婚約発表
夕暮れ時。
王城の花園にある月下美人が咲く頃だと言われ、エンベルト殿下と四阿で夜を待つ。
「寒くはありませんか?」
「ん、大丈夫」
今日は少し風が冷たい。
殿下の足の間に座らされ、思いっきり寄り掛かった状態の私には、冷たい風がちょうどいい。
木の上にはフクロウやテンだろうか。可愛らしい動物たちが、周りで一緒に過ごしている。
「今日はお疲れ様でした」
「本当に疲れた。ルトのせいで」
今日、私たちは正式に婚約を発表した。
謁見室で主要な貴族を招集し、エンベルト殿下自ら発表したのだが……
「あら、ヴィストリアーノ様ではありませんか」
「本当ですわ。お茶会以来ですわね」
謁見室に入るとすぐに、アネージオ様とパガニラーニ様に声を掛けられた。二人ともそれはそれは華やかな装いだ。
「お久しぶりでございます」
服装と期待値が比例しているようで、何とも言えない私は、どうしても挨拶がぎこちなくなってしまった。
『ああ、どちらもご自分が選ばれると信じていらっしゃる』
「ヴィストリアーノ様はどうしてこちらに?」
いきなりの核心を突く質問。どうしたらいいのだろう。正直に話したら私、この場で殺されちゃうんじゃないだろうか?
「ええとですね……話があるからと呼ばれまして……」
上手く返せず、ふわっとした答えしか言えなかった私を、ジロジロと見る二人がにこやかに微笑んだ。
「もしかしたら、ご自分の生徒でもあったあなたに、証人代わりとして見てもらおうと思ったのかしら?」
「ああ、同じ公爵家の令嬢で、エンベルト殿下の生徒でもあったヴィストリアーノ様を、ミケーリの代表としてお選びになったという事ですわね」
どうやら私の姿を見て、そう判断したようだ。私は自分の瞳に合わせたシンプルな紫のドレス姿。特に装飾も着けていない。
後ろでは、とても楽しそうにお母様が微笑んでいる。助けてくれるつもりはないらしい。
「今日のこの日を、どれだけ待ちわびたかおわかり頂けるかしら?昨晩なんて、緊張し過ぎてなかなか寝付けませんでしたわ」
アネージオ様が溜息をもらす。色気も一緒に漏れた気がした。
「それを言うなら私だって同じですわ。この日を指折り数えて待っておりました。やっとお美しいエンベルト殿下の隣に並ぶ事が出来るんですもの」
パガニラーニ様が、猫のような釣り目をキラキラさせていた。
「ふふ、おめでたいですわね」
「そちらこそ。この後泣くことになりますのに」
ああ、誰か。助けて下さい。クストーデ、今すぐ城を破壊しに来てぇ。そんな事を頭の中で願っていると、王族の入場を知らせる声が響いた。
早速、エンベルト殿下が前に出て高らかに宣言する。
「この度は私の為に集まってくれてありがとうございます。私は長い間、婚約者を決め兼ねておりましたがやっと、生涯を共にしたいと思う人を見つける事が出来ました」
殿下の言葉に貴族たちから歓声が上がった。まるで舞台のクライマックスのようだ。心なしか、殿下も芝居がかっているような気がする。ああ、この国は平和だ。
「本当はずっと昔に見つけていたのです。ですが、彼女が自覚するまで私は待ち続けました」
「いやですわ。私の心はとっくに殿下の物でしたのに」
「ああ、私のアピールの無さが殿下をお待たせする事になっていたなんて」
エンベルト殿下の言葉に、二人の公爵令嬢が頬を染める。えーん、逃げたいよぉ。
「では、早速発表いたします」
その瞬間、謁見室が水を打ったように静まり返った。エンベルト殿下が壇上から降り、こちらの方へ真っ直ぐ歩いて来る。二人の公爵令嬢は、自分の所に来ると信じて疑っていない。
反対に私は、なんだか急に怖くなってきてジリジリと後ずさる。
『うう、嫌だ。この空気の中、ルトの手を取るなんて恐ろし過ぎる』
思わず踵を返して逃げ出した。