭い通路を抜け、レンガを引き抜き、岩に空いた穴をくぐり抜けて。
気づけば巨大な地下水路に出ていた。入り組んだその中をさらに先導される。
臭い。トイレと工場の嫌な匂いを混ぜた感じ。
岩造りのトンネル状の通路。所々に緑色の苔のようなものがこびりついている。中央には、どぶ川のような酷い見た目の水が流れていた。
「…それで、いったいどうしたんですか?」
めまぐるしい展開に言葉を失っていた面々の中、マツリがルシエドに尋ねた。
「どうやって説明すればいいんだろうな…」
ルシエドは歩きながら、悩ましげに通路の天井を見つめる。
「さん、ぎょう、で、まと、めて」
ルシエドは溜息を吐いた。両手をヒラヒラさせながら私の顔を見つめると、
「ブレアがクーデターを起こした。しかもそれは、かなり成功する可能性が高い。成功したら教会もスラムの民も、恐らく君やマルシェもお終い」
「なる、ほど…」
(さっぱりわからん)
「おい!それってどういうことだよ。…もうちょっと詳しく説明してくれ」
アキラが怒ったように問いかける。
教会の人達がそれに反応するのを手で制して、ルシエドは答えた。
「君は、イベントで会ったことがあったね」
170センチはありそうなルシエドが、160センチはなさそうなアキラを、見下して言った。
「…だから何だよ。質問に答えてくれよ」
「いや、何でもないよ。久しぶりってだけ。そうだね、まずは今日のセレモニーで起きたことから振り返ろうか。僕も全貌を報告してもらえたわけじゃないんだけど…」
ルシエドが言葉を止める。
私達の背後。遠くの方からかすかな反響音。機械の駆動音のようなものが段々と近づいてくる。
「ハァ。流石第一か。説明の時間は無さそうだ」
ルシエドはお付きの人から金色の棒を受け取った。赤い幾何学模様が走っている。
(ブレアのと似てる…?)
そして私の方を向くと、口を開く。
意外と焦ってはいない様子だ。
「ここは僕達が食い止めるから、早く逃げて」
そう言って、通路を進むように、背中をポンと押してくる。
「…え」
「早く!!僕だって半信半疑なんだ、行ってくれ」
彼女が何を言ってるのかイマイチ分からない。でも少しずつ焦ってきた様子なので、とりあえず逃げ出す事にする。
私はマツリを首に巻いたまま、プチパニックの5人を促して、通路の奥へ駆け出した。




