はなせばわかる
背後からは黄色い歓声。
目の前のアキラは真っ赤な顔で呆然としていた。医療行為なのに。
「な、なにすんだよ!」
薬は即効性があるのか、アキラは我に帰ると直ぐに私の胸元を突き飛ばしてくる。…セクハラか?いや普通にめっちゃ力強い。痛いんだけど。
「きゃぁあ!信じられない!アキラが、女の子の胸を…」
「それより動けてることに驚こうよ、姉さん」
アキラは私を突き飛ばした手を見つめると、目をまんまるに開いて停止した。
「しかも感触を確かめてるわ!変態!」
「だから、姉さん」
「…ほんとうに、良かったでござるなぁ」
背後からホタルの声がする。
アキラはまだ驚いたような顔で、全身を確かめたり、立ち上がって動かしたりする。
寝たきりだったのにそんな急に動いて大丈夫かな。
「うおっ」
案の定フラついてこけそうになったアキラを支える。アキラは顔を赤くしながら、
「あの、その。さっきは突き飛ばしてごめん。マジで感謝はしてるんだ」
真剣な声色でそう伝えてきた。
「さっさと離れなさいよ!」
「うるせぇ!今離れるつもりだったわ」
イテテ、と言いふらつきながら離れるアキラ。そこへララがテクテクと近寄ると、そのまま腹パンした。
「女の子には優しくしなさいっていつも言ってるでしょ!」
「うええ。あのなぁ、そういうお前こそもうちょっと労わりの感情とかを身につけた方が…」
アキラの言葉が止まる。ララの目尻が濡れていることに気づいたからだろうか。
アキラはベッドに座り直して、後頭部をボリボリと掻いた。両手を広げてみんなを見渡すと、
「…あー。心配かけて悪かったな。もう安心だ。王は帰還した。これまで世話かけた褒美に抱擁でも、」
アキラが言い終わるのを待たず、ララとルルが彼の胸元に飛び込む。グェッという声がしてから、ホタルが絡まり合う三人をゆっくりと包み込んだ。
(こりゃあ私、お邪魔虫かな)
踵を返そうとすると、ホタルがこちらを見ている。無言で、目配せをされた。よく分からなくて立ち尽くしていると、手招きをしてくる。
断るのも無粋と思って、団子状になった彼らの中に助走をつけて飛び込む。
ウゲェ!
私の踵がアキラの顎に当たってしまった。
(しまった。病み上がりがいるんだった)
「うわあ。セツさんっていい匂いね」
ヒップドロップした私の背中に敷かれたララが言う。
「ごめ、ん」
ホタルとルルも近くにいて、行き場がない。身を起こして、アキラが退避しつつある空間に飛び込んだ。そのスペース、私が頂く。
「げぇ!ちょ、お前まで来んなよ。仲間じゃないだろ」
顔を赤くしたアキラがそう言いながら、私から距離を取ろうとする。
かなりのパンチラインを喰らってしまった。けれど、ララがすぐに咎めてくれる。ルルもホタルも、彼を若干睨みつけていた。
「だって、仕方ないだろ…いきなり」
正義は我にあり、だな。
アキラが弁明しているのを聞き流しながら、ふと小屋の入り口に顔を向けた。簾ごしに何か聞こえる気がする。雑踏。あとは喧騒や怒声。
だんだん騒がしくなってきた。みんなも話すのをやめて、入り口の方に顔を向ける。
(なにか、あったのだろうか)
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(ようやく始まるか…)
ステージの上で動きがあったので、俺は両側の人に当たらないように、体を捻り、足を軽く動かす。立ちっぱなしでかなり疲れた。
セレモニーには身分関係なく参列できるらしい。帝国の心臓である帝都、その大部分の住人が、仮設ステージの中央に居る2人を一目見ようと集まっていた。…前の人間の背中しか見えない奴が殆どだろうが。
俺は、運良く自分の席が取れた人間の1人だ。抽選で外れた奴は、遠くから群衆越しに雰囲気を味わうことくらいしかできないだろう。遠くの建物の上にも何人かが座って、こちらを見ている。
(ほんと、凄い人数だな)
帝都一の大広場である革命広場には、中央に仮設ステージが置かれ、その上にあの2人と、補佐役の人間が何人か居る。昔ここで下層市民による革命が起きたんだとか。今帝政であることを鑑みるに、その流れは続なかったんだろう。
そして、ステージを囲むように魔導銃を持った兵隊が並んでいる。さらにそれを囲むように、同心円状に観客用のスペースがある。地面に印を引いただけの簡素なものだが。
それより、魔導銃だ。正式名称は魔導式自動小銃ウィズドラver3.5。
ver3.0までは一昔前の戦時期に、ノア=ウィズドラ主導で開発が進められた。魔法弾も、普通の銃弾も飛ばせる。魔力持ち、つまりは人間なら、魔法使いの才がなくても使えるという、優れた殺傷兵器だ。
(こう見てみると、喜びもひとしおってやつだな)
そんな魔導銃を、性能低下を最小限に抑えながら、素材を廉価化し、工場で大量生産できる程度まで機構を単純化する。それを命令したのがブレア様だ。
無茶な命令だった。けれど職人派の中で燻っていた俺たちの研究を温かく見守って、惜しみない援助を与えてくれた。そんなご恩に報いるために、俺たちは必死でver3.5の開発に励んだ。
(…お陰で体がガタガタだけどな)
研究室のメンバーの中で、抽選に当たったのは俺だけだ。後で酒でも飲みながら、内容を語ってやるか。悔しげに話を聞く同僚の顔をイメージする。
少し時間が経った。…うるさいな。ブレア派かマルシェ派かで盛り上がる後ろのカップルに眉を顰める。くだらない。お二人は補い合ってこそ真価を発揮する。そもそも彼らは同じ巫女派だろう。それにしても、
(全然始まらないな…)
ステージの上では、まだ動きがある。ブレア様は真剣な面持ちで、誰かと通信している。マルシェ様は少し離れて、冷たい眼差しで群衆を見下ろしていた。
少ししてブレア様が歩き始めた。
(お、今度こそ始まるか)
ブレア様はステージの前方に据え付けられたお立ち台に昇ると、口を開いた。
「…今日は、帝国の歴史に残る日だ」
魔法で補助しているのか、よく通るしゃがれ声で言う。
「祖先の代から我々を苦しめてきた『骨吐き洞窟』も、今や完全に破壊された」
広場を埋め尽くす群衆を見渡しながら、続ける。
「共和国の脅威が無くなりつつある今、もはや我々は、国外において恐れるものなど殆ど何もない」
しばらく黙ると、声色を変えて続ける。しゃがれのあまりない、硬質な声。
「さて、少し寄り道をしよう。いや、こちらが本筋かもしれないな」
(寄り道?)
