王子様のキス
(なんだか大変な事になってきたな…)
私を殺人犯だと伝えた男に状況を説明し、彼が慌てすぎていた事を叱り付けたルシエド。
彼女も大慌てで、私をトリグラオの中に入らせた。そして呼吸を落ち着けるとこちらを向いて、
「あの狸親父は、君が居なくても別の口実で同じことをするよ」
と言って慰めてくれた。先にルシエドに本当の事が伝わってなかったらと思うと、ゾッとした。
そしてすぐに、彼女は私を連れて地下へと降る。ホテルのような施設のある地下一階にエレベーターで降りると、さらにそこから階段を使って、地下三階に到着した。
目の前の空間には、大きな白い壁がある。おもむろに歩き寄ったルシエドは、指先をそれに向けると、黒い魔法陣を描き進めていく。
それが終わった後、毎度のように両掌を押しつけた。黒と緑の魔法陣が混ざり合って行く。すると、
ゴゴゴゴ……
重いものが擦れる音がしながら、壁が左右に分かれて行く。露になったのは金銀財宝。彼女は中に入り、迷わず、そこから白い鞘の剣を一本取ってきた。それを私に押し付けて言う。
「この剣をあげるよ。必ず君の助けになってくれるはずだ」
私がそれを手に取ると、彼女はまた口を開く。
「これから僕の部屋から、それを背負う為のホルダーも持ってくる。実は高性能の魔導義手も製作中なんだけど、間に合わなそうだね。だから……」
彼女は強い意志の篭った目で私を捉えて言った。
「僕らはここで一旦お別れだ。こらから先、君を巻き込む訳には行かない。帝国からも、すぐに出た方がいい。…きっとまた会えるから」
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ルシエドと別れた私は、そのまま冒険者ギルドを訪れた。貸し借りのバランスを取る為だ。ルシエドに助けてもらった分、誰かに親切にしよう。
(私がスッキリするためにね)
私はハデルの言っていた弟の存在を思い出していた。
さっき見たばかりの冒険者ギルドの外観。その中に入ると、やっぱり見たことのある光景。
(アイス食べるためだけに新鮮味を消費したの、ちょっと勿体なかったかな…)
高級感のある薄茶色の木材からは、落ち着いた雰囲気を感じられる。ほとんどが木でできたこの建物は、魔法によって補強されているらしい。魔法って便利だ。天井でゆったり回る木のプロペラをぼんやりと眺めながら、そう思った。
入ってすぐ、後ろ髪を引かれながらアイス売り場を横切って、受付嬢の元に行く。
(……やばい、ルシエドの部屋にマツリ置き去りだ、うまく話せない。というか話せてもその手は使っちゃダメなんだった。このポンコツ頭め)
「え、と…」
「はい、どうされましたか?」
受付嬢がにっこりと答える。今はその営業スマイルに威圧感を感じるよ。
「はで、る、のこと、しり、たい」
「四級冒険者ハデルの事でしょうか。彼は特級災害領域『骨吐き洞窟』での素材回収クエストを引き受けたまま、所在が分からない状態です。ギルドとしましては先日、死亡届を提出致しました」
受付嬢が淀みなく答える。
「じゅう、しょ、とか、おし、え、て」
「分かりました。100ゴールドになります」
金で教えるのか。乾いた世界だな。
たしか銅貨一枚100ゴールドで、銀貨がその10倍、金貨がそのまた10倍だった。100ゴールド未満には石貨、大きな金額には大金貨や白金貨、虹金貨などが使われるらしい。
お釣りも両替もポーチには入らないな。金貨しかないよ。ポーチから取り出した金貨袋を持ちながら、どうすべきか考える。
同時に薬も買えたら、払う金額を増やしてお釣りを減らせるんだけどな…。
「えと、おかい、も、の、いっ、しょに」
「何をお求めでしょうか」
(ハデルはギルドで薬を取り寄せしようとして、拒否されたんだっけ)
とりあえずダメもとで頼んで、情報を集めてみよう。今は忙しそうだけど、手が空いた時のマルシェやルシエドに頼れば身分の問題は解決できそうだし。
(えーっと、何て病名だっけ……そうだ!)
「しびれ、びょ、うの、くす、り」
「では、身分証明書の提出をお願いします」
「………」
そんなもの、ないよ!
やっぱりそうきたか。しばらくは、どうする事も出来ないのかな…。
私が受付嬢の前でまごついていると、誰かに肩をトントン、と叩かれた。もしや並んでる人が居たのか。恐る恐る振り向くと、私のほっぺに指がブニッと突き刺さった。
「……」
(なにコイツ)
「っかしーなー。かなりできる雰囲気出してたのに。…まーいーや。ネーチャン困り事?痺れ病の治療薬は生憎持ってないけど、これありゃ平気だと思うよ」
157センチの私より少し目線の低い、銀髪のショタガキがそこに立っていた。右手に持っているのは青い液体の入った小瓶。
「なに、これ」
「特効ポーションも知らないんだ。大抵の状態異常を治せんだよ、コレ。痺れ病なんてイチコロだって」
「あり、が、とう」
私は金貨袋から適当に取り出した金貨を3枚、銀髪少年に渡す。このくらい有れば足りるよね。
銀髪少年はそれをジロジロ見ると、ブンブンと手を振って、
「あー。いいっていいって。いーよ金は。コネ作るためにあげたんだし。あとコレ」
銅貨1枚を私の開いたままのポーチに捩じ込む
「両替で困ってたろ」
(こいつイケメンかよ…)
彼は手を頭の後ろで組むと、話を続ける。
「その代わり、今度クエスト一緒にやろうな。そんで良かったら、俺のクラン入ってくれよ。最高のクランだぜ。…これ、有望株のスカウトってやつな」
私はうなづくと、口を開く。
「セツ…」
「ん…?あー、俺はシーフ=テンタクル。てか、話すの苦手なの?」
私は頷く。すると彼は、
「ふーん。じゃあまた今度ね」
そう言うと、入り口脇で酒盛りをしていた、歳上だろう仲間達に合図をした。そして、さっさと出て行ってしまった。
(多分、大丈夫な奴だよね…)
私は手に持った小瓶を見つめて首を傾げた。
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貰った銅貨をそのまま渡してハデルの住所を教えてもらった私は、路地裏へと向かう。受付で地図を見せて貰えたが、ルシエドと行ったばかりの市場から、少しだけ離れた所だった。
(たしかここら辺だけど…)
入り組んだ細い路地を出て、少し開けた空間の中、木で出来た小屋のようなものが見える。
(多分、これだな)
ふと視線を感じた。一歩踏み出しながら、背中の剣に手をかける。半ばほどまで刀身を引き抜いたところで、悪寒に襲われた。
ガキィィイイ!!!
