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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

散歩

作者: 瀧川 蒼

 午前一時。

 秋というよりはもう既に冬を前倒したような寒い夜中、俺はふと窓を見た。

 開いていた問題集とノートをそのままに、カーテンの向こうを覗き見る。

 見慣れた景色だ。わずか先の道路と向かいの家と道路脇に立っている常夜灯。

「まあ、たまには」

 呟いて、窓辺を離れ、掛けていた上着を羽織った。

 理由?

(強いて挙げるならば)

 自分に対して言い訳をする。

(まるで別世界のようだったから?)

 白い光がぼんやりとしていて、どこか違う世界に呼ばれているような気がしたんだ。


「さっむー」

 一歩外に出てしまえば、そこはただの道路だった。

(当たり前か)

 しんしんと冷えてゆくばかりの空気が、包む物のない首や手からあっさりと熱を奪っていく。

 それでも、わざわざ外に出て来たのにすぐ戻るのも嫌で、足の向かうまま進む。何も目的なく、しかも夜に、外にいること自体が珍しかった。

 ざり、と石を踏む自分の足音と、若干遠くにそしてまばらに聞こえる車の音しかしない。こんなコンビニもない町の中では、もう誰もが眠りについている時間だ。

 と、道の先になんだか白いものが見えた気がした。

(あれ?)

 前に進む足は緩めずにじっと見ていると、ぐんぐんと大きくなるそれは、真っすぐ俺に向かって来ているらしい。

「え、わあっ」

 どこかふわふわと夢見心地だった俺は、避けるという選択肢さえ浮かばず、どん、とぶつかられてそのまま後ろに倒れた。

「くぅん?」

 尻は打ったが、なんとか頭を打ち付けることだけは回避した俺の胸に、ずっしりとした重みがかかる。

「わん!」

 わんって……犬か?

 はふはふという生暖かい息が俺の鼻先に触れた、と思ったらそのままべろべろと口を舐められた。

 犬って口舐めるの好きなんだよなぁ。うちのもそうだったなぁ。しっぽが高速で振られているのを視界に入れて、ほっと息をついた俺は、のんびりと昔飼っていた犬を思い出す。わしゃわしゃする毛の感覚も懐かしい感じだ。

「わっ、こらっ。ちび、やめろっ」

 焦った声がして、若干だが重みが減った気がした。

「すみません、大丈夫ですか?」

 上から聞こえて来た声が、なんとなく聞いたことのあるものだな、と思って顔を上げると、はたして確かに見知った相手だった。

「東野?」

 高3になって初めてクラスが一緒になった奴だ。頻繁に会話をする訳ではないけれど、挨拶くらいはするし、実験かなにかで一緒の班になったこともあったと思う。ちゃんとは覚えてないけれど。

「なんだ、葉山か」

「何だってなんだよ」

 拍子抜けしたように言うから、呆れて言い返してやる。声のトーンまで明らかに変わってるぞ!

「はは、悪い。知り合いだったから気が抜けただけだよ」

 自分でもその変化が分かっているんだろう、東野は頭を掻いて言い訳らしいことを言うと、未だ俺の上に乗っかっている犬を後ろから引きずり下ろした。

「こいつ、ちびって言う割にはデカくない?」

 やっと冷たい地面から身を起こした俺は、尚もじゃれてこようとするその鼻面を押しやりながら訊く。立ち上がって見下ろすちびは、立派な毛並みと太い足を持った大型犬だ。暗くてよくわからないけど、ゴールデンレトリバーか何かだろうか。

「もらって来た頃はちっちゃかったんだよ。そのころは犬種なんか知らなかったしなぁ」

「わん!」

 俺に同意する東野の隣で、ちびが元気よく吠える。なんというか、愛想のいい犬だ。

 よしよし、と頭をなでるとぱたぱたとしっぽが揺れる。

「かわいいなぁ、お前」

「……お前の方が」

「ん? 何か言った?」

「いや。何でもない。しかし、こんな時間に何してるんだ」

 ごほん、と咳をした東野に、散歩、と短くそして小さく答える。いかにも不審だろう、こんな真夜中にうろうろしていたら。

「そ、っか。俺は明後日の模試が憂鬱でさ、コイツ起こして外に出て来ちまったんだ」

 にか、と笑った東野に、ほっと息をつく。そっか、俺だけじゃないのか。

「だよなぁ、俺も、もう数学が壊滅的でさぁ」

「お前……! 葉山が壊滅的だったら、俺とかどうなるんだよ」

 恨みがましい目で見られて、苦笑する。そういえばこないだの中間試験の答案返却の後、東野の点数のひどさを仲のいい奴らが面白そうに囃し立ててたような気がする。

「まあまあ。本番じゃないだけマシだよね」

「ホント。このまま受験に突入したらマジやべぇよ」

 あはは、と二人して乾いた笑いを浮かべる。冗談にできるだけ、まだ余裕のある方だ。

「っ、くしゅん」

「おい、風邪ひくなよ」

 寒さのせいかくしゃみがでて、俺は自分の肩を抱えた。そういえば、上着を着ただけで出て来たから、かなり冷えてしまっている。

「ほれ」

 東野の声に、へ? と顔を上げると、首が暖かいもので包まれた。

「え、あ、ありがと」

 東野の首の辺りがやけにすっきりしたな、と思いながらなんとなくで礼を言って、それから時差でマフラーを俺の首に掛けてくれたんだ、と気づいた。

「明日返せよ、それ。——じゃっ、学校でな!」

 俺が遠慮する暇もなくきびすを返した東野は、ずるずるとちびを引っ張って反対方向へ走り出した。

「……いい奴だなぁ」

 ぽかん、とそれを見送っていた俺は、東野が角を曲がって見えなくなったころに呟いた。

「俺も帰ろ」

 くるり、と方向転換して元来た道を辿る。

 頬を撫でる風はやっぱり冷たくて、乱視の目で見る夜道はやっぱり白くふわふわとしていて、東野と会ったこともなんだか夢のようだけれど。

(……あったかい)

 明日、ちゃんとお礼を言おう。

 それから、ちびにもう一度触らせてもらうんだ。

 手触りのいいマフラーに両手で触ってみて、俺は小さく笑った。


もともとはシリアスになる予定だったのですが、いつの間にかBLに(笑)


短編ばかりですが、ブログでupしてます。

cantare http://cantare424.blog67.fc2.com/

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