「ここにいる諸君の殆どは、一部を除いて、抽選に応募して駆けつけてくれた人々だろう」
(そうだ。アンケートが怠かった気がするな。内容は選考に影響しないが、全部埋めないと応募資格が失われてるとか書いてたから、適当に埋めた奴だ。質問がやけに抽象的だったな)
「騙した形になって申し訳ないが、選考にはアンケートの内容が影響している。……思想調査というやつだ」
少し騒めく周囲。これは何の話だろう。ていうか、適当に埋めて合格って、本当にラッキーだったんだな俺。
「前口上はここまでにしておこうか。総員…構えッ!!」
ブレア様が号令をかけると、ステージ上の少数の兵も、その足元を囲む多数の兵も、こちらに銃口を構えた。
「死にゆく蛆虫どもにはこれでも贅沢なくらいだろう。…撃てッ!!!」
は?
頭に衝撃。
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死屍累々。
死体が積み重なり、血の海と化した広場を感慨深げに見下ろすのは、ユザーミ帝国第一帝国軍大将ブレア=フレデリック。
自慢の長い顎髭は先程自ら切り取られ、広場に投げ込まれた。覚悟を示すためだろうか。
(長かった…やっとここまで来たか)
中流貴族から帝国軍大将までの立身出世。皇帝夫妻のご機嫌伺い。各派閥への強引な根回し。職人派のはぐれ者を懐柔しての魔導銃の量産計画。特級災害領域の破壊。そして、教会からの『鍵』の強奪。
自らの生涯、その険しい道のりを思い返して、フッと自嘲げに笑みを零す。
(素面では…出来なかった)
ブレアは己の中に閉じ込めた激情を意識する。
許せなかった。利権に肥え太り、体制を腐敗させていく貴族や皇族が。
許せなかった。技術にしか目がなく、大局的に物を見ようとしない職人派が。それに寄生する事に必死で、一極化して先細りになっていく経済に無頓着な商人たちが。最もそれらの煽りを食らいながらも、諦めた表情で行動を起こさない大衆が。スラムの民が。
(…帝国は俺が救うしかない)
全ての帝国民が許せなかった。
ステージ脇で魂を抜かれたかのように立ち尽くすマルシェを、視界の端に捉えた。
(アイツもだ。結局口では抵抗したものの、止めはしなかった。局所的な優しさが大局的には帝国を殺すと言えば、すぐに動けなくなる。自らの正義を押し通すだけの気概もない。所詮才能だけの小娘。…それも八方美人で台無しにしているが)
先程受けた通信を思い返す。
(…皇帝夫妻はもうこの世に存在しない)
平和条約以来封じられていた、大量の搭乗型魔導兵器。通称『魔導兵』も、その中で最も強力な『王の機体』も、手中に収めることができた。
ブレアは短くなった髭を撫ぜながら、巫女の顔を思い出す。
(『鍵』を奪われ、そのせいで兵器の封印を破られた。この失態で教会内での立場も弱くなるだろう。もっとも、それを気にしそうな性質の女ではないが。ひと目見た時から、帝国のことなど興味がないと伝わってきた)
あの自由奔放な巫女が、特に理由もなく、未だに狭い鳥籠に留まっていることに疑問を感じた。
けれど、それも今となってはどうでもいいことだと頭を切り替える。
(所詮、窮屈な場所以外での生き方を知らん小娘…か。だが、)
自分の障害になるなら、この2人の女だけだっただろうとブレアは考える。
(もう、殆ど勝負はついた。貴様らの詰みだ)
壇上から降りて、敬礼する兵達の前へ行く。
(…ようやくだ)
ブレアは立ち止まり、口を開く。
「帝国各地で同志が連続的に蜂起している。状況は明らかに優勢だ。ゼルア中将」
ハッという声と共に一人の女性が前に出る。
ブレアと対照的な銀髪。目元は凛々しく、口元は固く結ばれている。庶民出身の28歳。自分との思想の共鳴を認めて、熱心に育てていた人材の一人だ。
「貴官は教会の制圧と大衆の審査が任務だ。命を賭してでも完遂せよ。貴族派は同志が既に潰した。職人派に関してはアラン中将が受け持つことになっている。連携を取って、同時に攻め込め」
威勢の良い返答と共に、早歩きでその場を去っていく彼女。
その背中を見つめながら、ブレアは長年温めてきた計画が成就していくのを感じていた。
(ようやくだ。ようやく俺の正義を実行できる)




