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angolmois  作者: ちょりん
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第一話(2)

 入学式や卒業式とは違い、始業式は早く終わる。しかし、式は終わってもその後には夏休み中にあった部活動の試合の表彰が行われる。

 桜たちの通う(せい)(りょう)学園は県下でも上位に入る程の強豪校。ジャンルを問わず、あらゆる部活が入賞している。今回もまた幾つもの部が入賞していた。

 サッカー、野球、バレーボール、柔道、剣道、以下多数……。

 運動だけでなく、頭の方もこの学校は上位の方に位置する。全国模試では毎回、全国十位以内に入っている生徒が一、二人いる。

 所謂(いわゆる)、『文武両道』というやつだ。

 その証拠に、体育館の正面左側には誰が書いたのか不明だが、大きく達筆で「文武両道」と書かれている。恐らく、書道の世界では有名な人なのだろう。素人目に見ても達人が書いたと判る。

 桜は意外にも校長が書いたのかも、と思ってしまったがそれは無いだろうと自己完結をした。


 もしかしたら、始業式よりも表彰式のほうが長かったかもしれない。それほどの入賞者がいたということだ。

 桜の部内―――陸上部でも将来有望な生徒はいる。その実績で大学からスカウトされ、そのままスポーツ推薦という形で大学に行く人もいる。

 だが、自分は決して「それ」の中に入っていくとは思えない。平凡な女子高生が殆ど趣味で入った部なのに、将来そうなるとは考えられなかった。(むし)ろ、こんな理由で部に入ってしまったので、周りのみんなに迷惑を掛けているのではないかと思っていた。

 いつだか、そのことをみんなに話したが、肯定する人は出なかった。「みんな仲間なんだからそんな風に思ってる人なんかいない」というのが回答だった。

 その答えに桜は涙したのをよく覚えている。それの御陰で部活に集中できるようになれた。


 教室に戻ってくると、またいつもの五人組で話すことになった。

「始業式よりも表彰式の方が長いっていうのはどう思うよ?」

 開口一番に言ったのは啓祐だった。

 啓祐は委員長だったが故に、列の先頭で呆然と式を眺めていた。先頭だったために、何も出来ずにこうすることしか出来なかった。先頭より離れた、後ろの方や中の方では小声で会話をしている人がいた。その人たちにとっては面倒臭い一イベントだったにすぎないだろう。

けれども先頭に立っていた啓祐にとって、これは軽い拷問だった。何もすることが出来ないのだから拷問以外の何物でもない。それ故の愚痴だ。

「仕方ないじゃない。入賞者がいっぱいいたんだから。寧ろ喜ぶところじゃないの? そうそう入賞出来るもんじゃないんだし」

 啓祐の愚痴に軽く由美は応える。

「そうだけどさ。俺は全然嬉しくないんだヴォッ!?」

 啓祐の奇怪な声が教室に響き渡る。何事かと、教室にいた生徒が音源に振り向いたが、「いつものことか」と呟きながら、していた作業に戻っていった。

「ゆ、由美さん……? そこは……鳩尾(みぞおち)ってとこ、です……よ?」

「あら、そんなこと知っているわよ? 委員長?」

 由美の右手はいつもの如く、啓祐の急所を突いている。

 啓祐の口からはいつもの如く、呻き声が漏れている。

 一瞬の間を置き、啓祐は床に倒れた。

「男なら愚痴は零さないの!」

 啓祐に意識があるのかないのか不明だが、他の三名は無事を祈ることしか出来なかった。


 教室に戻ってきてからホームルームまでの時間はそんなになかった。

 まだ二学期初日ということもあってか授業はない。このホームルームが終わってしまえば、今日の学校行事は終了となる。

 担任が「明日、席替えをする」と言い、それだけが報告だけだったらしく、一瞬の内にホームルームは終了した。

 普通ならばこの後、部活があるのだが、今日に限っては顧問の先生が用事があるらしく自主トレもなしになっている。

 桜たちの部活―――陸上部は週三日。月、水、金だけが本来の活動日である。それ以外の曜日は基本的にはないが、各自が自主的にトレーニングをすることが出来る。あくまで学生の本業は勉学にあるため、学校側はそれほど部活動に力を入れようとはしていない。生徒の自主性を尊重している。それにも関わらず大会で多くの入賞者が出るのは生徒個人の(たまもの)だろう。

