崩れた日常に再打撃
この世は訳のわからないものだらけだ。
そう思いながら私は目を閉じる。
瓦礫の中で大剣を掲げる英雄は視界から消えた。足元に横たわる、絶望を振り撒いていた黄金の巨人の姿も。真っ暗闇にそれでも雑踏と喧騒は届き続ける。
(歓声に加わりたいけど…)
猿轡をされているせいで、声を出すことが出来ない。仕方なく物思いに耽ることにする。
思えばこの意識がいつ芽生えたのかも分からない。まともに考えれば、分からないことなんて無限にありそうだ。けれど昔は、唯一の友人になんでもかんでも質問してばかりいた。
(今はもう、分からないどころじゃないけど)
その友人曰く、初歩的な疑問にいちいち躓かず、習慣に心を染めて、なんやかんや社会で上手くやり過ごすべきとのこと。
(…そりゃそうだ)
更に言えば、私は人としての色々が欠けているらしい。
一言余計だとか、色々とは具体的に何だとか、そんなことを面と向かって言える人の方が欠けているのではないかとか、思うところはあった。
けれども、それが伝わる事はない。
私は喋ることが苦手だったし、その友人はもうどこにもいないからだ。
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(どうしよどうしよどうしよ!)
私は混乱する頭を落ち着けるため、目を瞑って今日起きたことを思い出そうとする。
唯一の友達の葬式が終わってすぐ、施設のみんなでその子の部屋の整理に取り掛かった。情緒がないけどもう次の子が決まってる以上しょうがないか。
そんなこんなで部屋を片付けていると、あの子がいつも弄っていたパソコンが目に入る。意外な事にパスワードが掛かっていなかったので、どんなことをしていたのだろうと探ってみた。
すると、自殺の前日にメールのやり取りがあった。
要約すると、『おくりびと』という名前のメール相手はこの世に嫌気がさした人たちを集めているサークルの指導者だ。
集団で飲み会やイベントをして、傷を舐め合っているらしい。ご丁寧にその時の自分の写真まで送ってきている。そして、彼らは他にも色々な活動をしていて、その中に自殺希望者の手助けがあるらしい。えーと、
(あなたが生きる事に限界を感じたら、遠慮せず私たちのところへお越しください)
「どこ、だろ」
「俺にも見せろ」
振り返ると、タイショウくんが大きな身体を折り曲げて、私の肩越しにパソコンを覗き込んでいた。
「………おい。なんだコレ。ちょっと、みんなこっち来い!!」
タイショウくんは声が大きくて苦手だ。思わずビクッとしつつ、集まってきたみんなと代わるようにしてパソコンから離れる。
しばらくマウスのクリック音や話し声が続く。私は輪の外から、それをぼんやりと見つめていた。
あの子は自殺を手伝ってもらったのだろうか。高層ビルからの転落死。薬物反応アリ。遺書は自室にあった。
(ほんとに…なんで)
「自殺幇助って奴ね。セツはこれを知ってたのかしら?」
「……しら、ない。いま、みた」
ナギちゃんがこちらに問いかけるので、慌てて答える。ナギちゃんはキツめの美人だけど、とても世話焼きだ。だからこの後の展開は予想できた。
「とっちめましょうかコイツ。いや、とりあえず話を聞きに行きましょう」
その後の展開は目まぐるしかった。
放っておくか、警察に任せておけばいいのに。というか、いつも死にたい死にたい言ってたあの子にとっては、恩人という可能性もある。
あの子曰く『強い人間』である施設のみんなは、すぐに意見をまとめた。そして、そのまま『おくりびと』の示していた住所に向かった。気が乗らない私を引きずりつつ。
みんなは想定外の大豪邸にビビっていたものの、タイショウくんを先頭に庭でやっていたバーベキューに突入した。
すぐに口論になったところで、つんざくような轟音と共に閃光が炸裂。喧嘩に閃光弾使う奴があるかと思いつつ、戻ってきた視力で彼らの方を伺う。
美味しそうなお肉とそれを乗せた鉄板は消滅していた。代わりに光る球のようなものが、芝生の上にぷかぷかと浮いている。
「おめでとう。君たちは選ばれた」
唖然とする面々を前に、光球は説明を始めた。
曰く、異世界でとあるゲームを行いたく、そのプレイヤーとしておくりびと一行が選ばれたとのこと。…他にも長々と話していたが、ボーッとしていたせいで説明を聞いていなかったのが悔やまれる。
なぜなら、私まで異世界行きになったからだ。
ゲームの参加を了承した途端に消えたおくりびと一行を追うために、みんなは光球を説得して異世界行きに漕ぎ着けた。そして、今となっては大人1人高校生4人中学生1人の施設で、中学生の私だけを残すのは不安らしい。
拒否する私や反対する他のメンツを尻目に、タイショウくんは私の参加まで勝手に宣誓してしまった。
ふざけんな。というかそれで参加意思を認めるな。
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「それで、どのギフトを選ぶかは決まったのかな?」
思案しながら閉じていた目を開けて、光球に答える。
「…ん。回帰、って、やつ」
参加を宣誓されてから暫くして飛ばされたこの空間では、異世界に行くにあたっての特典が選べるらしい。
光球と私以外にあるのは、目の前に浮かぶウィンドウだけだ。そこに適正に応じて表示されるらしい選択肢が5つ浮かんでいる。説明はしてくれないそうで、名前が並んでいるだけだ。
『魅了』
『獣化』
『再生』
『剣術』
『回帰』
光球はガシャンと音を立てて床に落ちると、言葉を返してきた。
「本当にそれでいいんだね?」
「…ん」
私の冴え渡る頭脳によると、この『回帰』とは地球への帰還権のことである。
他のものものしい特典は、異世界での過酷な生活をイメージさせるので却下。『獣化』とか、使いこなせる気がしない。適性アリって嘘でしょ。
こういう展開では往々にして、超越者は抜け道を用意してくれているものなのだ。
というかゲームの説明を要求しても説明済みだからと何も教えてくれない時点で、参加の意欲はゼロだ。地球に帰りたい。1人はしんどいけど。まずは引き取り手を探すところからかな…。
「じゃあ、君も楽しんできてね。良い異世界ライフを」
(せめて、素敵な景色の場所がスタート地点ならいいけど…)
光球は不快な機械音声を最後に、床の上で高速回転を始める。すると空間がねじれ始めた。白かった床や壁は、紫色の肉のようなものに段々と変わっていく。視界がチカチカとしてきて、急に吐き気が込み上げてくる。
サイケデリックな視界と内臓を無遠慮にかき混ぜられるような感覚に耐え続けていると、意識が遠のいていった。
「…そして、ボクを楽しませてよ。面白いプレイングで」