前方に差した私の影の中から、おでこ目掛けてクナイが飛んできた。知らず、剣で弾いている。
(なんで反応できた私。いや、それよりも)
私はバックステップして辺りを見渡す。誰もいない。小屋の中から少年少女のはしゃぎ声がかすかに聞こえて、すぐにしゃがむ。
頭上にクナイを持った手。それは背後から首を掻き切るような軌道を描いて、動く。なぜか頭の奥がとてもガンガンしてきた。戦う意志を固めると、ますます鈍痛と危機感に苛まれる。
背後からまた殺気。振り向きざまに剣を振るう。クナイを弾いた。
ルシエドから貰った剣。艶消しの白い鞘にメタルグリーンの線が2本走っている。刀身を引き抜くと、これまた艶消しの白だ。
セラミック包丁みたいだから聖剣セラと名付けたそれを、危機感に応じて振るう。その度、投げられたクナイが弾かれる。クイックに首を狩りにくるクナイも、すんでのところで溶かすように断ち切る。
(切れ味良!けど、戦うほど頭の内の警報が高まってる。痛いな頭。…邪魔しないで)
……いや、これは巨人と戦った時と同じかもしれない。直感を信じて聖剣をその場に捨てると、跳び下がって距離をとり、地面にうつ伏せになって倒れ込む。これでいいかな、降伏アピール。
頭上にゆっくりと近づく人影。困惑したような気配が伝わってきた。
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「いやー、申し訳ないでござる」
目の前で後頭部をポリポリと掻きながら、気まずそうに顔を伏せているのはホタル。
私より少し歳上くらいだろうか。黒の忍び装飾を着込み、目は紫の前髪で隠れて見えない。
「ほんと!セツさんが強い人じゃなかったらどうしてたのよ!」
「いや、この辺りに全然居ないくらい強い気配が現れたから、すごい慌ててたんだってさっき言ってたよ…」
息子を叱りつけるように、ホタルの前に仁王立ちする小学生くらいの少女がララ。それを嗜めているのがルル。彼女の弟だ。
「もう…いい」
私は右手を振って、許したというサインを送る。
あの後精一杯コミュニケーションをとって、害意がない事、アキラの兄の知り合いだという事、薬を持ってきたという事は伝えられた…と思う。
「かたじけない…。では、失礼して」
ホタルは机の上に置かれた薬瓶から、青い液体を手の甲に少し垂らす。
ここは小屋の中だ。部屋はリビングが一つ。奥の方では少年が寝ていた。名前はアキラ。そう、ハデルの弟だ。16歳で、私の一つ上らしい。
ホタルは青い水滴を舌先で軽く舐めると、
「ふむ…。毒ではない。かなり質の高い回復薬ですな。味の濁りからして何らかの特殊効果も期待できそうでござる」
痺れ病にも効けば良いでござるが、と言って薬瓶の位置を戻す。ほんとにねー、と呟く姉弟の声を耳に入れながら、
「じゃ、あ、する」
私はボロボロの椅子から立つと、これから薬を飲ませようと、みんなを見回す。
全員が固唾を飲んで見守るなか、ホタルがアキラを起こしに行った。すぐに目覚め、ぼんやりとした表情のアキラに何か説明をしている。アキラとホタルがこちらを見てきた。ホタルが頷くので、薬瓶を持ったままベッドに近づく。
『痺れ病』
原因不明。突然発症したり、モンスターとの戦闘中に発症したりと、その始まりは多様。
しかし症状は共通していて、体の下の方、つま先の麻痺から始まって、最終的には顔面の筋肉も動かなくなる。
治療法はそれ専用の薬か、高度な回復薬の服用のみ。自然回復したケースは今のところ見られない。
「ありが、とな…」
ホタルに背を支えられて身を起こしたアキラは、私を見て、涙目でそう言った。
頭の回る子供だとハデルは言っていたが、突然現れた私を信じるくらいには弱っているらしい。それとも、ホタルを信じているからか。
薬瓶を差し出すと、震える手が持ち上がろうとするが、何度もベッドの上に力なく垂れる。
それを制止し、傍に立つと、ホタルと代わるようにして背を支え、薬瓶を口に突っ込む
(………)
…勿体無い。かなり口から溢れてしまった。なるほど、痺れの症状は意外と進行してるらしい。
(こういうとき、どうすればいいんだろ…)
少し考え、私は半分程残ったポーションを全て口に含むと、アキラに口移しした。