桜は活動日にしか出ず、それ以外の曜日はバイトに行くことにしている。

「桜〜。今日、部活ないの知ってるよね?」

 由美が茉奈香を連れて桜の席に来た。

「うん。知ってるよ」

「じゃあさ、遊びに行かない?」

「ごめん。今日バイト入れちゃった」

 両掌を合わせ、謝る。いつもなら部活があるのでバイトは入れないのだが、部活がないことを事前に知っていたため、バイトを入れていた。遊び盛りの女子高生としてはお金は必要である。

「そうなんだ……。じゃあ、また今度だね」

 由美は心底残念そうに応えた。

「うん、そうだね。私は別にいいから二人で遊びに行ってきなよ」

「なんか、悪い気がするけど、桜がそう言うなら……」

「うん。行ってらっしゃい」

 桜は由美と茉奈香を手を振って見送った。

「さてと。バイトに行かないと」

 鞄に机の中の道具を入れ、教室を出て行った。

 今思えば、せめて校門までは一緒に帰れば良かった。

(そういえば、一輝くんも今日バイトが入ってたはず)

 それを思い出し、一輝と一緒にバイト先まで行こうと思い、教室に一輝がいるか確認をする。見回すと一輝は帰り支度をしているところだった。

「ねぇ、一輝くん。今日バイト入ってたよね? 一緒に行かない?」

「ごめん。今日は病院に行く日なんだ。その後から行くんだけどさ」

 桜は「そっか」と洩らし、教室から出て行こうとした。

「病院までは同じ道だから、そこまでなら一緒に行こうよ?」

 教室の出口の方を向いていた桜は、再び一輝の方に振り返った。そして、桜は嬉しそうに頷いた。


 二人きりで帰るのは初めてじゃない。二人ともバイトが入っている日は大抵一緒に行くようになっている。誰かが決めたのではなく、自然とそういう風になっていた。

 けれども二人は付き合っているわけではないし、お互いに好意を抱いているわけでもない。ただ『親友』と呼べる仲というだけ。“二人”だけではない。由美や茉奈香、啓祐とも『親友』だ。彼らとはそんなに長い付き合いではない。由美と啓祐はいとこ同士なので、小さい頃からお互いのことを知っているようだが、他はそうではない。皆、学校から近い所に住んでいるのだが、小学生の頃から微妙に学区が違っていたため、出会うことは無かった。皆が皆、同じ高校に進学したためにこうやって出会うことが出来たのである。

「その目の怪我って、どれくらいで治りそうなの?」

 余計なお世話かもしれないが、ついつい聞いてしまう。こんなことを聞いたら嫌がるかもしれないと思いつつも……。

「今月中には治るってさ。そんなに大した怪我じゃないし」

 聞かれた本人は嫌がる素振りは微塵も見せずに応えてくれた。桜は内心でホッとした。もしかしたら、自分の“こういう考え”が余計だったのかもしれない。

「桜とはそんなに長い付き合いじゃないけど」

「え?」

 予想していなかった内容だったのでつい、一輝の顔に向いてしまった。

自分よりも背の高い少年。そんなに背は低くないけれど、女の子が男の子に身長で勝ることは殆どない。自然と顔が上がってしまう。

「いつも皆の心配してくれるよな。そういうとこ……、何ていうか、いいと思うよ」

「そ、そうかな?」

 普段は見ない横顔の所為なのか、急な言葉の所為なのかはわからないけれど、なぜかドキリとしてしまった。もしかしたら、鏡を見たら顔が赤くなっているかもしれない。そんな気がしてしまった。

「じ、じゃあまた後で。もしかしたら遅れるかもしれないから、店長に伝えといてくれるかな?」

「え? あ、うん。わかった。また後でね」

 知らぬ間に病院の前まで来ていたようだ。

 学校からはそんなに短くはないのに、案外早く着いてしまったような気がした。まだ、半分くらいしか歩いていないと思っていたのに……。少しだけガッカリしてしまった。

 時計を見るとまだ時間には余裕があったので、ゆっくりとバイト先であるファミレスに歩いていった。


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