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壊れた世界を今日もゆく!  作者: テキサス
2章『ハリボテ英雄は許されたい』
11/25

束の間の平穏

 結局、自分はまだセレスファリア城に居たらしい。ようやく見つけた階段を上がりながら、朦朧とする意識を保つために、頬の内側の肉を噛みちぎる。これ以上こんなとこに居て堪るか。


 最上階に着いた。気持ちは逸るものの、歩みは遅々として進まない。漸く部屋の前に着いた。ドアノブを回し、倒れ込むようにして開ける。


 部屋の中では、ルシエドが、眠っているマツリのしっぽで遊んでいた。

 音に気づき、こちらを向いたルシエドに言う。


 「はや、く、でて、く」


 「え。急にどうしたんだい。というか、顔色が悪いけど大丈夫?」


 ダメだ、埒があかない。


 私は足を引きずりながらベビーベッドに近づく。マツリを右手で持ち上げると、カウボーイのようにグルグル頭上で振り回した。


 「…わ。ひゃ」  


 マツリが眠たげな声を出す。


 (マルシェが、マツリが話せるのは秘密にすべきと言ってたけど、仕方ない)


 私は、マツリの蛇らしい剥き出しの目に力が篭るのを確認すると、最後の力を振り絞って、圧縮した思考を送り込んだ。







 肩が揺さぶられている。


 目を覚ます。馬車の中だろうか。マルシェと乗った馬車を少し豪華にしたような内装だ。仰向けになった私をマツリとルシエドが覗き込んでいる。


 「もうちょっと寝かせてあげたかったんだけどね。入る前に外観を見ておいた方が不安にならないだろうと思って」


 ルシエドは私に、馬車の外に出るように促した。


 ふらつく頭を右手で押さえながら、段差を降りて外に出る。馬が居ないな。魔導車というやつか。いや、それよりも。


 「ここが僕たち帝国教会の本拠地、『トリグラオ』だよ」


 東京ドームに入るか入らないか程度の大きさの、白いピラミッドがそこには建っていた。外壁には汚れがなく、装飾もない。

 唯一こちらから見える側面。その中央に、花柄の装飾が刻まれた、大きな黒い扉が見えた。


 「で、か」


 ルシエドは私に肩を貸し、歩き始めた。


 「マツリちゃんから話は聞かせてもらったよ。ごめんね、僕が目を離していたから…」


 マツリはいい仕事をしてくれたようだ。ルシエドの首に巻かれたマツリに目配せをすると、尻尾を振って応じてくれた。


 「ここなら恐らく安全な筈。暫く僕の部屋に滞在してくれたら嬉しいな」


 彼女は気遣わしげにそう言った。

 

 扉の前につくと、ルシエドは両掌を当てる。すると、そこを中心に、緑色の大きな魔法陣が浮き上がった。


 (きれいだ)


 扉は音を立たずに、その手に押し出されるようにした開いて行く。


 「さあ、おいで」


 ルシエドの手に引かれ、入り口の敷居を越えた。







 ルシエドはかなり偉いらしい。そんな人から一方的に施されてしまった。

 ベッドに登る気力もなく、フカフカの絨毯に寝転がったまま考える。どうやって報いるべきか。




 一階は礼拝所として使われているらしかった。受付のお姉さんに声をかけたルシエドは、薄い板を受け取った。そして私を引っ張って、受付の奥の小部屋に入る。


 「座って休んでてね」


 中の空間は業務用エレベーターくらいの大きさ。実際、エレベーターだった。私をベンチに座らせると、ルシエドは壁に板を押し当てる。すると、かすかに上昇する感覚を感じた。 


 「すぐに戻ってくるから」


 暫くしてエレベーターは止まる。

 ルシエドは私に待ってるように言った。

 ドアは開かれたままで、そこから工房のような設備が見える。フラスコ。よく分からない液体。工具。生き物の素材や鉱石のようなもの。


 頭に手拭いを巻いた男性から、先程と別のカードを貰ったルシエドは、戻ってくると、それを今度は別の壁に押し当てた。


 ドアが閉まり、再び上昇する。今度は小さな小部屋に出た。トイレルームくらいしかない。そして目の前には黒い扉。


 その扉に、先程と同じように両掌を押し当てたルシエド。ピラミッドに入った時のミニチュア版のような現象が起こり、私達は扉の中に入ることができた。




 (ルシエドがお風呂入ってるうちにお礼を思い付かなきゃ)


 絨毯でゴロゴロしながら考え続ける。


 これまでもそうだったが、今なんてまさにそうだ。あまりにも一方的な親切。偉い立場の人の、秘められた部屋に案内された。入り方も少し覚えてしまっている。


 (友達が欲しかったのなら、何をしたら喜ぶだろう。…やっぱりプレゼントかな) 


 残念ながら手持ちは少ない。


 ルシエドにプレゼントされたパジャマや巫女服など衣服。ルシエドにプレゼントされた大きな首掛けポーチと金貨がジャラジャラ入った小袋。


 (貰いすぎだよなぁ)


 素直に受け取る自分も自分だな。


 そういえば、ルシエドは音楽が好きらしい。私設の音楽隊を引き連れて、スラムのチャリティーイベントでは歌を披露したことがあるんだとか。


 (うーん…)


 私にできることはなんだろう。


 部屋についてすぐ、何気なく見た自分のステータスウィンドウを思い出す。オーブの数は増えていて、見慣れないギフトもあった。

 なまやいば。それともせいじん?


