幸せな朝
パンケーキの甘い匂いに目を覚ます。
「ん、あれ?」
いつの間にかベッドで眠っていたらしい。制服もいつの間にかネグリジェに変わっていた。
「お嬢様、目が覚めましたか?」
部屋に入って来たのは、優しい笑顔のメリーだった。
「メリー!」
ベッドから跳ね起きてメリーに抱きつく。
「ふふ、今朝は甘えん坊ですね」
しっかり受け止めてくれたメリーが笑った。
「良かった。良かった。メリー」
いつも通りの温かさに、いつも通りの優しい声に、涙が止まらなくなる私の頬を、指で拭ってくれたメリーも泣いていた。
「ありがとうございます。お嬢様のお陰です」
「良かった。メリーを守れて……良かった」
泣きながらメリーと抱き合っていた私のお腹がキュウッと鳴いた。
「ごめん。感動が台無しだわ」
「ふふふ、いいのです。お嬢様は食事もなさらないまま眠っていたのですから」
特別にお許しが出て、ネグリジェのまま朝食を食べた。
「はあぁ、幸せ」
フルーツがふんだんに載ったパンケーキを平らげる。ナイスなタイミングでお茶が出された。
「申し訳ありません。私のせいで、魔力が枯渇してしまったのですね」
申し訳なさそうに俯くメリーに微笑む。
「魔力なんてすぐに回復するんだから。私はメリーを助ける事が出来て幸せよ」
「……ありがとうございます」
「お嬢様、湯に入りながら私の話を聞いてくださいますか?」
「2度目の途中まではわかっていませんでした。既視感だけがあって、何故か先の事が以前あった事のように感じることが出来ると不思議に思っていました。ですが、あまりにも既視感があり過ぎると思ったのです」
私の髪を優しく洗いながら話すメリー。
「お嬢様も同じ思いだったようです。お嬢様から打ち明けられて、もしかすると同じ時を過ごしているのかもしれないと思ったのです。3度目からは必死にこの生が変わるようにと尽くしてまいりました。
私もお嬢様が断罪される時、助けに行こうとしていましたがそんな時に限って大事な用を任されてしまう。どうにも身動きが取れなかった。結局は何も変わらなかった。
5回目が始まった時には、お嬢様は絶望感で今にもどうにかなってしまいそうでした」
「だから、私は西の外れにいるという魔女を訪ねたのです。魔女は私たちの事情をすぐに理解してくれました。そのような事が稀にあるのだと言っていたのです。ただ、始まってしまった今生は変えられないとも言われました。それでも少しでも役に立つのなら自分の力をくれてやると、魔女はすんなりと力の一部を与えてくれました。そして契約として全てが終わった後は、私の魂が欲しいと……」
「私はお嬢様を助ける事が出来るのなら、自分の来世なんていらないと思いました。だから契約をした。ですが数か月前、魔女の動向を探るように頼んでいた暗部の者から、魔女がこの世を去ったと聞いたのです。だから油断してしまった。もしかしたらもう契約はなかった事になっているかもしれないと」
メリーが、洗い終えた私の髪にキスをした。
「いざ、その時になると急に怖くなりました。お嬢様を……あなたを置いて消えてしまう事が恐ろしくなってしまった……」
濡れた身体のまま思わずメリーを抱きしめる。
「今考えると、あの魔女は不思議な人でした。私が多くを語らずとも理解してくれた事もそうですし、すんなり自身の魔力を渡した事もそうです。始終フードを被っていて姿は見えませんでしたが、嫌な感じはしなかったのです」
「魂を要求されたのに?」
「ふふ、そうですが……なんとなくですが、本気で欲しがっているようには感じなかったのです。だからこそ彼女の事が気になって、暗部の仲間に動向を探らせていたのです。まあ、命が助かったからこそ言える事ですが。
もしかしたら、彼女は私たちのように何度も同じ時を巡っていたのかも……だからすんなり力を貸してくれた……魔女をやめたかったのかもしれません。真実が分からない今、憶測でしかありませんが」
抱いているメリーの背中を優しくさする。メリーの言っている事はあながち間違っていないかもしれない。それでもだ。
「私はメリーが生きていてくれて良かったって思ってる。魔女には悪いけれどね。私が聖魔法を使えて本当に良かった……」
「お嬢様……」
「メリーはこれからもずっと、私の傍にいるのよ。願わくば、愛せる人を見つけて幸せになって欲しい」
「あ、りがとう、ございます」
メリーの頬に、涙が流れた。