 (…あ、閃いた!)


 「よし」


 私は作業に取り掛かる。







 「まい、にゅー、ぎあ…」


 正確には私用ではないが。

 いや、本当に苦労した。


 目の前に置かれたのは赤黒い鉄琴。正真正銘の自作の楽器だ。そう、加工も、素材も。


 私の左手首から刃が出てくるのは楽器を作るためだったのかもしれない。暫く練習してみると、手首からはみ出た部分なら形をある程度自在に操れることが分かった。


 まず、私は同じ形と大きさになるように、角柱を2本作った。その後は板の製作をした。弦の長さを変える事で振動数、つまりは音の高さを変えられたはずだ。板でも理屈は同じだろ。古代人はいい発見をしてくれたものだ。後はネジを作るだけ。


 (さんきゅーぴたごらす)

 

 「さん…ぴた…」


 準備は完了した。


 仕上げはルシエドが来ないとできない。ソワソワしながら彼女を待つ。高そうな絨毯にできた血の染みも、友達の情熱に免じて許してくれる筈だ。


 首を長くして待っていると、湯上がりのルシエドが帰ってきた。柔らかそうな白い肌が少し汗ばんでいる。腕に抱えられていたマツリも、表面が少し赤らんでいる。


 すぐにトトト、と歩み寄って、


 鉄琴を渡す。

 ネジで留められた鉄琴は、乱暴に押し付けてもバラバラになることはない。我ながら良く出来たものだ。


 「ん?こんなものあったっけ」


 困惑した表情を浮かべるルシエドに答えた。


 「ぷれ、ぜん、と」


 ルシエドはマツリを床に投げ捨ててから、鉄琴を落とさないように、両手で私の右手を握った。


 「え!本当かい!?すごく嬉しいよ。それにしても、いつ買ったんだい」


 「みて、て」


 私は左手首をルシエドの眼前に持っていった。


 まずは刃を細い棒状にしたものを伸ばしていく。まだ抜けないように集中を維持しながら、先端部分を球状に小さく膨らます。完了して、緩く射出したそれを、右手でキャッチした。


 「じゃ、じゃー、ん」


 大成功だ。血に濡れたマレットを、もう汚れてしまった絨毯で拭くと、ルシエドの手をとって握らせる。


 「わた、しの、き、もち」


 決まった。ルシエドは口をあんぐり開いてマレットを見つめると、そのまま動かない。


 「もし、もし」


 反応がない。少し重かっただろうか。汚いと思われたのかもしれない。ネガティブな気持ちに襲われかけて、


 「アハ…アハ…アハハハハハハ」


 ルシエドがおかしそうに笑う。


 「……君って本当に面白いね。ますます好きになっちゃったよ」


 目尻の涙を指で拭ってから、少し血の残った私の左手首を、大切そうに撫で回す。


 「痛かったでしょ?」


 「す、ごい、いた、い」


 ルシエドは一瞬私の顔を見ると、


 「あー、もう!辛抱堪らないよぉ!」


 抱きついてくる。ハグ好きだなぁ。ラッコみたい。


 (とりあえず作戦成功、かなぁ)


 私はルシエドを抱き返しながら、自分を褒め称えた。







 本日は晴天なり。


 朝だ!今日です巫女デート。マツリも連れて行こうとしたが、ルシエドに説得されてやめた。この国では目立ってしまうそうだ。君がそれを言うのとは思ったが、現地人の感覚があるのだろう。


 ルシエドに手を引かれながら、裏通りに向かう。大通りのパレードに向かう人と、よくすれ違う。みんなこちらを二度見するから、やっぱりルシエドは有名人なんだ。


 パレードの後はセレモニーがあって、色んな人がスピーチしたり、催しがあったりするらしい。ルシエドが辞退するのに苦労したと言っていた。


 そんな彼女は、


 「美味しいなぁ。はい、アーン」


 食べかけのアイスを差し出してくる。


 途中で通りすがった冒険者ギルドの名物だ。一番人気はどういう原理か知らないが、燃えているらしい。真の漢だけが中の甘みに辿り着けるんだとか。


 いつか挑戦したいな、と思いながらアイスを頬張る。ちょっとデカく行きすぎたかな。ルシエドの顔色を伺うと、とても嬉しそうだ。


 (えらい器の大きい女やでぇ…)


 彼女の寛容さに、思わず心の声がエセ関西弁になりながらも、通りを歩く。

 煉瓦造りの家は数を減らし、寂れた木造の建物が増えていく。その合間を通り抜けると、路地裏だ。


 建物に遮られて光が届かないのか、全体的に薄暗い。通路の端にはシートを敷いて寝転がる人や、入り口を開いたままのテント内で乳繰り合う男女などが居た。


 「帝国は自然豊かとは言えないしなぁ。有名な建物といったら、教会が建てたセレスファリア城とトリグラオくらいなんだよ」


 ルシエドは路地裏の奥に進みながら続ける。


 「そうなると店くらいしかないけど、今はパレードでどこも閉まってる。今まともに営業をしてるのは、多国籍組織の冒険者ギルドに…」


 路地裏を抜けると、石造りの廃棄ビルに囲まれる、広い空間があった。


 「いつでもやってるスラムの市場くらいなんだよ。まあ君は強いし、僕は魔法に関してはそこそこ天才だし、安全に問題はないだろう?」


 ルシエドは久々に悪戯っ子めいた笑みを見せた。



 ルシエドに手を握られながら屋台を見回る。視線は感じるが、そこまで声は掛けられない。彼女はここに行き慣れてるんだろうか。


 美味しそうな匂いがしたので、ルシエドの手を引っ張る。そのまま歩いていくと、フライドチキンの屋台だ。自分が知っているものより三回り以上は大きい。うちわにできそう。


 「こ、れ、ちょー、だい」


 網の上に置かれたチキンを指差して言う。

 首からタオルを下げたオバチャンは、


 「あらぁー!カワイイ子じゃないの。巫女様も隅に置けないねぇ」


 と言って、隣に立っていた男性の脇腹を肘でつつく。旦那さんだろうか。


 「アハハ。なかなか振り向いてくれないんだけどね」


 ルシエドも冗談で返す。仲が良さそうだ。


 金貨袋を取り出そうとすると、ルシエドが手で制する。彼女は自身のポーチから、銅色のコインを3枚取り出すと、


 「はい。300ゴールドだよね」


 と言ってオバチャンに手渡す。


 金貨以外に貨幣あったんだ。というか、1ゴールドが1金貨だと思ってたよ。…おい光球、翻訳の精度あげろ。そんなんじゃディープな存在にはなれないぞ。


 あれこれ考えていると、チキンが渡された。私の顔より大きいかも!ってやつだ。実際大きい。

 どう食い付こうか迷って、結局中心から攻める。顔がベタベタになりながらも肉を掘り進めていく。


 「おい、ひい」


 ジャンクな味がたまんないね。うん。そのまま周囲の肉もこそげ取って、あっという間に完食してしまった。意外とあっさりしていたせいか、ペロリと行けてしまう。


 「凄いなぁ」


 そう言いながらルシエドは私の顔に手を伸ばす。優しく撫でられると、触れられた端から温かい水の感触がして、サッパリしていく。掌が離れた。


 ルシエドの手元には野球ボール大の、油の混ざった水球がプカプカと浮かんでいた。

 彼女はぎこちない動きで首を左右に振って、一度地面を見た後、その水球に口をつけてコクコクと飲んでしまった。


 「…え?」


 「ああ、違うんだよ。ここに捨てたら迷惑だろう。こういう処理の仕方もあるのさ」


 そうなのか。魔法使いというのはやっぱり常識では計れないものなのかもしれない。感心していると、彼女に声をかけられる。


 「あっちの屋台はどう?アパランの実の糖固めとか、甘そうなのがいっぱいあるよ」


 甘いものは大好きなので、引っ張ってくる手に従う事にした。







 「けぷ…」

 (ふぅー、食った食った)


 「沢山食べてたねぇ」


 ルシエドは微笑ましそうにこちらを見つめてくる。うるさい。お前も私の半分くらいは食べてただろ。


 もう帰り道。夕暮れになった路地裏を出て、今は大通り沿いにホームへ戻る。

 セレモニーはまだ続いているのか。その明るさと人の声で開催場所がだいたい分かる。


 トリグラオが見えてくると、慌てて武装した人が走り寄ってきた。


 私の方を見て少しギョッとした後に、口を開く。


 「申し訳、ありません!『鍵』が、奪われました!!」


 少し荒い呼吸を整えて、彼は再び口を開いた。


 「殺人犯を匿っている容疑で捜索令状が出ていまして。それに乗じて。……人相書きを見るに、どうみても」


 彼はポケットから取り出した丸まった紙を広げると、何度もこちらと見比べる。


 「彼女がその殺人犯です」



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